リドニーク領解放
「お久しぶりですね」
ヴィルシーナ首魁、魔剣士ヂェモン討伐により完全開放されたクヴァドラート城内には、多くのレジスタンスが雪崩れ込んでいた。
元凶の一人でもある、領主ドゥラーク卿が身を潜めていた秘密の地下室へは、レジスタンスのニフリートがランタン片手に踏み込んでいた。ランタンの明かりは、青白い顔で哀れに震え上がっている老人の姿を照らしだす。
「ひっ! お前はオルディン……なぜお前が」
ニフリートの顔を見た瞬間、ドゥラーク卿は亡霊でも目撃したかのように悲鳴を上げた。
「留学先で暗殺したはずの息子との再会、さぞ驚きのことでしょうね」
「……そうか、レジスタンスを率いていたのはお前だったのか」
ニフリート改め本名はオルディン。留学先での不慮の事故で逝去したとされる、ドゥラーク卿の子息だ。暗愚なドゥラーク卿を反面教師として育ってきたオルディンは、良識を持ち合わせた人格者であり、領民からの支持が厚かった。次期領主として見識を広げるため五年前に留学。領民たちからその将来を嘱望されていた。暗愚な領主の時代は間もなく終わりを迎える。あと少し圧政を耐え抜けば、オルディンの統治する平和な時代が訪れるはずだった。
しかし、留学から一年が経った頃、オルディンが留学先で亡くなったという悲報が領内を駆け巡る。表向きは不慮の事故と伝わっていたが、領民誰もがドゥラーク卿が手を回したのものだと疑わなかった。保身のためならば我が子を暗殺することさえも厭わぬ狂気の領主によって、領民たちは失意のどん底へと突き落とされた。
だが、生死の境を彷徨いながらもオルディンは奇跡的に生還していた。失意の領民には申し訳なく思ったが、死んだと思わせておいた方が動きやすいと考え、オルディンは密かに、リドニーク領解放を目指すレジスタンスとしての活動を開始することとなる。やがてオルディンは身分を明かし騎士団へと接触、領内で大規模なクーデターを発生させることに成功した。
「全ては二年前のクーデターで決着するはずだったのに……よもやヂェモンの介入によって、さらなる暗黒時代が訪れることになると誰が想像できたでしょう……あまりにも理不尽に、あまりにも残酷に、罪なき領民たちの血が流れました。この暗黒時代に終止符を打ってくださったあの方々には感謝してもしきれません」
「……オルディン頼む、私を助けてくれ。私はヂェモンに脅されていただけなんだ。私だって被害者だ」
「自分には罪がないと、本気でお思いか?」
哀れに足元に縋るドゥラーク卿を、オルディンは冷徹に見下した。
「これまでのあなたの愚かな振る舞いが、あのような輩に付け入られる隙を生んだのだ。民の命が惨たらしく奪われる狂気の時代を、あなたは我が身可愛さにただ傍観していた。それ以前だってそうだ。私利私欲を満たすための圧政で、一体どれだけの人々を苦しめて来たと思う? あなたに領主である資格はない!」
「私が悪かった。頼むから命だけは、命だけは……」
「……私はあなたとは違う」
「おお、流石は我が息子――」
領主の表情に一瞬、希望の光が注すが。
「私は法に則り厳格にあなたを裁く。あなたの罪は死罪に値する。せいぜい刑が執行されるその瞬間まで、幽庵の牢獄で己が罪を悔いるのだな」
「待て! 待ってくれ――」
「罪人を牢獄に連れて行け」
「はい!」
「オルディン! オルディン――」
オルディンの指示を受けたレジスタンス達の手によって、重罪人ドゥラークは牢獄へと連れて行かれた。
「ベニオ殿とダミアン殿は?」
「城中を捜したがお二方の姿はどこにもなかったよ」
報告に来たヴェーチルが困惑気味に肩をすくめた。リドニーク領を救ってくれた大恩人二人は、レジスタンスが到着した時点で城内から忽然と姿を消していた。感謝を伝える機会を失い、面識のあるレジスタンスたちは寂寥感を覚えていた。
「己の目的のため行動しているだけだと仰っていったが、全てが終わったら本当に風のように去ってしまったな。まだ、お礼の言葉さえも伝えていないのに」
直接顔を合わせても、やはり二人は、己の目的のためにやったことだと、恩着せることもなくそう言うのだろう。
だが、当人たちの感情はどうであれ、この地に生きる全ての者にとって、恐怖の支配を終わらせてくれた二人の剣士は間違いなく英雄である。感謝の念を、新生リドニーク領は永劫忘れることはないだろう。
「もしもあなた方が再びこの地を訪れることがあるならば、その時にこそ感謝の言葉を伝えたいものです」




