情報整理
「ダミアンさん、少しいいか」
夕暮れ時。宿に戻って事件の情報を整理していたダミアンの部屋をイザークが訪ねた。手土産にグレーテルの焼いたパイが入ったバスケットを持参している。
「イザーク。どうかしたのか?」
「忙しいところごめんな。実はダミアンさんに頼みたいことがあってさ」
「頼み?」
「明日姉貴の薬を買いに行くんだけどさ、遠くの町だから帰りが遅くなりそうなんだ。そこでなんだが俺が留守の間、姉貴のこと気にかけてやってくれないか? 姉貴に寂しい思いをさせたくないし、物騒な状況も気がかりだ。その点、ダミアンさんがいれば安心出来る」
「いいのか? 昨日出会ったばかりの人間に大切な姉を任せて」
「俺からしてみたら、一年過ごしたこの町の住人より、昨日知り合ったダミアンさんの方がよっぽど信用出来るよ。態々そういう忠告をしてくれるところも含めてな」
「私はたぶん、お前が思っているほど優しい人間ではないよ。頼みとやらは聞いておくがな」
「言ってるそばから優しいじゃんか。ありがとう」
昨日は姉の前で気を張っていたのだろう。今日のイザークは少し肩の力が抜け、年相応の青年らしく朗らかに笑った。誰かに頼れる喜びを感じているのだろう。
「なあダミアンさん、姉貴のことをどう思う?」
「美人だし、気持ちの優しい女性だと思うが」
「だよな。俺もそう思う」
イザークは心底嬉しそうに笑い、ダミアンの肩に腕を回す。周りに誰もいないにも関わらず、内緒話のように耳打ちした。
「もしその気があるなら、俺は応援するぜ」
「……」
イザークはダミアンの無言を照れ隠しと解釈したようで、この件についてはそれ以上は何も言わなかった。
ダミアンとてイザークの言わんとしていることは理解しているが、残念ながらその期待に応えることは難しい。相手に好感を抱くことはあっても、それが愛に発展することはない。狂気に従い魔剣士を狩る修羅の道を行き、決して老いることのない男には、まともに人を愛することは難しい。
「この一帯の地図か?」
「半日かけて一連の事件の現場に足を運び、周辺で聞き込みも行った。今は私なりに情報を整理しているところだ」
イザークの意識はダミアンが机の上に広げていた、ヴァール一帯の地図と様々な情報が記された手帳へと向いた。地図は町長から提供で、聞き込み等は全てダミアン一人で行った。自警団のロルフを支持する一部の住民からは門前払いをくらったが、事件の早期解決を期待し快く情報提供してくれた住民も多く、それなりに情報を集めることが出来た。
「針が刺してある場所は死体の発見現場だな」
「犯人側も手慣れてきたのだろうな。回を追うごとに殺害場所が見つかりにくい場所になっている」
一件目のハンナ殺しは居住区から目と鼻の先のだったが、二件目はサンドラの遺体発見場所は農園近くの林道。居住区からは大きく外れており、夜間であれば人目につくことはない。
三件目のリタは町外れにある現在は使われていない倉庫の中。遊びで探検していた子供が偶然発見したそうだ。
四件目のヘルガは森の中の崖下。この事件に関しては被害者が命からがら逃げ出そうとする中、不運にも足を滑らせ崖下に転落したものと考えられる。そのため転落による損傷は激しかったものの、他の事件と比べて顔は原型を留めていた。
そして直近である五件目のイルメラの事件。発見場所は森の奥にある沢で、猟犬とともに森に入った猟師が偶然発見した。一帯には野犬が出現することがあり、野生動物による処理を企んだ可能性が考えられる。
「しかし妙な話だ。警戒しようのない一件目のハンナや、連続殺人を予期出来なかった二件目のサンドラはまだしも、以降の犯行で女性を殺害現場まで連れ去るのはそう簡単なことではあるまい」
「どういう意味だ?」
