出会いは雪化粧の中で
「妖刀持ちの魔剣士とは珍しいな」
「そういうあなたは、魔剣士狩り様でございますね?」
大陸北部の、一面雪化粧をした大戦時の史跡にて、ダミアンは風変りな乙女と対峙していた。
先ず目を引くのは、初雪のような柔肌と濡鴉の長髪とのコントラストの美しさだ。瞳は真紅で、右目の泣き黒子が妖艶な魅力をより引き立てる。雪国という土地柄も相まって一瞬、雪の精霊の類なのではと、現実味のない錯覚を覚えてしまいそうだ。
出で立ちは縹色のアオザイの上にボアのついたコートを着用。足元は革製の茶色いロングブーツで固めている。
腰には、鞘に枝葉模様が彫られた一本の打刀を差しているが、抜刀済みのダミアンを前にしても乙女は刀に触れようともしない。
直前に史跡周辺を根城とする盗賊団と一悶着あり、乙女は自衛のために妖刀の能力を解放、その瞬間をダミアンにも目撃されている。魔剣士であることはすでに言い逃れ出来ない状況だ。
「あなた様をずっとお捜ししておりました」
「とうとう魔剣士狩りを狩ろうとする者が現れたということか。望むところだと言わせてもらおう」
抜刀しないのは油断を誘う罠という可能性も十分考えられる。ダミアンは即座に対応出来るよう、姿勢を低くし刺突の構えを取るが。
「手前にあなた様と争う意志はございません」
曇りのない穏やかな微笑を浮かべると、乙女はあろうことか妖刀を雪だまりへと放り投げてしまった。狂気に魅入られ、殺戮に狂う魔剣士が敵前で自ら凶器を手放す。数多の魔剣士と対峙してきたダミアンにとっても初めての経験であった。
乙女の奇行はそれだけでは終わらない。妖刀を手放したかと思うと次に上着を、雪原にも関わらずブーツを、柔肌を包み隠すアオザイをも躊躇なく脱衣していく。サラシと下着も外し、乙女はついに一糸纏わぬ姿となった。
「何の真似だ? 色仕掛けならば時間の無駄だぞ」
「戦う意志がないことを、身をもって示したまでです」
体を貫く寒風に身を震わせながらダミアンの下へと歩み寄り、裸足の足跡を雪原へ刻んでいく。
「戦う意志に関係なく、魔剣士は全て殺す。裸身の女だからと容赦はしない」
「お噂通りの方ですね。手前はあなた様に斬られても構わないと思っています」
「殊勝な心掛けだ」
「ですが、それはもう少しだけ待っていただきたい。手前は手前の復讐を果たすまでは死んでも死に切れません故。これはあなた様にとっても悪い話しではないはずです」
覚悟を示すかのように、乙女は裸身のままついにダミアンの間合いにまで踏み込んだ。
一糸纏わぬ女一人。首を刎ねることなど容易いはずなのに、乙女が口にした復讐の二文字がダミアンの殺意を搦め取る。
「手前は大切な人の仇である魔剣士を追っています。その男は徒党を組み、配下にも複数の魔剣士を従えている。恥ずかしながら、手前一人では仇の下まで辿り着けない。ですが、数多の魔剣士を屠ったあなた様と一緒ならば、彼奴らを倒すことが出来るかもしれない。復讐を成し遂げた後にはこの命、潔くあなた様にお渡ししましょう」
「私の助力を得て大勢の魔剣士を討とうというのか。可憐な容姿で何とも豪胆な。大勢の魔剣士を狩れるのなら確かに私にとっても好都合だが、だからといってお前の始末を後回しにする理由がどこにある? 共闘は不要だ。今この場でお前から情報を引き出し、私一人で魔剣士共を狩る」
「手前は死んでも口を割りませんよ。仇に関する情報は手前が四年がかりで集めたもの。あなた様一人で奴らの下へ辿り着くには相当ご苦労なされることでしょう。大勢の魔剣士を最短で狩るならば、手前との共闘は不可欠です」
