魔剣士狩り
「ようやく見つけたぞ、魔剣士狩り」
大陸中央部を通るミリュー街道にて、三つ揃えのツイードスーツにハンチング帽、手には刀を携えた洋装の剣客ダミアンの姿を、濃紺のロングコートに身を包んだ金髪の青年剣士が呼び止めた。直ぐ後ろには、風よけローブを纏った若い女性が控えている。
「私に何か用か?」
立ち止まったダミアンが身を翻し、剣士と正面から向かい合う。記憶力に優れ、長きに渡る旅路で出会った顔をほとんど忘れないダミアンではあるが、青年剣士とは間違いなくこれが初対面だ。
「……魔剣士狩りは俺と彼女から大切な人を奪った。今この場で仇を討たせてもらう」
「お前にとって私は誰の仇だ? 仇の側にも知る権利はあろう」
「……俺の名はジェローム。お前に殺された慈悲の剣の使い手、イレーヌの弟だ」
「慈悲の剣。無音剣ガルデニアだな。そうか、お前はあの娘の身内か」
「……姉さんは立派な人だった。何故姉さんを殺した?」
「私を魔剣士狩りと知って追って来たのなら、答えはもう出ているだろう。お前の姉は殺戮に快楽を見出す魔剣士だった」
「……そんなはずはない。姉さんを侮辱するな!」
姉の心優しき一面しか知らぬ青年は激情に身を委ね、愛用のロングソードでダミアンへと斬りかかった。姉の死が盗賊団との死闘によるものではなく、魔剣士狩りなる狂気の剣客の仕業であると知ってから、復讐を誓い、剣術修行に暮れる日々を送ってきた。今こそ、その成果を発揮する時だ。ダミアンはまだ抜刀さえもしていない。先手で一撃を加えれば勝機はある。
「遅い」
「えっ?」
ダミアンが神速で乱時雨を抜刀。刀身同士が激しく接触し、強度で劣るジェロームのロングソードが折損。折れた刀身が宙を舞った。
「がっ!」
一瞬の出来事に驚愕した瞬間、ダミアンから腹部に強烈な蹴りを受け、ジェロームは胃液を戻しその場に膝まづいた。
「まだまだだな。その程度では復讐など果たせない」
「……くっ」
ジェロームは乱時雨の切っ先を額へと向けられる。
圧倒的な力量差を前に絶えず湧き上がる無力感。耐え難い屈辱だ。
「止めて!」
同行していた女性が声を張り、ローブのフードを下ろして素顔を晒した。
八年の歳月が少女を女性へと成長させているが、その顔立ちに過去の面影がある。ジェロームとは初対面だったが、同行の女性とダミアンは過去に顔を合わせている。
「お前は、エルム平原で出会った行商人夫婦の娘だな」
「……その人は、ジェロームは私を地獄から救い出してくれた恩人なの。お願いだから、私から彼まで奪わないで」
「魔剣士でもない男を殺す理由はない」
鼻で笑うと、ダミアンはジェロームの額に向けていた切っ先を引き、静かに鞘へと納める。
危機を脱したジェロームへと、エーミールは大粒の涙を浮かべて抱き付いた。
「魔剣士狩りとして、あの剣士を斬ったことを私は後悔していない。行商人夫婦については同情はするが、護衛を拒んだのはあの人達自身の決断だ。責任を感じるつもりはない」
背を向けて悠然と歩き出すダミアンの背中を、ジェロームとエーミールは怨色露わに睨み付ける。
「だが、大切な人の命を奪われ、その原因である私に復讐心を向ける気持ちは理解出来る。私は復讐に対して肯定的だ。お前たちが変わらず私への復讐を願い続けるのなら、私は何時でもお前たちの挑戦を受けよう」
「……望むところだ。いつの日か必ず、俺はお前を殺す!」
先鋭な殺意を向けられ、ダミアンは一度だけジェロームの方を振り向いた。
「いい覚悟だ、だが一つだけ覚えておけ。お前がただの復讐者である内は甘んじてその殺意も受け止めるが、間違えても魔剣にだけは手を出すな。その時は容赦なく、私の方からお前を狩りに行く」
戒めとも取れる強い言葉を残し、魔剣士狩りは何処へと消えて行った。
この世界から全ての魔剣士を狩り尽すまで、魔剣士狩りの旅路は終わることはない。
第一章 了
聖剣の章にも同じ「魔剣士狩り」というタイトルがありますが、これは意図したものです。
聖剣の章では主人公のダミアンを、今回のお話しでは、魔剣士でもあるダミアンを狩りにきたジェロームを指して「魔剣士狩り」というタイトルにしました。




