レジスタンス
「先ずは北西部の街道を経由し、ロシャの町へ向かおうかと考えております」
食堂で朝食を終えると、ベニオはテーブルに地図を広げ、リドニーク領内の片隅にある川沿いの町を指差した。敵の巣窟である領主町を目指すには北部の街道を抜けるのが最短ルートだが、北西部の街道からロシャの町を経由すると、二日ほど遠回りする計算となる。
「その意図は?」
「もちろん、魔剣士を狩るためですよ」
ダミアンにとって最も魅力的なワードだ。無言で頷き続きを促す。
「現在リドニーク領では、治安維持という名目でヂェモンがヴィルシーナ幹部を主要地域へと配置。恐怖支配による統治を行っています。ヴィルシーナ内での序列は一部の例外を除き戦闘能力で決まる。町々の統治を行う幹部級は魔剣士である可能性が高い」
「なるほど、領主町への一極集中ではなく、各地に戦力を分散させているわけか。最初の襲撃地点にロシャを選んだのは、領主町から離れているからだな」
「はい。一般的な騎士団であったなら異変は直ぐに領主町にも届くでしょうが、ヂェモンは各地の統治を配下たちに丸投げしており、指揮系統は上手く機能していません。襲撃の報が領内を駈け廻るまでにはそれなりに時間がかかるでしょう。各地を統治するのは圧倒的な戦闘能力を誇る魔剣士たち。加えて領の掌握から月日が経ち、ヴィルシーナは確実に油断を積み上げている。不足の事態など想定していないはずです」
「魔剣士らしい。奴らは己の敗北などまるで想定していないからな」
一方で部下の魔剣士を各地に配置し、支配者として君臨させる方法は、我の強い魔剣士たちを制御する上では理に適っている。支配地を持つことで、存分に己の狂気と欲望を満喫できる環境が整う。発散の場が与えられている以上、配下の魔剣士から不満は上がりにくい。そういった采配こそが、我の強い魔剣士集団を総べるヂェモンの手腕と言えるのだろう。
主要地域に魔剣士を配置している時点で防衛面は堅牢。大抵の事態には問題なく対処出来る。油断も指揮系統の乱れも、魔剣士の戦闘能力を考えれば本来弱みに成り得ないが、復讐者と魔剣士狩りの標的となった今となっては話は別だ。
「ロシャの町の魔剣士を討ち、襲撃の報が伝わる前に別の町へ移り、その地を支配する魔剣士を討つ。そうして最終的には領主町へ乗り込みます。魔剣士を狩り残すことはダミアン様だって不本意でしょう」
「私にも異論はない。配下の魔剣士を逃さぬためにはそれが最適だろう」
混乱に乗じて撤退する者を逃さぬためにはもちろん、予め幹部クラスの魔剣士を狩っておくことは後々、重要な局面での横槍を防ぐためにも重要だ。
「ロシャにはどんな奴が待ち構えている?」
「道化師のような出で立ちをした、その名もピエロというナイフ使いです」
〇〇〇
「雪道を歩きなれているんだな」
「雪国の出身ですから、手前にとって雪景色は日常でした。そういうダミアン様も雪道はお得意のようですね。ひょっとして雪国のご出身ですか?」
「生まれはどちらかといえば温暖な地域だが、旅の中で雪国に滞在した期間も長い。この程度は慣れっこだよ」
ダミアンとベニオは北西部の街道を逸れ、雪深い林道を着々と行軍していた。正規ルートの街道からでは入領する際に検閲を通過しなくてはならないが、圧政と暴力が支配する現在のリドニーク領に正規の手順で入り込めるとは到底思えない。そのため二人は、旅人はまず立ち入らないであろう林道からの秘密裏の侵入を試みていた。ヴィルシーナが治安維持について以降は領境の警備は甘い。怠惰な姿勢故に、細々と点在する侵入ルートを把握する気すらないのだ。そのため非正規ルートからの侵入は比較的容易だ。