「拷問する趣味はない。いいから情報を吐け」
「手前の覚悟はきっとあなた様にも伝わるはずです。あなた様はきっと、手前と似ているから」
乙女はついに切っ先に触れる距離まで接近。恐れることなく、自ら切っ先へと胸部を押し当てた。触れた胸元から、臍に向かって血が滴り落ちていく。
「……一つ聞かせろ。お前は魔剣士に誰を奪われた?」
「目の前で兄を殺され、当時住んでいた村の住人も虐殺されました。手前は復讐心を糧に今日まで生き抜いてきた。復讐を果たせたなら、もうこの命に未練はありません」
「……そうか」
真紅の瞳の訴えに耐え切れなくなったかのように、ダミアンは目を伏せ「乱時雨」を納刀した。
乙女の言うように二人は似た者同士に違いない。魔剣士に大切な人の命を奪われ、復讐のためにみ自身も魔剣を手に取った。辿った境遇がよく似ている。
乙女が宿す、復讐を果たした後ならば死んでも構わないという覚悟も、復讐を果たすまでは死ねないという覚悟も、どちらも等しく堅牢。かつてのダミアンもそうだった。堅牢な覚悟を宿した人間から情報だけを聞き出すのは不可能だ。選択肢は自ずと限られた。
「とりあえず服を着ろ。共闘以前に凍死でもされたら堪らない」
「ご配慮に感謝致します」
緊張の糸が切れて我慢が効かなくなったのだろう。凛とした佇まいは成りを潜め、乙女は今にも泣き出しそうな顔で下着とブーツを身に着け始めた。手足がかじかみ、なかなか上手く身に着けられない。
「……手前のさらし」
どうやらさらしが風に攫われどこかへ消えてしまったらしい。乙女は泣く泣くは素肌でアオザイに袖を通したが、
「て、手前の上着!」
脱衣した際、遠くに投げてしまったボア付きのコートを、不意に現れた野生の白い狼が咥えて持ち去ってしまった。獣の走力に追いつけるはずもなく、白い狼は雪煙の向こう側へと消えて行った。
「……お前は馬鹿なのか?」
「……返す言葉もございま――くしゅん!」
「これでも着ておけ」
呆れ顔で嘆息しながら、ダミアンはツイードスーツの上に羽織っていたハンティングコートを乙女へと投げ渡した。
「だけどあなた様は?」
「コートの下も厚着だし元より寒さには強い。いいから着ておけ」
三つ揃えのツイードスーツにハンチング帽姿のダミアンは身震い一つ見せない。気を遣って演技をするタイプではないし、寒さに強いのは本当だろう。
「感謝します! わー、温かい」
ダミアンのコートは女性の脹脛付近までしっかりと包み込む。生き返った心地で乙女はコートの襟に何度も頬ずりをした。
「雪原で立ち話もなんだ。一度町へ戻るぞ」
「分かりました、魔剣士狩り様」
名前を呼ばれる度に「魔剣士狩り」などと言われていたら、一般人からもあらぬ誤解を招きかねない。遅ればせながら簡易的な自己紹介と相成った。
「その呼び方は止めろ。私の名前はダミアンだ」
「ダミアン様ですね、お名前、しっかりと記憶いたしました。手前はベニオと申します。以後お見知りおきを」
「いずれ自分を殺す男を様づけか?」
「共に戦う相手に礼節は欠けません。それに、あなた様に恩義を感じることはあっても、恨むような真似は絶対にいたしません」
「変わった女だ」
復讐のために己の命を軽んじる。ある意味ではそれがベニオの狂気ということなのもしれない。
こうして魔剣士狩りと魔剣士という、天敵同士の不思議な共闘関係が結ばれた。
ベニオという女性が自身に強烈な印象を与えていく存在となることを、この時のダミアンはまだ知る由もない。




