宿場町ヴァール
「また死体が出たらしい。森に入った猟師が沢で発見したそうだ」
「何だって、誰がやられた?」
「今回も顔がズタズタに切り裂かれていて人相が分からねえが、髪や着ていた服の特徴から酒場のイルメラじゃないかって話だ」
穏やかな昼下がり。大陸南西部の宿場町ヴァールに激震が走った。
町を騒がす連続猟奇殺人事件の新たな被害者が発見されたのだ。犠牲者はこれで五人目。全員が器量良しと評判のうら若き乙女で、顔をズタズタに切り裂かれた惨たらしい姿で発見されている。
今回被害にあったと思われるイルメラは大衆酒場の看板娘で、イルメラ目当てで他の町や村から通う常連もいる人気ぶりだった。真面目な働き者が、昨日は突然の無断欠勤。物騒な世情もあり関係者もその安否を心配していたのだが、最悪な結末を迎えてしまった。
「……くそっ、たった二カ月で五人も。これまでは事件らしい事件も起こらない平和な町だったのに」
「若い娘の顔をズタズタに切り裂いて殺すなんてあまりに酷い。異常者の仕業としか思えねえ」
「失礼、少しいいか?」
農夫二人が町の入り口で事件の話題を口にしていると、三つ揃えのツイードスーツにハンチング帽、腰には刀を携えた青年が近づいて来た。小さな町で住民はみな顔見知り。見覚えのない顔は目立つ。
「見ない顔だな。旅の人かい?」
「旅の剣士ダミアンだ。随分と物騒な話題が聞こえたのが気になってな」
「気を悪くしたなら謝るよ。気付かなかったとはいえ、旅の人に聞かせるような話じゃなかった」
申し訳なさそうに二人の農夫は苦いを顔をした。大都市を結ぶ街道に近く、古くから宿場町として栄えて来たヴァールの町では旅人は大切なお客様。猟奇殺人が相次ぎ、以前より立ち寄る旅人が減っている現状ではなおさらだ。町の印象を悪くするような話題はなるべく控えたい。
「いや、むしろ詳しく話を聞かせてもらいたい」
農夫たちは機嫌を損ねたわけではないと安堵する一方で、町にやってきたばかりの旅人が猟奇殺人の話題に食いつくことに違和感を覚えた。すでに五人も犠牲になっているのだ。単なる冷やかしならば不愉快だ。
「余所者が興味本位で首を突っ込むような話じゃないぜ」
「興味本位などではない。私はその連続殺人犯とやらに用があるのでな」
「まさか、犯人の正体に心当たりでも?」
「残念ながら正体は不明だ。だが、私の想定通りの相手ならば標的となり得る可能性はある」
まだ件の連続猟奇殺人犯が魔剣士であるという確証はない。だが、狂気性を感じる事件が起きた時点でダミアンが動く理由は十分だ。魔剣士は例外なくその身に狂気を宿す。狂気あるところに魔剣士ありだ。
「事情はよく分からないが、お兄さんが一連の事件を捜査してくれると考えていいのか?」
「そのつもりだ。町の事情に差し支えないのであれば、だが」
突然現れた旅人を全面的に信頼するのは難しいだろう。拒否されても単独で捜査を始めるつもりだが、当事者である町の住民の協力があった方が動きやすいのは間違いない。
「願ってもねえ。俺らからも町長に掛け合ってやるよ。きっと嫌な顔はしないはずさ。小さな町だ、男衆で組んだ自警団があるだけでまともな捜査機関なんて存在しない。止まらない凶行にほとほと困り果ててたんだ」
「理由は何であれ、兄ちゃんが状況に一石を投じてくれるのなら、俺らは万々歳さ」
ダミアンの予想に反し、農夫たちはダミアンの介入に好意的だ。それだけ町の状況が切羽詰まっているともいえる。
「こんなところで立ち話もなんだ。さっそく町長のところへ案内するよ」




