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魔剣士狩り  作者: 湖城マコト
美しき復讐者の章
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美しき復讐者

「随分とタフな野郎だ。筋骨共にすでにボロボロだろうに」

「普通ならとっくに死んでいるさ」


 身軽とは言えないまでもダミアンは危なげなく、多大な圧を伴って振り下ろされたシーラの斬撃を回避した。重圧に圧壊しかける骨や筋肉を乱時雨みだれしぐれの効果で瞬時に修復することで、ダミアンは辛うじてパフォーマンスを維持していた。


「そろそろ反撃させてもらうぞ」

「その意気や良し」


 刀身に強化を付与した直後なので、ダミアンには対してはまだ重圧が働いていない。身軽に動ける内に壁際目掛けて疾走、壁を利用して跳躍し、空中からヂェモンへ迫った。


「気づきやがったか」

トール!」


 跳躍の勢いそのまま、ダミアンは逆手に持った乱時雨を突き下ろす。ヂェモンはダミアンに対し重圧はかけず、刀身の腹を盾に攻撃を受け止めた。力強い圧にヂェモンは膝を折りかけるも盛り返し、筋骨隆々の体躯から繰り出される怪力でダミアンを強引に払い除けた。ダミアンは壁に背中を打ち付け吐血するも、しっかりと両足で床へと着地する。


「重圧を掛けてくれても構わなかったのだが」

「そう簡単にはやらせないさ」


 上方からの攻めに関してのみ、重圧は相手にとっての追い風となる可能性がある。反射的に重圧をかけていたなら、ダミアンの速度と威力はさらに増し、ヂェモンの防御は間に合わなかったかもしれない。


 決して魔剣の性能だけに依存せず、咄嗟の判断で自力で状況に対処する。ヂェモンは魔剣士以前に戦士としても優秀だ。一度見切られた以上、上方からのダミアンの攻めはこれ以上通用しないだろう。


「消極的な戦い方はここまでだ。そろそろ命懸けでいかせてもらう」


 ダミアンには、実戦では過去に一度しか使ったことのない奥の手が残されている。


 秘儀「武黎武ブレイブ」。平常時は乱時雨の効果で回復に利用されている生命力の方向性を身体強化へと変えることで、一時的に圧倒的な戦闘能力を発揮することが出来る。


 しかし、「武黎武」はいわば諸刃の剣。回復力が常人並にまで低下し、一撃で戦闘不能に陥るリスクが伴う。それでも重圧に捕まらないためには、高速戦闘を可能にする「武黎武」を使用する他ないとダミアンは判断した。


 これまでは「武黎武」の身体強化に頼る場面はほとんどなかったが、ヂェモンはこれまで対峙してきたどの魔剣士よりも強い。出し惜しみは出来ない。


武黎武ブレイブ!」


 発動と同時に、刃も峰も柄も等しく漆黒だった乱時雨の刀身に、血流にも似た波打つ赤い線が無数に発生。刀身の禍々しさが、攻撃性をより強調させる。


「何を始める気――」


 ダミアンの姿が一瞬で視界から消え、ヂェモンは咄嗟にシーラを背面へ回した。次の瞬間、刀身同士が接触する甲高い音とこれまでで最も激しい衝撃が、武器越しにヂェモンの体を揺らした。


小癪こしゃくな!」


 瞬時にシーラを振り抜くもすでにダミアンの姿はそこにはなく、風切り音だけが虚しく響く。


「……くそっ、何て速さだ」


 驚異的な身体能力を発揮したダミアンは縦横無尽に玉座の間を駈け廻る。ヂェモンの目がダミアンの姿を捉えられないため、動きを封じようにも重圧をかける位置を定められない。気配を感じた場所に直感的に重圧をかけようとも、発動した瞬間にはダミアンはもうその場にはいない。


