憧れの剣士
「私のことは気にせず引き返してもいいんだぞ」
「最後までお送りさせてください。お客様には礼節を尽くすものです。ご観念を」
道場での剣技の披露を終えたダミアンを宿まで送り届けるべく、ステラが帰路へ同行した。リヒトは大事な話があるからとレンジョウに呼び出され、道場を飛び出したベルデはあれっきり戻らない(そもそもダミアンを送り届けるような真似はしないだろうが)ので、手の空いているステラが選ばれた形だ。
「飛ぶ斬撃には本当に驚かされました。竹刀で放ったというのに、まさか木偶人形を両断してしまうなんて! あのような技をどうやって習得したんですか?」
「時遠弩は居合いの派生形だ。気付きの話でいえば、居合いを極めんとひたすら刀を抜いていくうちに、普段とは異なる感覚を得ることがあった。その感覚を徐々に育ていくことで、小さな斬撃を飛ばせるようになってきた。最初の内は曲芸レベルだったが、三十年も修行を続けたら十分に実践的な技に昇華出来たよ」
「小さなきっかけを掴み、それを磨くことで技として昇華させる。とても勉強になります! ダミアン先生と呼ばせてください」
興奮冷めやらぬ様子で捲し立てるステラの質問に、ダミアンは嫌な顔一つせずに答えていく。天然なのか己の熱量で気付かなかったのか、どう見ても二十代前半にしか見えないダミアンがしれっと口にした三十年という単位に、ステラは特に疑問を抱かなかったようだ。
「君には師匠がいるだろう。今日出会ったばかりの人間をそう簡単に先生なんて呼んでよいのか?」
「確かに剣術の師はレンジョウ様ですが、気づきを与えてくださったダミアンさんだって私には立派な先生ですよ」
「長く生きているが、先生などと呼ばれたのは初めてだな」
慣れないこそばゆさを感じ、ダミアンは思わず苦笑した。
「一つ聞いてもいいか?」
「何ですか?」
「お前はどうしてレンジョウ氏の門扉を叩いた。剣術を磨いた先に何を望む?」
道場で奪取の軌道を捉えたことといい、ステラに優れた剣術の才能があることは間違いない。だが才能があることとその道を歩むことは決してイコールではない。命と隣り合わせの剣士の世界であればなおさらだ。
「誰かを救えるような剣士になりたいからです。それが私から世界への恩返しでもあるから」
悩む様子はなく、ステラは胸を張って言い切った。
「孤児だった私は孤児院で育ちました。境遇を嘆いたことはありません。先生は優しかったし、子供たちもみんな仲良しで、私はとても幸せでした。だけど、平穏な日々が突如脅かされた。孤児院のある村が盗賊団の襲撃を受けたんです。金銭目的の襲撃ならまだ望みがあったかもしれませんが、運の悪いことにその盗賊団は殺戮に快楽を見出す種類の人間でした」
地域差はあるが、地方の小村などでは未だに盗賊による被害は絶えない。小村の経済力では自衛のための戦力を置くことは難しく、盗賊の襲撃で村一つが一夜にして壊滅したなどという話は決して珍しくはない。ステラの経験したような、盗賊が殺戮そのものを目的とするケースは最悪の部類といえる。
「逃げる間もなく、孤児院にも盗賊たちが押し入ってきました。私達は先生と一緒に息を殺して身を潜めることしか出来ませんでした。幼いながらに私は死を覚悟した。どうせ死ぬならせめて苦痛なく死にたいと、子供ながらにそんな想像まで。だけど、世界は私達を見捨てませんでした」
希望を取り戻した当時の心境を再現するかのように、ステラの瞳が輝いた。
「偶然村に居合わせていた旅の剣士様が、間一髪のところで私達を救ってくれたんです。孤児院を襲撃した盗賊を一瞬で切り伏せると、今度は襲撃の続く村で数十人の盗賊を一人残らず討伐しました。旅の剣士様が私たちの村と孤児院を救ってくれたんです。
騒動の直後に剣士様は忽然と姿を消してしまったため、終ぞお名前を聞くことは出来ませんでしたが、その日からあの剣士様は私の憧れとなりました。あの方のように困っている人を助ける剣士であろうと、強くそう誓いました。私も同じように誰かを助けることで、生き残った意味を示そうと思ったのです」
「それをきっかけに剣術の修行を?」
「はい。軍を退役されたお爺さんが村にいたので、その方に基礎を教わりました。十三歳になった七カ月前に村を出て、先ずは大きな街でギルドへ登録しようしたのですが、実績や推薦もない私ではギルドへの登録は難しく、途方に暮れていました。そんな時です、剣聖と名高いレンジョウ様が門下生を募集しているとの噂を耳にしたのは。剣技を磨くにあたりこれ程の環境はありません。二週間後にはレンジョウ様の門戸を叩いていました」
剣技に対する厳格な姿勢や門下生の少なさから、レンジョウが弟子に求める資質の基準は相当に高い。基礎を習っていたとはいえ、ほとんど実戦経験がないにも関わらずレンジョウに見初められたステラの資質は本物だ。天賦の剣才を有していた少女が、剣士に命を救われたことで自らも剣術の道を志した。ここまでくるとそれは運命だったのかもしれない。
「レンジョウ様の下で剣術を学び、ゆくゆくは世界中を旅したいと考えています。己の目で世界を見て回り、行く先々で人助けをし、もし運命の巡り合わせがあるのなら、いつかあの方と再会して、お礼も言いたいです」
胸中を曝け出したステラは頬が紅潮していた。過去については師であるレンジョウや兄弟子であるリヒトにも打ち明けたことはない。今日出会ったばかりだが、不思議とダミアン相手だと何でも話せてしまう。
「不思議です、ダミアンさんの前だと次々と言葉が溢れ出してしまいます。私を救ってくれた剣士様と雰囲気が似ているからかもしれません」
幼少期のステラを救ってくれた剣士も、ダミアンのような赤毛でハンチング帽を着用。服装は三つ揃えのツイードスーツ。腰には刀という風貌だった。だが、幼少期の記憶故に服装などは印象に残っていても、顔までははっきりと記憶していない。何よりも十年前の時点でその剣士は二十代前半の青年といった雰囲気。今のダミアンの外見とは年齢の計算が合わず、同一人物とは考えにくい。
だが憧れの剣士と再会出来たような気がして、気分が高揚していたのもまた事実だ。それだけで自然と饒舌になっていた。
「すみません、私ばかり長々と語ってしまって」
「気にするな。問い掛けたのは私の方なのだから」
言葉を交わしている間に二人は町まで下り、ダミアンが宿泊する宿の前に到着した。
「ここまでで大丈夫だ」
「明日には町を発ってしまわれるのですよね。もっとお話ししたかったので残念です」
「旅というのはそういうものだ。旅を始めれば君にも分かるさ」
先輩旅人としてそう言い残すと、ダミアンは宿へと入っていった。