「美女ばかりを狙った連続殺人が起きているんだ。当然、町中の人間が警戒する。実際、町長の話では娘を遠方に避難させたり外出を控えさせる家も多い。生活のために家に籠ることは出来なかったとしても、被害者達だって危機意識は持っていたはずだ。夜間に外出する真似はしないだろうし、怪しい人物に接触されたら悲鳴を上げるなり必死に抵抗するだろう。にも関わらず不審者の目撃情報や悲鳴を聞いたという情報は皆無。女性はみな忽然と姿を消している」
「言われてみれば確かにそうだな。計算高い犯人が慎重に犯行に及んでいるってことか?」
「あるいは、魔剣によるものか」
「魔剣?」
「いや、こちらの話だ」
顔を傷つけることに執心する狂気性に加え、誰からも目撃されることなく女性達を誘拐する手法。イザークのいうように計算ずくの犯行の可能性も考えられるが、例えば気配を遮断するような、隠密性に特化した魔剣が事件に絡んでいるとすればその説明もつく。
しかしそれはあくまで仮定の話。実際に遭遇するまで犯人の手口や魔剣の能力に関する答えを出すことは難しい。今は予測可能な線から犯人に迫っていた方が建設的だ。
「犯人は美女の顔を傷つけることに執心している。次に狙われる可能性があるとすれば誰が考えられる?」
元々人口も少なく、事件を受けて若い女性の姿そのものが町から消えている。次の標的を予測することが可能かもしれない。
「あまりこういうことは言いたくないけど、美人ばかりが狙われるのならやっぱり姉貴が一番心配だな。それ以外となると、パッと思いつくのは画材屋のレベッカや花売りのマルテとかかな。美人なのはもちろん、二人とも独身で個人で商売をしてる。町の状況が物騒だからと、そう簡単に生活は変えられない。仕事中は一人で行動する機会も多いだろうしな」
「なるほど。注視しておこう」
何食わぬ顔で頷いたが、ダミアンはイザークが名前を出す以前からその二人の女性の存在を把握していた。日中、町中で同様の質問をしたところ、やはりレベッカとマルテの名前が多く挙げられた。そのことを告げずにあえてイザークにも質問してみたのは、情報を擦り合わせるためだ。普段から交流のある町の住民の意見と、町と距離を置き普段から交流の少ないイザークの意見。双方が同じ人物の名前を上げているのなら、それはより精度の高い情報となる。
「日も暮れそうだし、俺はそろそろ家に戻るよ。ミートパイを置いとくから後で食べてくれ」
「ああ、グレーテルにもありがとうと伝えておいてくれ」
「おうよ」
笑顔でそう言い残し、イザークはダミアンの部屋を後にした。
※※※
「あら、ダミアンさん」
「ミートパイ、美味だったぞ。バスケットと器を返しに来た」
「すみません態々」
「気にするな。君を頼むとイザークにも言われているからな」
翌日。律儀に訪ねてきてくれたダミアンを前にグレーテルは思わず赤面する。他意はないと分かっているが、「君を頼む」という響きは刺激的だ。
「今日は町まで食材の買い出しに行くのだろう」
「そうですが、どうしてそのことを?」
「今朝、町を発つ前にもう一度イザークが訪ねて来たんだ。私も町に用があるし一緒にどうだ?」
買い物のことを忘れていたイザークが、今朝になって急遽ダミアンにグレーテルの護衛を依頼した形だ。殺人鬼の存在はもちろん、昨日のような嫌がらせを受ける可能性もある。住民からの冷ややかな視線は変わらないだろうが、男性であるダミアンが一緒にいればあからさまな嫌がらせを受けることはないはずだ。
「よろしいのですか?」
「言っただろう。ただのついでだ」
「ありがとうございます。早速準備をしてきます」
「焦らなくていい。体調を崩されても困る」
嬉しそうに駆け足で室内へ戻っていたグレーテルへダミアンはそう呼び掛けた。体調は回復傾向とはいえグレーテルは病弱な身だ。張り切り過ぎて体調を崩してしまったら本末転倒だ。