反兎ハント

「くそっ……」


 突然胸部に鋭い一閃を、間髪入れずに背面にも斬撃を貰い、ヂェモンは体の前後から派手に出血した。しかし、数多の屍を築き上げてきた魔剣士はこの程度で沈みはしない。


「この程度で俺を止められると思うなよ、魔剣士狩り!」


 床面へとシーラ叩きつけた瞬間、柄頭つかがしらが激しく発光。凄まじい重圧が広範囲へと展開される。強力な効果故に使用者にかかる負担が大きく、ヂェモンは眼窩がんかや全身の細い血管から次々と出血していくが、決して重圧の展開を解こうとはしない。目にも止まらぬ速さで相手が動き回るのなら、広範囲に網を広げて捕まえる他ない。


「くそっ……」


 ヂェモンの目論見は成功。重圧に捕まったダミアンが数メートル離れた位置で膝を折った。防御を捨てた状態故に回復は間に合わず、全身の骨と筋肉がきしんで悲鳴を上げる。こうべを垂れた瞬間に、ハンチング帽が重力に負け床面へと落下した。

 

「手間掛けさせやがって」


 ダミアンへ近づくヂェモンの足取りは非常に重く、全身には出血と大量の汗が滲んでいる。ダミアンを逃さぬため広範囲への重力展開を継続中。自身も重圧に押されながら、左手でシーラを引きずりながら歩みを進めていく。


 強靭な肉体も、多大な重圧がかかった状態では巨大な刀身を振り上げることが出来ない。ひざまずくダミアンの目の前までやってくると、後頭部を大きな右手で握り込み、自身にかかる重圧を利用して強烈にダミアンの顔面を床へと叩き付けた。このまま頭を潰してやろうと、全体重と重圧をダミアンの後頭部へと乗せる。回復力を捨てている今、ダミアンには凄まじいダメージが襲い掛かっているはずだ。


「がっ! ああああああ」


 痛みに怯んだのはヂェモンの方だった。顔面を押さえつけられ視界はゼロ。自身の出血におぼれかけながらもダミアンは感覚だけで右手の「乱時雨」を振るい、ヂェモンの左足首を斬りつけた。切断には至ぬも骨ごと半分まで断ち、激痛に耐えかねたヂェモンは無意識に重圧を解除、ダミアンを押さえつける右手の力も緩む。


 好機を見逃さず、ダミアンは腕立ての要領で頭ごと上体を持ち上げ拘束から脱出。低い姿勢から右手を引き、突き上げるようにして強烈に刺突した。


無礼躯擦ブレイクスルー!」

「ぬおおおおおおっ!」


 刃は腹部を貫通し巨体を数メートル押し出すも、屈強な肉体を持つヂェモンはこの攻撃をも耐え抜き、両足で踏みとどまった。さらなる追撃のためにダミアンは刀身を腹部から抜き出そうとするも、ヂェモンはダミアンの右手を衰えぬ握力で締め付けた。鼻が折れ、顔面を血で染めたダミアンは、狂気に満ちた目でヂェモンの鬼の形相を見上げ、極限状態で魔剣士同士の眼光が交錯する。


「離脱なんてつまらない真似するなよ。我慢比べといこうぜ」

「……頑丈な男だ」


 ヂェモンが床へシーラ突き立てた瞬間、二人の頭上から最大威力の重圧が襲い掛かり、全身が嫌な音をたてながら二人の体が沈み込んでいく。己をも重圧に巻き込んだ捨て身の一撃。体格と負傷の程度差で、ダミアン方が先に限界を迎えるとヂェモンは確信していた。


「流石は魔剣士狩りだと褒めてやるよ。俺をここまで追い込んだのはお前が初めてだ」


 ダミアンの体は、骨格が変形しそうな勢いで全身の骨がミシミシと音をたてていく。両者堪らず膝を付き、体がどんどん床面へ平行になっていくが。


「……勝ちを確信するのは早いんじゃないか? 昔からよく言うだろう。勝負は最後まで分からないと」

「負け惜しみを……むっ?」


 ダミアンが嗤笑ししょうした瞬間、ヂェモンの右肩に鋭い痛みが走った。真っ赤な刀身が肩口から体内へと侵入している。妖刀、よい速贄はやにえを握るは、美しき復讐者ベニオであった。


