復讐
「……ピエロが死んだ?」
恐怖支配からの解放を望んでいたはずの住民達から上がるのは困惑の声ばかり。決して嬉しくないわけではない。何の前触れもなく現れた剣士が、誰も敵わないと思っていたピエロを圧倒してみせた光景に、理解が追いつかないのだ。
「……あなたは、一体?」
縛り付けられていた赤毛の青年が、恐縮した様子でダミアンへと問いかけた。
「通りすがりの魔剣士狩りだ――脅威は排除した。見ていないで、縛られている人達を解放してやったらどうだ」
ダミアンが群衆へと問いかけると同時に、我に返ったように住民達は、縛り付けられた10名の老若男女の下へ参集していく。徐々に解放の実感を湧いてきたようで、方々から歓喜の声が上がり始める。
双子の少女たちもようやく束縛から解放され、兄である赤毛の青年に伴われて、ダミアンの下へと駆け寄って来た。
「助けてくれてありがとう」
「お兄ちゃんがいなかったら今頃……」
「私が助けたわけではない。ただ、お前たちは今日ここで死ぬ運命ではなかったというだけのことだ」
全ては廻り合わせに過ぎない。
ダミアンはベニオと出会わなければ、リドニーク領を訪れる機会はずっと後になっていただろうし、悪天候や何らかのアクシデントでロシャの町への到着が遅れれば、処刑の瞬間に間に合わなかったかもしれない。
あるいは到着がもっと早ければ、先日犠牲となった若夫婦を救えていたかもしれないし、もっと遡れば、魔剣士狩りであるダミアンが過去にヂェモンやヴィルシーナと敵対していれば、リドニーク領の運命そのものが大きく変わっていたかもしれない。
誰が救ったかは問題ではない。
命を繋いだという事実だけを少女たちを大切にしていくべきだ。
「ダミアン様、終わったのですね?」
程なくして、中央広場にベニオとレジスタンスが到着した。衣服の所々には返り血が見受けられる。作戦通り、町から敗走しようとするピエロの部下たちの排除に成功したようだ。到底敵う相手ではないと一部の兵士は投降したのだろう。何名かは、応援として駆けつけたレジスタンスたちに縛り上げられている。
「肩と左手にお怪我を」
己の事のように痛心し、ベニオが血塗れのダミアンの左手を握ったが、
「傷がない……これは返り血? だけど肩は衣服ごと切れていますし」
ダミアンの左手は血も乾いていないというのに、傷口だけが綺麗に塞がっていた。肩も同様で、裂けたコートから覗くシャツは真っ赤に染まっているというのに、肝心の傷口がどこにも見当たらない。
「私の妖刀、乱時雨の能力の一環だ。乱時雨は刀身の損傷をすぐさま修復し、さらには使い手の生命力を活性化させ負傷をも回復させる。ある程度の傷ならば直ぐに回復するし、時間はかかるが切断された四肢も繋がる」
ダミアンの剣技は神業ばかりではあるが、妖刀そのものが攻撃的な働きをしたことはない。攻撃的な能力が備わった魔剣が多い中、持ち主の傷を回復させる効果というのは、数ある魔剣の中でも非常に珍しい。
「癒しの力を持った魔剣とは珍しいですね」
「能力そのものは確かに珍しいが、多くの魔剣同様に一騎当千のコンセプトは私の乱時雨も変わりない。攻撃性を使い手に依存する代わりに、治癒能力を高めて戦闘継続時間を大幅に拡大する。より長く戦場に立ち続ければ、より多くの命を狩れるからな。乱時雨はいわば、魔剣士をゾンビ兵化する妖刀だよ」
「ゾンビ兵などと、ご自身をそのような」
「何も比喩表現で言っているわけではない。事実私は――」
言いかけて、広場全体を支配する群衆の怒声にダミアンの声はかき消された。
何事かと思い、ダミアンとベニオが後方を振り返ると、
「貴様らさえ! 貴様らさえ来なければ!」
「息子を、息子を返して!」
「外道どもめが!」
「ひっ、や、止めろ! 俺達は投降した身だ」
投降し捕縛されたヴィルシーナの兵士達が、農具や包丁を手にした住民達に取り囲まれ、泣きじゃくりながら必死に命乞いをしていた。レジスタンスを含め、リンチの始まりを制止しようとする者は誰もいない。
元より暗愚な領主の圧政に苦しむ厳しい土地ではあったが、少なくとも悪戯に命を奪われるようなことは無かった。そんな最低限の人権さえも、二年前に突如現れた狂気の支配者は崩壊させた。その一員がいざ自分の番となれば、大罪を忘却したかのように必死に命乞いに努める。あまりにも身勝手な振る舞いを前に住民達の嚇怒は増す一方だ。全ては因果応報。悪逆に対する報いが、当事者達の手により開始されようとしている。
「……止めた方がよいのでは?」
「放っておけ。虐げられ、理不尽に命を奪われてきた住民達にはその権利がある。そもそも、魔剣士狩りの執心で動く私や、敵討のためにこの地を訪れたお前に、他人の復讐を止める資格などないよ」
領の事情に関わるつもりはないという姿勢に加え、自身の経験から復讐に対して肯定的なダミアンの態度は冷厳としている。農具で突き刺された兵士の絶叫を耳にしても顔色一つ変えない。
「……そうですね」
ベニオとて復讐者である自分に、他人の復讐に意見する資格が無いことは重々承知している。
「……あなたたちは家の中に入っていなさい」
それでも、子供に見せるものではないと、ベニオは近くにいた幼い双子の姉妹を、近くの民家に押し込むようにしてリンチの現場から遠ざけた。




