ベニオの狂気
「……ダミアン様、少しよろしいですか?」
小夜、宿屋のダミアンの部屋を、ブラウスを一枚羽織ったベニオが尋ねて来た。
「一緒のベッドで眠らせてはくれませんか?」
「一室しか取れなかった以前とは違うんだ。一人でゆっくり休めばよいだろう」
「……ダミアン様とも明日でお別れですから。少しでも長く一緒にいたく思いまして」
赤面するベニオはダミアンと目を合わせようとはしない。居座る気満々なのだろう、右手には妖刀「宵ノ速贄」を携えている。
「……まあいい」
目を細めて頷くと、ダミアンは壁際へ体を寄せてベニオが横になれるスペースを作る。ベニオは壁に宵ノ速贄を立てかけると、ダミアンのベッドへ潜り込んだ。
「手前はダミアン様と出会えて本当に良かったです。出来ることなら、もっと別の形で出会いたかった気もしますが」
「こういう形で出会ってしまった以上、もしもなど考えるだけ無駄だろう。復讐のために魔剣を手にすることを決めたのは、私達自身の選択だったのだから」
「そうですね。魔剣を手にすることが無ければ、きっとこの出会いも無かったのでしょう。過去の選択もダミアン様との出会いも、否定したくありません」
壁際に寝返りを打ったダミアンの背中を、ベニオがジッと見つめた。
「お前は、自分の中の狂気を自覚しているのか?」
「……急にどうされたんですか?」
「お前は私が今まで見て来た魔剣士と比べてまとも過ぎる。最初は復讐に狂っているのかとも思ったが、お前の復讐心は本物だが狂ってまではいない。時々、お前が魔剣士であることを忘れてしまいそうになる」
「手前の狂気ですか……魔剣士の台詞ではないかもしれませんが、これまでは深く考えたことがありませんでした」
「無自覚ならばそれも良かろう。妙なことを聞いて済まなかった。明日も早い、そろそろ休むぞ」
「はい」
壁際のダミアンに代わり、燭台に近いベニオが蝋燭の火を消した。月明かりだけが差し込む室内は静寂に包まれる。
――ダミアン様と出会うまでは気づくことがありませんでした。手前はどうやら愛に狂う魔剣士のようです。
町中が寝静まった頃、ベニオは静かにベッドから立ち上がり、壁に立てかけていた宵ノ速贄を取り、静かに抜刀した。月光を浴び、血錆びにも似た赤い刀身が妖艶に輝く。抜刀したまま、背中を向けるダミアンを執心の目つきで見下ろした。
――叶わぬ恋であるならば手前は……。
瞳に涙を浮かべながらベニオは静かに刀身を納刀。壁に立て掛け直すと、何事も無かったかのようにベッドへ戻り、縋るようにダミアンの背中に身を寄せる。
ベニオがベッドを立った瞬間からダミアンの意識は覚醒していたが、身を守るために乱時雨を抜くことは終ぞしなかった。