 現在重圧はピンポイントで上方からダミアンとヂェモンを押さえつけている。先程ダミアンが仕掛けたように、頭上から攻撃に関して重圧は追い風だ。加えて今のヂェモンに回避する余裕は存在しない。


「お前が警戒すべきは魔剣士狩りではなく、復讐者の方だったな」

「くそっ! こんなところで――」

「貫け! 宵ノ速贄」


 瞬間、ヂェモンの体内を宵ノ速贄から発生した無数の針が全身の血管を掻き乱し、体外へと突出した。ダミアンの剣技を受けてなお健在だった強靭な肉体も、内部からズタズタにされてしまえばひとたまりもない。敗北を理解出来ぬまま驚愕に目を見開き、ヂェモンの体は全身から激しく出血。ダミアンに圧し掛かるように倒れ込んだ。


 魔剣士が死亡したことで重圧の効果が解け、ダミアンの体が軽くなる。即座にヂェモンから体を離すと、ヂェモンの死体が握るシーラの柄を強烈に刺突し魔石を破壊。恐るべき性能で魔剣士狩りを追い込んだ重圧剣は、この瞬間を持って滅びを迎えた。


裁威武サバイブ


 戦闘が終了したことでダミアンは、乱時雨が活性化させる生命力の方向性を身体強化の「武黎武ブレイブ」から回復力特化の「裁威武サバイブ」へと切り替えた。重傷の回復には時間がかかるが、軽微な負傷に関してはすでに修復が完了した箇所もある。


「ダミアン様、ご無事ですか?」

「私の方は問題ない。お前の方こそ重症だな」


 ベニオの脇腹は不自然に抉れ、止血帯代わりに添えた上着の生地も鮮血で真っ赤に染まっている。重傷に疑い用はないが、彼女の表情に苦痛の色は見えない。


「不思議と痛みをそれ程感じません」


 冷静にヂェモンの亡骸を見下ろした後、ベニオは静かに目を伏せた。


 敬愛する兄を殺害し、故郷を滅ぼした憎き仇をこの手で討ち取った。もっと気分が高揚するかと思っていたが、いざその瞬間を迎えると、僅かばかりの達成感と、それを上回る虚しさを覚えるばかりであった。


 敵討かたきうちを果たしたからといって大切な人達の命が戻るわけではない。復讐に費やした歳月が戻って来るわけでもない。ただ目の前に、自分が殺した男の死体が転がっているという事実が存在するだけ。留飲を下げるにはまだ心の整理が追いついていない。


「誇るといい。お前がもたらした勝利だ」


「いいえ。勝利に導いてくださったのはダミアン様ですよ。ダミアン様がヂェモンを追い詰めてくださなければ、あのような不意打ちはきっと通用しなかった。手前は返り討ちに遭い、屍を晒していたはずです」


 本来、ヂェモンは不意打ちが通用するような相手ではない。ダミアンとの死闘の中で生まれた僅かな隙に、ベニオは上手く付け入ることが出来た。ダミアンなくして此度の勝利は有り得ない。


「レジスタンスに合図だけ出したら、さっさとこの場を離れるとしよう。これ以上、領の事情に関わるつもりはない」


「そうですね。後は領民の皆様自身が考えるべき問題です」

「動けるか?」

「今のダミアン様がそれを仰いますか? 回復能力があるからといって、現状は完全に満身創痍まんしんそういですよ」

「ははっ、違いない」


 苦笑を浮かべながら乱時雨を納刀すると、ダミアンは床に落ちていたハンチング帽を拾い、被り直した。


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