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魔剣士狩り  作者: 湖城マコト
老剣士の章
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老いと狂気

「朝一番に町を発ったはずではなかったか?」


 こういった事態も想定はしていたのだろう。ダミアンの介入を受けてもレンジョウは動揺一つ見せない。腐っても剣聖。場数は相当踏んでいる。


「そう思わせておいた方が何かと動きやすいからな。二日目で事態が動くとまでは思っていなかったが」


 レンジョウが魔剣士であるという確証はなかったが、同時に疑念を晴らす材料も存在しない。一週間でも一カ月でも、身を潜めて推移を観察するつもりだったが、事態は早々に動いた。やはり魔剣士というのは己の欲求に忠実だ。


「今日リヒトを殺すことは前々から予定していたからな。それにしてもどうやってこの場所を突き止めたのだ?」


「その様子だと知らないようだな。今朝、川の下流でベルデの死体が上がったよ。あれもお前の仕業だろう。上流の森で何かが起きると予感させるには十分なきっかけだ。その後は、草木を掻き分けた形跡を追ってここまでやってきた」


「どうせ助からぬと死体の処理を怠けた私の落ち度だったな。つくづく体だけは頑丈な男だ」


 昨日、森でレンジョウに襲われたベルデは全身を切り刻まれながらも必死に逃走し、最後は高所から川の激流へと転落。どの道助かるまいとレンジョウはベルデの死体を捜索することをしなかったが、ベルデの死体がこうしてダミアンをレンジョウの下へ導いた以上、その判断は大きな間違いだった。


「ステラ。ベルデが下流で?」

「……はい。惨い有様でした」

「なんてことだ。ベルデまで……」


 衝突ばかり繰り返して来たが、それでもベルデは大切な仲間だった。あろうことか師に殺害されたという事実にリヒトは強い絶望を感じていた。

 レンジョウ自身がベルデ殺害を認めたことで、ステラがレンジョウを見る目も侮蔑へと変わっていく。憧れた剣聖はもういない。そこにいるのは弟子を躊躇なく殺害する狂気の剣客だ。


「その妖刀、もとはお前の門下だったディルクとかいう剣士の持ち物だな?」


 昨日レンジョウから聞かされた話は全てが偽りだったわけではない。ディルクという名の剣士が魔剣を手にレンジョウに挑んで来たことは恐らく事実だろう。数年前にディルクと思われる魔剣士がオクトスの町にやって来たことはダミアンの掴んでいた情報とも一致する。真実と異なるのは恐らくその顛末だ。


「そうだ。どこで手に入れたかは知らぬが、破門されたディルクは魔剣を手に再び私の前に現れた。魔剣の狂気に魅入られたディルクに説得の言葉など届かない。問答無用で殺し合いが始まったよ。相手の動きを封じる久遠蔓の能力は脅威の一言に尽きる。あのまま戦っていれば死んでいたのは私の方だっただろうな」


「なるほど、戦いの最中に魔剣はより自分の使い手に相応しい人間と巡り合ったというわけか」


 レンジョウが魔剣士であるディルクを討ち取ったという話を聞いた時点でダミアンはその信憑性を疑っていた。剣豪であれば魔剣士を討ち取ることは不可能ではない。剣聖と称された全盛期のレンジョウならばそれも可能だっただろう。だが老齢を迎えた今のレンジョウでは、いかに相手が未熟だったとしても、魔剣士相手に五体満足で勝利することは難しかったはずだ。


「まったく運命とは皮肉なものよ。妖刀を携え意気揚々と私の首を刈りに来たはずが、肝心要の妖刀が私の味方をしたのだからな。久遠蔓は自らの力でディルクの動きを封じ、手から零れ落ちた。以前から所有物だったかのように、私はごく自然と久遠蔓を手に取ったよ」


「妖刀を手に取ることの意味が分からぬ貴様ではないだろう。剣聖と称された貴様に何がそうさせた?」


「……老いだよ。お前のような若造には分かるまい。年々体は衰え、剣士としての私が枯れていく。達観し、老いを受け入れる者もいるだろうが、私にはそれが出来なかった。いい歳をして青臭いものさ」


 レンジョウが自嘲気味に高笑いを上げた。狂気の色は薄く、それは一人の老人としての本音のように聞こえる。


「それでも、ただ老いて死んでいくだけよりはマシだろうと思い、後継者を求めて道場を開くことにした。本音を言えば、若き才能と接することで限界を自覚し、剣聖の栄光に諦めをつけたかったのだ。だが、結果的にそれは裏目に出た。若き才能を前に私は激しい嫉妬心を禁じ得なかった。全盛期の自分ならこんな若造どもに負けぬはずなのにとね。思えばあの頃から私は狂い始めていたのかもしれないな」