「このルートをどこで?」
「リドニーク領の方に教えて頂きました。ヂェモンがリドニーク領を掌握したと知ったのが一年と半年前。以降、復讐の機会を得るために様々な根回しを進めてきました。クーデターに失敗したことで勢いは下火となりましたが、領の内外では今でも勇士一同がレジスタンス活動を続けており、手前たちの計画にも全面的に協力してくれることになっています。林道を抜ければ、案内役のレジスタンスが手前たちを待っているはずです」
「信頼出来るのか?」
「民衆の希望だった騎士団が壊滅した今、個人的な目的とはいえ、ヂェモンを討たんとする我々は最後の希望。協力は惜しまないと言ってくださいました。リドニーク領の現状は惨憺たるもの。絶望的な状況を打開しようと砕身するレジスタンスの覚悟は本物ですよ」
「だとしても、絶対とは言い切れないだろう。例えば身内を人質に取られ、止むなくスパイをしている人間だっているかもしれない」
「二年前のクーデター時には事実、ダミアン様が懸念するような事態が発生したそうです。結局、用済みと判断されるや否や、スパイ活動を行っていた人間は人質ごとヴィルシーナに処刑されたそうですが。当時の反省から現在のレジスタンス活動は老若男女を問わず、圧政や理不尽な暴力で家族を失い、天涯孤独の身となった者達だけで行っているそうですよ」
「なるほど。失うものは何も無い復讐者達ということか」
復讐心を糧に活動するレジスタンスだというのならその結束も固いだろう。いずれにせよ、領内を動き回るためにはレジスタンスの協力は重要だ。不足の事態が起きた場合は力技で斬り抜けるだけのこと。
「復讐を掲げる手前が言うことではないかもしれませんが、ダミアン様は復讐に対して肯定的なのですね」
「私自身、復讐を目的に妖刀を手にした人間だ。復讐者の感情は理解出来るつもりだ」
「……ダミアン様は、復讐を果たされたのですか?」
核心を突く問いかけに、ダミアンの歩みが一瞬遅くなる。
「果たせていれば、私はあるいは魔剣士狩りの道を歩むことは無かったのかもしれない」
「それはどういう?」
「気が向いたら教えてやる――迎え撃つぞ」
「承知しました」
二人が抜刀すると同時に林道周辺がにわかに騒がしくなる。どうやら雪化粧に紛れて武装勢力が待ち伏せをしていたらしい。地形を生かしたやり口はヴィルシーナではなく、周辺を縄張りとする盗賊団の仕業だ。リドニーク領の現状を知り迂回ルートを選択する旅人も多い。それらを標的に襲撃を行っているだろう。
「こんな辺境を訪れるなんざ、馬鹿な夫婦だ」
頭目らしき白髪の男が下卑た視線を二人へ向ける。
ヴィルシーナが幅を利かせている関係で近年は盗賊団の稼ぎが少ない。恐らくは街道からダミアン達に目を付けており、林道に先回りしていたのだろう。
カッチリとコートやスーツを着こなしたダミアンと、華やか衣服に身を包んだ美女ベニオの組み合わせを見て、風変りな若夫婦とでも思ったのだろうが、真実は戦闘能力の塊のような魔剣士二人。盗賊達はあまりにも見る目がなく、あまりにも運が悪い。もっとも、これまで積み重ねてきた悪行を考えれば自業自得ではある。
「夫婦ですって」
「どう解釈したら一般人の夫婦がこんな林道を行くことになるのやら」
頬を赤らめるベニオと対照的に、ダミアンは粛々と敵影を目測していく。
「半分は任せる。さっさと押し通るぞ」
「御意に」
「無駄な抵抗は――」
頭目の首がダミアンの居合いに飛ばされたのを皮切りに、林道の雪景色は瞬く間に血の赤一色に染め上がっていく。十数名いた盗賊団が全滅するまでに、ものの五分とかからなかった。




