異変
「……そんな、ベルデさん」
町外れを流れる大きな川で上がった死体は、ステラによってレンジョウの門下生ベルデであると確認された。遺体の状態は凄惨を極め、全身の数十カ所を切り刻まれたうえ、激流に揉まれたことで手足があらぬ方向へと折れ曲がっている。
僅かに判別出来る顔の特徴と体格によってベルデであると辛うじて確認出来た。直視することが出来ず、堪らず嘔吐してしまった住民もいる。
最初に死体を発見したのは農作業のために近くに通りかかった農夫だ。連れていた犬が川の方角へ吠えだし、何事かと思い川を覗き込んだら岩場に大柄なベルデの体が引っ掛かっていそうだ。
死体は今にも流れていきそうな状態で、農夫が偶然発見しなければ、そのままより下流へ流され町から離れていった可能性が高い。
「ステラちゃん、いったい何が起きたんだ?」
「私にも分かりません。昨日からベルデさんの姿が見えなくなっていて、気にはなっていたのですが、まさかこんな……」
状況に理解が追いつかず、ステラはその場に蹲ってしまった。剣の道を志しているといってもステラはまだ十三歳の少女。共に剣技を学ぶ仲間の凄惨な遺体を目にして平常心を保ってはいられない。
「周辺に血痕や争った形跡が見られない以上、死体は上流から流れ着いたと考えるのが自然だ。上流には何がある?」
背後から指針となる声が届いた。声の主はダミアンだ。
「ダミアンさん、町を発たれたはずでは?」
「気が変わってな。もう一泊宿を取ったらこの騒ぎだ」
この場で事情を説明するのは面倒なので適当に答えたが、ダミアンは元々直ぐに町を去るつもりはなかった。魔剣士の正体の確証がない状況の中、早々に町を去ったと思わせ相手を油断させた方が尻尾を掴みやすいと考えたからだ。
「私のことはいい。それよりももう一度聞くぞ、上流には何がある?」
「町の上流となれば、森ですかね」
「森となると屋敷の裏手か。今日これまでに何か気になったことは?」
「気になったことといえば、突然レンジョウ様がリヒトさんの最終試験を執り行うことを決めたことぐらいでしょうか」
「最終試験というのは確か、後継として相応しいかどうかを見極めるものだったか?」
「はい。そういえばレンジョウ様、リヒトさんに一緒に裏の森へ来てほしいと仰っておりました。最終試験は道場で行うものとばかり思っていたので少し驚きました」
「それは何時の話だ?」
「私が町へ下りる前ですから、十五分ぐらい前でしょうか」
「間に合うといいがな」
「ダミアンさん?」
いきなり上流へ向かって走り出したダミアンの後を、ステラは慌てては追いかけた。
「いったいどういうことなんですか? 説明してください」
「お前は残れ。私についてきても非情な現実を目の当たりにするだけだぞ」
「何が起きるというんですか」
「魔剣士狩りだよ」
魔剣や魔剣士狩りに関する知識を持たないステラにはその言葉の意味は理解出来なかったが、ダミアンがこれから命のやり取りをしに行くのだということだけは剣士の本能で理解出来た。
「……駄目、追いつけない」
驚異的な体力を誇るダミアンと華奢なステラとの距離は徐々に開いていく。やがてダミアンの姿は見えなくなっていったが、それでもステラは追跡の足を止めはしなかった。
嫌な予感しかしない。それでも何も知らないままなのは嫌だ。足だけは止めてはいけないと、ステラは必死にダミアンの後を追い続けた。




