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魔剣士狩り  作者: 湖城マコト
老剣士の章
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剣聖レンジョウ

「レンジョウ先生、お客様をお連れしました」


 森に隣接するレンジョウ邸は、東方の島国の建築を思わせる豪奢ごうしゃな屋敷だった。


 重厚な門扉を潜り石畳を進むと、庭の池で作務衣さむえ姿のレンジョウがこいに餌をやっていた。年相応に皺や白髪は目立つが、上背のある引き締まった肉体は未だに健在だ。年功も相まって静かな迫力を感じさせる。


「お客様というのは?」


 迫力とは裏腹にリヒトを迎える表情と声色はとても穏やかだ。好々爺という表現が今のレンジョウにはよく似合っている。


「突然の来訪で申し訳ない。私は旅の剣士ダミアン」

「君は……」


 三つ揃えのツイードスーツにハンチング帽。腰には刀を携えた特徴的な姿。ダミアンの顔を見た瞬間、レンジョウは動揺から生唾を飲み込んだ。


 名前は知らぬが、目の前の青年によく似た剣士と出会った記憶が確かにレンジョウには刻まれている。だがそれは老齢のレンジョウがまだ若かりし頃の話。目の前の青年と同一人物であるはずがない。直ぐに自分の考えを修正するようにかぶりを振った。


「失礼。お客様の前で呆けてしまうとは私も歳だな。改めましてレンジョウだ。よろしくダミアンくん」


 微苦笑を浮かべたレンジョウがダミアンへ握手を求め、ダミアンもそれに応じた。レンジョウの無骨な右手は年齢を感じさせぬ程に力強い。


「お客様を立たせたままでは申し訳ない。中へ」


 ※※※


「私にとっては当たり前だが、慣れぬ者にはこの姿勢は辛い。足を崩されても構いまわぬよ?」

「お構いなく。かの国には以前長期滞在していた時期がある。私もこの座り方には慣れている」

「左様だったか。どうりで様になっているわけだ」


 屋敷の居間に通されたダミアンは、敷かれた座布団の上で見事な正座を披露した。レンジョウの祖国を訪れた経験といい、得物が刀であることいい、ダミアンには共感できる部分が多い。レンジョウは童心に帰ったかのように声を弾ませている。


「こうして態々訪ねて来てくださったのだ。歴遊のお話し等、色々と聞きたいことはあるが、先ずはそちらの要件を聞くのが礼儀というものだな」

「ならば遠慮なく本題に入らせてもらう。私が知りたいのは魔剣士についてだ。剣聖と呼ばれた剣士だ。当然魔剣の存在は知っていよう」

「無論だ」


 今より数百年も昔のこと。世界には戦乱が溢れていた。

 戦場の主役は刀剣で、勝敗は陣営にどれだけ優秀な剣士を揃えることが出来るかに左右されていた。


 そんな中、剣戟けんげき頼みの戦に限界を感じていた各陣営は、優秀な剣士の育成と並行して、強力な刀剣の製作にも重きを置き始める。

 優秀な剣士の育成には時間がかかる。強力な刀剣を製作することで、並の剣士にも一騎当千の活躍を期待したのだ。


 時を同じくして、何者かが提唱した魔剣精製法が、実物のデモンストレーションと共に世界中へと流布され、開発競争は一気に激化した。


 魔剣精製にはおぞましい魔術的儀式が不可欠であり、多大な生贄を必要とする。

 ある地方では戦闘狂の領主が事前の通告さえもなく、領民全てを躊躇ちゅうちょなく生贄に奉げたという記録も存在する。


 魔剣精製に関わる数多くの犠牲は、後世にはそれ自体が一つの災厄であったと伝わっている。それこそが呪われし製法と呼ばれし所以だ。


 なお、肝心の魔剣精製法に関しては、血塗られし技術が後世に蔓延することを恐れた者達の手により一切の記録が破棄され、現代においてその内容を知ることは出来ない。精製時の血生臭い逸話が各地に伝わるのみである。


 各陣営は次から次へと魔剣を生み出し、戦況は目まぐるしく変化していった。

 氷を操る魔剣、風を操る魔剣、可変することで様々な局面へ対応する魔剣、使用者そのものの身体能力を向上させる魔剣。魔剣の能力はまさに千差万別であった。


 この時期には、魔剣の力を得た平民上がりの新兵が千を超える敵兵の屍の山を築き上げた、等という武勇伝も珍しくはなくなった。魔剣の登場は当時の戦場の常識を変えたのである。


 しかし、魔剣の登場からしばらくして、魔剣の魔剣たる所以が徐々に露呈していく。


 魔剣の狂気に飲まれ、人格や行動に異常をきたす剣士が続出したのである。


 ある者は、それまで品行方正を絵に描いたような好人物であったにも関わらず、欲情に身を任せ多くの女を襲い、飽きると残虐に殺害した。


 ある者は、慎ましい善人であったにも関わらず、金銭に執着するあまり、魔剣を用いた強盗殺人を繰り返すようになった。


 ある者は、争いを好まぬ平和主義者であったにも関わらず、敗残兵であっても容赦なく殺害し、それを咎めようとした上官や同僚をも殺害する悪鬼羅刹へと成り果てた。


 狂気の度合いは使い手によって様々であったが、何らかの欲求に加え、確実に殺戮本能が覚醒するという点はどのケースにも共通している。


 魔剣の狂気は使い手にも伝染し、大いなる災いをもたらす。

 各陣営がその事実を認識した頃には、戦場には数えきれない魔剣と使い手たる魔剣士で溢れ返っていた。独断で戦場を離れ、戦渦を免れていた土地で蛮行に及ぶ魔剣士も続出。各地で大混乱が発生した。


 この事態を受け各陣営は停戦を決定。陣営の垣根を超え、魔剣士の凶行への対処および魔剣の回収へ全霊を注いだ。


 戦況を好転させるための切り札として開発競争が行われた魔剣が休戦のきっかけになったというのは、あまりにも皮肉な話であった。


 その後、五十年もの歳月をかけ、各地で頻発していた魔剣士の蛮行も徐々に収束。魔剣に関しても全体の九割近くの回収および破壊に成功したが、残る一割、約三千本の魔剣の行方は終ぞ知れることはなかった。


 呪われし精製法で生み出された魔剣は意図的に破壊でもしない限り、経年劣化でも朽ち果てることはない。戦乱が終わり平和な時代へと移り変わってからも、歴史の片隅では依然、魔剣を用いた犯行が発生している。


 戦乱の世から数百年が経過した現代において、魔剣の存在は半ば御伽噺染みてきているが、魔剣に魅入られた者による凶行は、現代でも確かに発生しているのだ。



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