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魔剣士狩り  作者: 湖城マコト
美しき復讐者の章
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殺戮ショー

「お待ちしておりましたベニオ殿。後ろの御仁が例の?」

「攻略の鍵を握る大切なお方です」

「旅の剣士、ダミアンだ」


「よろしくお願いしますダミアン殿。私は領内の案内役を務めさせて頂きます、レジスタンスのニフリートです」


 林道を抜けてリドニーク領内へと侵入すると、古びた猟師小屋の影から、キャスケット帽とロングコートを身にまとった赤毛の青年が姿を現した。やつれた様子ながらも、眼光は一般人とは思えぬ程に鋭い。


「早速、ロシャの町までご案内いたしましょう。ここからでしたら徒歩で三十分もかかりません」


 時間を惜しみ余計なやり取りはせず、ニフリートが率先して先頭を行く。共通の敵を持つとはいえ、レジスタンスとベニオたちは同士というわけではない。慣れ合いはせず、お互いに淡々と物事をこなすくらいで丁度いい。


「ロシャの町の状況は?」


「……惨憺さんたるたるものですよ。先日もわれなき罪で若い夫婦が槍玉に上げられ、夫は処刑と称しピエロの的当ての標的に。妻は配下たちのなぐさみ者にされた挙句、翌日には川に遺体が上がりました……娯楽で領民の命が玩具のように壊されていく。この土地は狂っています」


 辛そうに目を伏せたニフリートは節々で言葉を詰まらせる。表向きは平静を装っているが、虐げられる領民たち思い、胸中を痛憤つうふんに焦がしている。


「あなた方なら、奴らを殺せるのですよね?」


「領の事情に興味は無いが、そこに魔剣士がいるというのなら全て狩り尽すまでのことだ」


「十分なお言葉です。ご迷惑でしょうが我らの思いを一方的に託させて頂きます。どうか無念を晴らしてください」


 以降はニフリートは感情を表に出すことはせず、淡々と案内人に徹した。


 15分程歩き続け、遠目にロシャの町の輪郭りんかくが見え始めたが。


「ニフリート!」

「ヴェーチル、いったいどうした?」


 町の方角から血相を変えて駈けて来たのは、ニフリートと共にレジスタンスに所属する黒髪の青年ヴェーチルだ。予定にないヴェーチルとの合流は即ち、異常事態の発生を意味していた。


「ピエロの奴、また的当てを始める気だ。広場で十人縛り上げられてる」

「……外道めが。このまま住人全員を娯楽目的で殺すつもりか!」


 ニフリートの握りこぶしから血が滴り落ちる。爪が食い込む圧で握り込んだようだ。


「始める気ということは、まだ始まってはいないのだな?」

「あ、ああ。だがもういつ始まってもおかしくない」


 事態は切迫している。ロシャの町まではまだ距離があり、支配者たるピエロの娯楽中となれば、邪魔が入らぬように四方の門は部下たちが強固に警衛けいえいしているはず。


 悪趣味かつ無慈悲な娯楽に巻き込まれてしまった無辜むこの民を救い出すことは荊棘けいきょくの道だ――普通の人間ならばだが。


「魔剣士に好き勝手させるのはしゃくだ。一足先に私が向かおう」

「でしたら手前てまえも」

「お前は敗走する敵兵に対処しろ」

「承知。敵兵は町から漏らしません」


 返答も聞かぬままダミアンは持ち前の俊足で駆けだし、一瞬で三人の視界から消えた。


 凛乎りんことして見送るベニオとは対照的に、レジスタンス二人は驚嘆の眼差しで町の方角を見つめていた。


「広場の方はダミアン様に任せておけば間違いないです。町の主要な出入り口へ案内してください」

「承知しました。敵兵を逃さぬよう、町のレジスタンスにも情報を共有しておきます」


 自分達にやれることを全力でやるべく、ヴェーチルは伝令のために疾走し、ニフリートはダミアンが向かったのとは別の門へとベニオを先導した。


 〇〇〇


「頼む、子供達だけでも解放してやってくれ」


 ロシャの町の中央広場では、十名の老若男女が柱に縛り付けられていた。中には十歳に満たないであろう幼い少年少女の姿もある。捕らえられる際に痛めつけられたのだろう。子供たちの助命を懇願する赤毛の青年の頬と瞼は赤く腫れあがっている。