「老いによって募らせた若き才能への嫉妬が、妖刀を手にしたことにより才能の芽を刈り取る狂気へ成長したわけか。とんだ老害だな」

「何とでも言うがいい。直にそんな強がりも言っていられなくるぞ。お前のような小生意気な若造の恐怖の死相、さぞ見物だろうな」


 お喋りにも飽きてきたのだろう。レンジョウは久遠蔓を上段で構えた。対するダミアンはいつでも抜刀出来るように柄に手をかける。


「巻き込まない保障はない。お前ら二人は外に出ていろ」

「分かりました。行きましょう、リヒトさん」

「……」


 半人前とはいえ実力差ぐらいは弁えている。ダミアンの足を引っ張る真似だけは出来ない。ステラは未だに体の自由が利かないでいるリヒトの体を必死に道場の外へと連れ出した。リヒトは師匠の歪んだ本性を知ったショックが強く、すっかり放心している。


「優しさを見せたところで一時の延命に過ぎぬ。一瞬でお前を仕留め、直ぐに弟子たちの首も狩る」

「試してみるといいさ」

「どこまでもいけ好かない小僧だ。その身を以て後悔するがいい――からめ取れ、久遠蔓!」


 レンジョウがダミアンへ殺意を向けると同時に久遠蔓の刀身が発光。リヒトの時のようにダミアンを金縛りしようとするが。


「……なぜだ? なぜ久遠蔓の呪縛が効かない!」


 久遠蔓の呪縛を発動したはずなのに、ダミアンは表情一つ変えずに悠然と歩き、レンジョウとの距離を詰めていく。優位を信じて疑わなかったレンジョウの表情が焦りに曇る。


「身動きを封じられたリヒトの様子を見るに、呪縛というのは物理的なものではなく精神干渉の類だろう。身動きが取れなくなるような感情となればそれは恐怖。お前の妖刀の能力は、対象の恐怖心を増幅し、動きを封じるといったところだろうが、生憎と私にそんなまやかしは通用しない。私はお前に何の脅威も抱いていないからな」


 ダミアンの推察の通り、久遠蔓の能力は対象の恐怖心に干渉し無意識に身動きを封じることにある。老いたとはいえレンジョウは剣聖と称された剣豪だ。


 これまでレンジョウが殺害してきた剣士にとってレンジョウは雲の上の存在であり、現在の力量差に関係無く、剣聖の名そのものに畏敬いけいを抱いていた。そんな相手と対峙した時、例え無意識であっても恐怖や気後れを起こすことは必至。そうなればもう、レンジョウと久遠蔓の術中だ。


 純粋な実力勝負ならレンジョウに勝てた者もいたことだろう。だが、どんな強者であろうとも、身動きを封じらてしまえば一方的に殺されてしまう。


「ふざけるな! 私は剣聖レンジョウだぞ。私の武勇を知らぬ剣士などいないはずだ。そんな私にお前は何の脅威も感じないというのか?」

「感じないな。年功を気にする性質ではないが、そもそも剣士としての歴も私の方が圧倒的に上だ」

「何を言っ……まて、まさか貴様、本人か?」


 言いかけて、レンジョウの中でダミアンに抱いた違和感が再燃した。若い頃に出会った剣士と瓜二つの容姿と魔剣士狩りの異名を持つ若者。血縁関係にある後継者と考えて納得していたが、こうして実戦で向かい合った今なら分かる。目の前にいる魔剣士狩りは間違いなく、五十年近く前に出会った本人だ。


「残念だよ。若かりし頃のお前は本物の剣士だったというのに」

「くそっ――」


 ダミアンが抜刀した瞬間、レンジョウは咄嗟に後退しつつ久遠蔓の刀身でガード。衰える一方だった技術がこの一瞬、全盛期を思わせる精度でレンジョウの身に発現していた。だが、魔剣士狩りでは相手が悪すぎる。


反兎ハント

「……何て速さだ」


 久遠蔓の刀身が折損し、レンジョウは背後からダミアンに切り付けられ倒れ込んだ。一瞬で二連撃を放つ技、反兎。ダミアンは強烈な一撃で久遠蔓を破壊し、次の瞬間には背後に回り込みレンジョウを一撃したのだ。初撃は刀身を犠牲に防げても、レンジョウは二撃目を完全に追えていなかった。


「……常人離れした動き……老いぬ容姿……お前のそれも……魔剣だな……」


 大量出血で意識朦朧としながらも、レンジョウは血塗れの手でダミアンの足元へ縋り、恨めしく顔を見上げた。


「妖刀、みだれ時雨しぐれ。身体能力に関しては長年の修行で身に着けた自前だが、不老に関してはお前の言う通り魔剣の力だよ」


 その言葉を聞いた瞬間、ダミアンの裾に握るレンジョウの力が強くなった。


「その刀を私に譲れ! 不老の力さえあれば私はまた剣聖として再起出来る。寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ、その妖刀を私に――」

「望みとあればくれてやる」


 這い縋るレンジョウの心臓目掛けてダミアンは容赦なく乱時雨で刺突。お望み通り、その身に乱時雨を与えてくれた。


「お前は老いたから剣聖でなくなったのではない。お前が剣聖でなくなったのは、初めてのその妖刀で弟子を殺めた時だ」


 物言わぬ屍となったレンジョウから刀身を引き抜き、ダミアンは弧を描くようにして血払い。道場の壁に跳んだ血飛沫が斑模様を形成した。


「呪縛で相手の動きを封じる戦術など。剣聖以前に剣士のすることではない」


 乱時雨を静かに納刀すると、ダミアンは一礼してから道場を後にした。



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