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魔剣士狩り  作者: 湖城マコト
美しき復讐者の章
42/166

魔剣士スカラ

「スカラ様、今宵のなぐさみ者を連れてまいりました」


 町外れの小高い丘の上にある豪奢な屋敷で魔剣士スカラは、配下が町中から収奪して来た娘たちを、下卑た視線でめ回していく。


 ろくな手入れもせずに伸びきった黒い長髪を雑に結び、身なりなど気にせず、筋骨隆々の上半身は己の力を誇示するかのように常に裸。性欲と殺戮だけに執心し、理性よりも本能に忠実な生き方は人よりも猛獣のそれに近い。


「ほう、この町の器量良しはあらかた絞り尽したと思っていたが、これ程の美貌の持ち主が残っていたとはな」


「よその土地から流れついた者でしょう。どうやら道に迷っている様子でしたから」


 連れてこられた三人の娘の中で一際目を引くのは、服装こそ紺色のブラウスにベージュのスカートと質素ながらも、色白な肌と流れる濡鴉ぬれがらすの髪、熱情を宿した真紅の瞳が目を引くベニオの美貌だ。


 委縮している娘たちとは異なり、凛乎りんことした佇まいを崩さない。意外にもベニオは武器を取り上げられてはいなかった。娘たちを連れてくる際、武器を携帯していても取り上げる必要はないと、日頃からスカラが部下に命じているからだ。


 スカラは気丈な女をなによりも好む。護身はもちろん、憎き支配者に一矢報いてやろうと武器を手にした女など最高だ。そういった気丈な女を圧倒的な暴力で屈服させ、心をへし折ってやる。そうして絶望の底に突き落とされた女の泣き顔を見ながら犯すことに、スカラは最上の快楽を見出している。


「娘よ、名を何と言う?」

「……ベニオ」


 仇の一人を前に、ベニオは必死に感情を押し殺す。ロシャの町では合流前にダミアンがクロウンを仕留めてくれたおかげで激情に駆られずに済んだ。しかし、今はどこまで抑えが効くか分からない。四年前の襲撃の際、スカラは村でも多くの娘を犯した。まぶたに焼き付いたあの光景は、永劫消え去ることはないだろう。


「気に入った。お前はたっぷりと可愛がってやるとしよう。他の女はそうだな」


 スカラは嗜虐的な笑みを浮かべ、娘たちを連れて来た二名の屈強な配下へと目配せした。


「お前たちの好きにしろ。今すぐ初めてもいいぞ」

「流石はスカラ様だ」

「そうこなくっちゃ!」

「いやっ! やめて――」

「家に、家に帰して――」


 盛りのついた二人の大男がそれぞれ強引に娘を組み伏せ、ブラウスを引き裂いた。娘たちは必死に懇願するも、本能に支配された獣達に人語は届かない。


「……外道どもめが!」


 耐えかねたベニオが激昂、抜刀したよい速贄はやにえで瞬時に二人の大男を斬りつけた。頸動脈を割かれ、二人の大男は派手に血液を撒き散らしながら絶命した。


 事なきを得た娘達ではあったが、降り注ぐ血飛沫に絶叫。呼吸が大きく乱れ、体の震えが止まらない。


「腕を上げたな」

「えっ?」


 それまでは正面にいたはずのスカラの声が背後から聞こえた。次の瞬間、ベニオに大量の血飛沫が降り掛かる。救ったはずだった娘達の体には、巨大な獣に抉られたような深い傷が三本刻まれ、大量に出血。己の死を理解出来ぬまま虚空を見上げている。


 スカラが抜いたファルシオンからは大量の血液が滴り落ちている。スカラが魔剣の力を発揮し、娘たちを殺害したとみて間違いない。


「……どうして」

「救ったはずの命が奪われたと悟ったその表情、そそるね!」

「あっ――」


 舌なめずりしたスカラ急接近しファルシオンで切り上げた。ベニオは咄嗟に刀身で受け止めるも、接触した瞬間に凄まじい圧を受け体ごと大きく弾き飛ばされる。柱に強く体を打ち付け、衝撃で胃液を吐き出してしまう。


「お前、四年前に襲撃した剣士の村にいた娘だな」

「痛っ!」


 スカラはベニオの髪を強引に掴み上げ顔を突き合わせると、再会を祝す恋人のような恍惚の笑みを浮かべていた。


「……気づいていたの?」


「お前のような美しい女を忘れるはずがないだろう。あの晩、遠目に見たお前の美しさに俺は魅せられた。再会を待ち望んでいたぞ」


「……手前てまえに刀を抜かせるために、配下にあのような命令を出したな?」

「俺は強い女が好きでね。復讐を誓ったであろうお前がどれだけの力をつけたのか興味があった」

「ならば、女性達まで殺す必要はなかったであろう!」


「そうそう、そういう反応が見たかったんだよ。それだけでもあの女たちの命には価値があったというものだ」


「外道めが……」


 髪を掴み上げるスカラの右腕に両手で爪を立て、拘束から逃れようともするも、ベニオの力ではスカラの剛腕はビクともしない。


「俺を殺したいか? 殺したいよな! かつてかしらが目を付けたお前の妖刀なら俺を殺せるかもしれないが」


 スカラは床へ落ちたベニオの宵ノ速贄をわざとらしく一瞥いちべつ。屈辱に涙を浮かべ、ベニオは歯を食いしばる。


「妖刀を握らぬお前など、ただの美しい女に過ぎない」

「おのれ……」


 あざけるように高笑いを浮かべると、スカラは唾液を含んだ舌で、怒りに紅潮したベニオの頬を舐め上げた。


 〇〇〇


「部下達を一瞬で、あなたは一体何者ですか?」


 メインストリートで突如発生した戦闘に周辺は大混乱。居合わせた住民達は我先にと逃げ出し、ニフリートらレジスタンスが、さり気なく避難誘導を行っていく。


「魔剣士狩り」

「魔剣士狩り? 知りませんね。僕に挑むなど愚かな人だ」


 部下達を喪ってもまるで他人事。魔剣士ストラジャは高慢な態度を崩さない。

魔剣士狩りは魔剣士にとって天敵ともいる存在。その存在を知らぬのは経験の浅さ故だろうか。


「正義感で僕の命を狙ったのなら不運でしたね。僕が今まで何人殺して来たか教えて上げましょうか?」

「興味ない。さっさと始めるぞ」

「……その減らず口、直ぐに聞けなくしてやる。生きたまま溶かされる恐怖を存分に味わうといい」


 ストラジャがショートソードを鞘から引き抜くと、透明な液体が刀身から滴り落ち、地面に落下した瞬間に白煙が上がった。刃から絶えず強力な酸が滴り落ちる溶解剣キスラタ。小ぶりながらその破壊力は絶大で、かつての大戦時、屋内などの狭所きょうしょ戦闘で猛威を振るったと伝わる。強力な酸は人体だけでなく金属をも溶かし、相手の武器を破壊することで剣戟けんげきにも有利。敵に回すと非常に厄介な魔剣といえる。


「死に晒せ、不穏分子!」

「私は魔剣士狩りだ」


 直情的なストラジャは己を鼓舞するかのように叫び散らしながら、低い姿勢からダミアン目掛けて斬りかかった。



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