恐怖の支配者
「随分と品のない王様だな」
「言ってくれるな。柄でないことは自覚している」
クヴァドラート城最奥の玉座の間にて、玉座に座し、身の丈程もある巨大な斬馬刀を床に突き立てた姿勢で、恐怖の支配者は上客を迎え入れた。物騒な得物と恐怖支配の実態さえなければ、あるいは人の良さそうな壮年男性に見えたかもしれない。
魔剣士にして、武装集団ヴィルシーナの首魁ヂェモン。黒髪をオールバックに流し、顎鬚はもみ上げまで繋がっている。堀りの深い精悍な顔立ちには朗笑が浮かんでいるが、瞳には狂気の色が目立ち、温度差が激しい。
座高だけでも分かる上背の持ち主で、肩幅も広く肉体的にも強靭。服装はラフに腕まくりしたシャツの上から使い込まれた革鎧を装着している。その出で立ちは領の支配者というよりも、一介の傭兵のような泥臭く無骨な印象を受ける。権力を手に入れたからといって、妄りに宝飾品で着飾るような趣味はないようだ。
「お前の活躍は聞いている。クロウンはまだしもスカラまで仕留めたのには驚いた。お前が噂に名高い魔剣士狩りだな?」
「名が知られるというのも考え物だな。警戒されては活動がしづらい」
「しかし、魔剣士狩りがまさかこんな若造だったとは。俺も魔剣を手にして長いが、魔剣士狩りの噂は随分と昔から聞き及んでいる。ひょっとして、魔剣士狩りとは世襲制か何か?」
「今昔、魔剣士狩りは私一人だ。よく言われるんだ、若く見えるとな」
「ははっ! 絡繰りは分からんが、お前が正真正銘の魔剣士狩りだというのなら好都合だ。魔剣士狩りとは何時か殺し合ってみたいと思っていた。運命の巡り合わせに感謝しないとな」
「お前をと私を巡り合わせたのは一人の女の復讐心だよ。彼女の介入が無ければ、私がこの地に赴く機会はずっと後になっていただろう」
「ああ、妖刀の娘か。正直なところ、四年も経った今頃になって俺達に報いてくるとは思っていなかった。魔剣士狩りを連れだって来てくれたことには礼を言わねばならんな」
魔剣士狩りのような天敵とも呼べる強者との殺し合いを望む。魔剣士の思考としてはそこまでおかしくはないが、領を丸ごと掌握するなどという、大それた真似をした一団の長の思考としては少々違和感がある。
「お前の狂気とは一体何だ? 権力を欲するかのようにリドニーク領を掌握してみせた男が、今は孤高の戦士のように強者との戦いを望んでみせる。まるで一貫性が感じられない」
「俺という人間は享楽的で、同時に飽き性なんだ。辻斬りに明け暮れた時期もあれば、魔剣の収集に精を出した時期もある。面白そうだからニムファの提案に乗り、リドニーク領の征服なんて侵略者染みた真似もしてみたが、いざ成し遂げてしまえば以降は刺激の少ない退屈な日々だ。まあ、活動拠点としての機能は十分に果たしてくれたがな。
今の俺は、魔剣士狩りの存在に感興をそそられている。権威の存亡よりも、お前との殺し合いの方がよっぽど肝要だ」
「飽き性故に、次々と新たな享楽を求めることがお前の狂気というわけか。大勢の人生を狂わせておきながらそれを享楽の一言で片づけるとは、相当いかれているな」
「本当にな。これでも魔剣を手にする前は、飽き性なだけの普通の傭兵だったんだがな」
過去に思いを馳せるように溜息をつくと、ヂェモンは得物の斬馬刀に体重をかけるようにして玉座から立ち上がった。
「さてと、そろそろ始めるとするか」
床面から引き抜いた斬馬刀をヂェモンは軽々と肩に担ぎ上げた。玉座の間は広く、大ぶりな斬馬刀を余裕で振り回せるだけのスペースが存在する。
「いいだろう。魔剣士は例外なく殺す」
油断ならぬ相手であることは、ベニオからの事前情報で重々承知している。破壊力では劣るが攻撃速度ではダミアンの方に分があるはず。短期決戦を意識し、ダミアンが先手必勝で仕掛けた。
「無礼躯!」
強烈な刺突で、ダミアンが正面切ってヂェモンへ挑みかかったが。
「むっ……」
突如として頭上から圧し掛かった重圧がダミアンの動きを鈍らせ、水平に向けた刀身も重力に負けて位置が低くなっていく。強烈な刺突が一転、ヂェモンへ届く前に、破壊力の要である勢いが死んでしまった。重圧に耐え兼ね、ダミアンの足取りも止まる。
「どうした! 魔剣士狩りってのはその程度か?」
足を止めたダミアン目掛けて、ヂェモンは片手で軽々と巨大な斬馬刀を振り下ろす。それと同時に重圧が消失し、軽さを取り戻したダミアンは左手を添えた「乱時雨」で咄嗟に斬撃を受け止めた。
「ほう、この一撃を受け止めるか」
「……何て圧だ」
膂力と武器の重量だけでは説明のつかない、凄まじい圧力が斬馬刀に乗っている。
筋肉と骨がみしみしと悲鳴を上げるが決して膝は折らない。一瞬でも気を抜けば、勢いそのままに床に埋められてしまいそうだ。
「盗寧土!」
圧力に抗い、ダミアンは全身のバネをフルに使い、強烈に上方へ切り上げる「盗寧土」で僅かに斬馬刀を弾き上げる。その瞬間を見逃さず、続けざまに右方へと転がり込み、斬馬刀の軌道から体を外す。凄まじい圧力で斬馬刀が振り下ろされ、床面へ接触した瞬間、地鳴りと共に大きくひび割れた。回避しきれなければ、回復力に優れるダミアンとてどうなっていたか分からない。
「あそこから強引に刀身を弾き上げたか。数多の魔剣士を狩ってきた実力は本物のようだな」
「……重圧剣『シーラ』、事前情報以上の破壊力だ」
重力に作用する斬馬刀型魔剣――重圧剣シーラ。
一定範囲内の対象に強烈な重圧をかけて身動きを封じたり、振り下ろした刀身にかかる圧を強化し、破壊力を増大させるど、非常に攻撃的かつ厄介な性能を持ち合わせた大型魔剣だ。特定の対象に対する重圧と、刀身への強化を同時に行うことは出来ないが、それぞれの効果が強力過ぎるため欠点とまではいえない。欠点というよりは仕様といった方が適切だろう。
直前の攻防を生き残れたのは、ダミアンの身体能力が桁外れだったからこそだ。通常なら、初見で圧し掛かって来た重圧に大ダメージを受け、例え解放されたとしても即座に回避行動を取れず、分厚い刀身の餌食となっているところだろう。
かつての大戦時にもシーラは暴威を振るい、集団戦においては広範囲に発生させた凄まじい重圧で多くの兵士を戦闘不能へと追い込み、単独戦闘では破壊力が増した刀身で屈強な重装騎士を鎧ごと一刀両断したと伝承されている。
「魔剣士狩りは、この俺をいったいどうやって攻略する?」
「さあな。戦いながら考えるさ」
恐れも微塵の躊躇もなく、ダミアンは果敢に斬りかかる。勝機など、何時だって剣戟の中で見出して来た。




