特別講師ダミアン先生
レンジョウから後を引き継いだリヒトに案内され、ダミアンは離れの道場へと通された。中ではリヒト以外の門下生二名が正座で待機していた。
「短髪の彼はベルデ。奥の彼女はステラです」
「……レンジョウ門下のベルデだ」
大柄なベルデが静かに一礼した。服装に制約はないらしく、生成りのシャツにスラックスとサスペンダーを合わせた平凡は服装をしている。年齢はリヒトより二つ上だが、入門時期はリヒトの方が半年早く、ベルデは弟弟子にあたる。
「レンジョウ門下のステラです。よ、よろしくお願いします」
赤毛のショートヘアーが印象的な少女、ステラは緊張から声が上ずっていた。服装は動きやすさを重視して、ノースリーブのトップスにダボっとしたパンツを合わせている。最年少の十三歳、入門して数カ月の新人ではあるが、女性剣士で入門を許されたのは歴代でステラただ一人であり、その素養の高さが伺える。
「旅の剣士ダミアンだ。断っておくが私が披露する剣術は全て不格好な我流だ。剣聖に師事する君たちの参考になるかは保証しかねる」
これまでにダミアンは誰かに師事した経験はなく、剣術の知識さえも皆無のまま独学で剣術を磨いてきた。よって指導の要領など持ち合わせておらず、本当にただ剣術を披露することしか出来ない。
旅の剣士の技量を拝めるとあってリヒトとステラは前のめりに目を輝かせているが、ベルデだけはどこか冷めた様子で一人眉を細めている。
「それでは、早速ダミアンさんに剣技の披露を――」
「待て、俺はその男の剣技になど興味はない」
「おいベルデ」
苛立ちを募らせたベルデがダミアンへ詰め寄る。その様子を見たリヒトが慌てて間に割って入った。
「俺は剣聖レンジョウの下で剣術を学ぶ選ばれし人間だ。旅の剣士か何か知らないが、その男の剣技など見るだけ時間の無駄だろう」
「お客様に何てことを言うんだ」
「俺は事実を言ったまでだ。その剣士が俺よりも強いとは思えん」
長身のダミアンよりもさらに頭一つ分高く、体格でも勝るベルデがダミアンを威圧感たっぷりに至近距離から見下した。自信家かつ高慢な性格のようで、兄弟子であるリヒトに対しても敵対心を隠していない。
「お前がどう思おうと勝手だが、こっちはこっちで勝手にやらせてもらうぞ」
高圧的な物言いなど意に返さず、ダミアンは動きやすいようにジャケットを脱ぎ淡々と折り畳んでいく。その態度もまた、頭に血が上りやすいベルデの癇に障ったようだ。
「ならば力づくで追い出すまでのこと。俺と手合わせしろ。完膚なきまでに叩きのめしてやる。劣る相手から学ぶことなど何もないからな」
「手合わせするつもりはなかったのだが、対人戦で技を披露するのも悪くはないか」
そう言うと、ダミアンは愛刀を畳んだジャケットの上に置き、壁に掛けてある竹刀を一本手に取った。
「命のやり取りではないとはいえ、骨の一本ぐらいは覚悟しておけ」
流石のベルデも真剣で切り結ぼうとまでは思っていない。鍛錬に利用している竹刀を一本手に取った。
「ダミアンさん、よろしいんですか?」
「私は別に構わない。怪我をさせるつもりはないから安心しろ」
「うちの弟弟子が本当にすみません」
「お前が気に病む必要はない。勝負審判は任せたぞ」
「分かりました」
ダミアンに対する申し訳なさから、リヒトはベルデを恨みがましい目で見つつ、勝負審判として両者の間に立った。
「勝敗は僕の裁量で決めさせていただきます。剣士として正々堂々とした勝負を心がけてください」
両者を距離を取って睨み合い、ダミアンは抜刀の構えで、ベルデは正眼の構えで試合の開始を待つ。
「試合開始!」
「奪首」
「なっ!」
開始の合図と同時に勝敗は決した。ダミアンは一瞬で間合いを詰め、ベルデの首のすれすれで竹刀を寸止めしたのだ。その動きにベルデはまったく反応が出来ず、構えたまま微動だに出来なかった。
「勝負あり! ダミアンの勝ち」
「ま、待てリヒト! 俺はまだ負けては――」
往生際悪くベルデは声を荒げるが勝敗は誰の目にも明らかだ。リヒトやステラのベルデに対する視線は冷たい。
「見苦しいよベルデ。これが真剣勝負だったなら、今頃君の首は飛んでいる」
「……くそっ!」
実戦なら確実に死んでいた。そのことを誰よりも理解しているのは手心を加えられたベルデだ。真剣云々の話ではない。寸止めされなければ首の骨が間違いなく粉砕されていた。あの一瞬に感じた死の恐怖が今も体に残っている。
「お前はいったい何なんだよ」
「魔剣士狩り」
「くそっ、ふざけやがって!」
余裕を崩さず、すっと首筋から竹刀を引くダミアンの姿に苛立ち、ベルデは感情的に道場を飛び出していった。我が強い性格ゆえ、振り上げた拳をいまさら下ろせないのだろう。
「待ってベルデさん」
「放っておきなよ、ステラ。あいつだって一人の方が頭が冷めるさ」
ベルデの後を追おうとしたステラをリヒトが引き留めた。本人は自嘲していたが、一番弟子としての風格はそれなりに備わっているようだ。
「最後までとんだご無礼を。ダミアンさん、本当に申し訳ありません。気を悪くするなというのも無理な話かもしれませんが、どうか彼のことを許してやってください」
「別に私は気にはしていないよ。あの程度は可愛いものさ」
悠久の魔剣士狩りの旅の中で、数多の狂気の魔剣士と対峙してきた。ベルデのよ不遜な態度など理解の範疇。可愛いものである。
「それよりもリヒトとステラ。お前たち二人には私の剣筋が見えていたようだな」
突然の指摘に二人はお互いの顔を見合わせた。あの一瞬でベルデだけではなく、二人の視線までもダミアンは捉えていた。底の知れぬ実力に驚きを隠しきれない。
「剣筋は何とか追えましたが、反応出来たかどうかは自信がありません」
「私もです。いえ、きっと反応は出来なかったと思います」
ステラの言葉は本心に、リヒトの言葉は謙遜にダミアンには感じられた。あの瞬間、リヒトの想像は剣筋を捉え刀身での防御にまで及んでいたはずだ。一番弟子は伊達じゃない。剣聖レンジョウが才能を見出しただけあり、剣士としての実力でもリヒトは確実にベルデを上回っている。
「一人減ってしまったが、このまま続けさせてもらうぞ」
「はい、よろしくお願いします」
「屋外へ場所を移しても良いのなら、飛ぶ斬撃くらいは披露しよう」
「そんなことが可能なのですか?」
「長年修行を積めば誰でも出来るようになる」