「幼子の解放なんて論外だよ。せっかくの的当てなんだ。的は小さい方がり甲斐があるというものだろう?」


 木箱に腰掛ける、道化師装束に身を包んだ魔剣士ピエロは、白塗りの顔に嗜虐的な笑みを浮かべながら、手元で数本の投げナイフを遊ばせている。魔剣士である彼にとって投げナイフを使った殺人は、一般人が興じるダーツ程度の意味合いしか持たない。殺人と娯楽が結びついた狂人相手に、人の情など通じはしない。


「貴様は狂っている!」

「分かっていないな。今やリドニーク領は僕らの支配地、僕らこそが法律なんだ。もう二年も経つんだ。狂気に支配された地では狂気こそが常識。正論こそが暴論だと、そろそろ理解したほうがいいよ」


 さも正論のようにピエロは狂気に満ちた高説を垂れた。


 二年前、悪魔の集団がリドニーク領を掌握したことで、領はそれまでの圧政を超える、無慈悲な暴力に支配された魔境へと変貌した。常識など一切通用しない。善良な一般市民が享楽で首を刎ねられるなど日常茶飯事。この土地において人の命があまりに軽い。


「僕に意見した勇気に免じて君を殺すのは最後にしてあげよう。お望み通り、最初の標的は幼子たちからだ」

「よせ!」


 赤毛の青年が必死に体を揺らすも柱もロープもビクともしない。広場を取り囲むようにして奥には憤懣ふんまん畏怖いふに震える住民達が、手前では愉快そうにピエロの殺戮ショーを観覧する配下たちが、対照的な表情で傍観している。


 ピエロの殺戮ショーには見せしめとしての意味合いもあり、住民達は欠席を許されていない。不在が発覚すれば次回はその住民が標的とされてしまう。自身の生存のため、顔馴染みが殺されていく光景を瞳に焼き付けなればいけない。幾度となく繰り返されてきた凄惨な娯楽に精神を蝕まれ、住民達の表情からは生気が抜け落ちている。


「ど、ち、ら、に、し、よ、う、か、な」

「止めろ、やるなら俺からにしろ!」


 木箱から立ち上がったピエロは指先で摘まむようにして投げナイフを持ち、二つの小さな標的の間で切っ先を行ったり来たりさせている。


 狂った遊びの標的に選ばれてしまったのは幼い双子の姉妹だ。恐怖に歪む表情からはすでに涙が枯れ果て、目元が腫れた跡だけが残されている。


 赤毛の男性の懇願こんがんにピエロは一切耳を傾けない。双子の少女が赤毛の男性の妹だと知った上で、悲愴感ひそうかんを増していく男性の叫び声も同時に楽しんでいた。妹を喪った瞬間に男性の叫びが最高潮を迎えると思うと、ピエロは今から興奮が抑えられない。


「よし、君にしようか」

「い、嫌!」


 悪魔の選択は終了し、投げナイフの標的は左の柱に縛り付けられた双子の姉へと定められた。姉は必死に首を振り、妹も必死に「止めて」と訴えかけるが、無情にもピイエロは投げナイフを投擲すべく、すでに手首のスナップを開始している。


「安心しなよ。先ずは片目だけだ」


 狂乱の道化師が幼い少女目掛け、容赦なく投げナイフを投擲した。

 凄惨な光景を想像し住人誰もが一瞬目を背けたが、数秒経っても少女からは悲鳴一つ聞こえてはこない。


「……何?」


 静寂せいじゃくを裂いたのはピエロの浮かべた疑問符であった。


 視線の先では、少女を庇うようにして割って入ったハンティングコート姿の青年が、左手で投げナイフを握り止めていた。浅く刃が食い込んだ掌からは微かに血液が滴り落ちてくる。



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