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魔剣士狩り  作者: 湖城マコト
霧の町の殺人者の章
31/166

覚悟の違い

「良い反応してるじゃん。私の初撃で膝を付かなかったのは、あなたが初めてよ」

「一瞬、意識から消える程の速力を発揮したな。それがお前の魔剣の力か?」


「ご明察。私の愛刀アンファングの能力は身体能力強化。そうでもなきゃ、戦いなんてずぶの素人だった小娘が、殺人鬼なんて狩れないよ!」


 踏み込んできたリズベットの薙ぎを、ダミアンは反射的に踏んだバックステップで回避する。強化された膂力りょりょくから繰り出される剣速は達人並に早い。並の殺人鬼を狩るには十分すぎる戦闘能力だ。


時遠弩ジエンド


 納刀した乱時雨みだれしぐれを即座に抜刀。強烈な斬撃をリズベット目掛けて放つが、


「うわっ!」


 初見かつ後手にも関わらず、リズベットは素早くサイドステップを踏み、斬撃の軌道から外れる。標的を失った斬撃は、奥に積まれた木箱を両断して消滅した。


「びっくりした。斬撃を飛ばす人間なんて始めて見たよ」


 斬撃を回避するという滅多に出来ぬ経験に素で感激しているらしい。リズベットは斬撃の飛んでいった軌跡を愉快そうに眺めていた。


「初見で斬撃をかわしてくるとはな。腕の一本くらい欲しかったんだが」

「乙女にそういうこと言っちゃう? 引くわー」


 人を小馬鹿にした態度を変えぬ辺り、リズベットは常に勝利を確信しているらしい。戦いにおいて速さはアドバンテージ。加えてリズベットには確実に骨肉を断てるだけの攻撃力も備わっている。精神的な幼さも手伝い、見事に己の力に酔っていた。


「あんた怖いし、そろそろ終わりにさせてもらうね」


 一瞬にしてリズベットの姿がその場から消えた。


 ダミアンは抜刀したまま姿勢を低くしリズベットを迎え撃つ。どの方向、どの瞬間から攻撃されても即応できるよう、感覚を極限まで研ぎ澄ませる。


泥布ドロップ

「えっ?」


 背後に気配を感じた瞬間、ダミアンは即座に振り向き、右手の乱時雨で下段を払う。同時に、掲げた左腕をリズベットの振り下ろしたアンファングの盾とした。刀身は前腕部を切断し肩口にまで到達したが、数センチ食い込んだところで突然静止。使い手であるリズベットがバランスを崩し転倒、アンファングを手放してしまったためだ。


「嘘でしょう……足! あたしの足いいいいいい――」


 血塗れで倒れ込んだリズベットの絶叫が倉庫内に木霊する。両足は、脹脛ふくらはぎの位置から無残に切り落とされている。「泥布ドロップ」は低い位置を強烈に薙ぎ払い、相手の足を断つことを目的とした技だ。リズベットを攻略する上で機動力を奪うことは必須。完全に両足を断ち切る時間を確保するために、左腕を犠牲とすることをダミアンはいとわなかった。骨まで断たせて骨を断った形だ。


「……自分の腕を捨ててまで! あんた馬鹿じゃないの!」


 顔面を涙と鼻水で濡らしながら、リズベットは腕だけで這ってダミアンから少しでも距離と取ろうとする。回避を選択せず、腕一本捨ててまで仕掛けてくるなど想定外。リズベットは魔剣士狩りであるダミアンをあなどり過ぎた。


「心配するな。腕は治る」

「……いかれてる」


 落ちた左腕など気にも留めず、ダミアンは地を這うリズベットへと追いつき、「乱時雨」を右手で振り上げた。


「嫌! 死にたく――」

戯路賃ギロチン


 恐怖に歪んだ顔で助命を乞うリズベットの首目掛けて、ダミアンは容赦なく「乱時雨」を振り下ろした。


 〇〇〇


「無事だったか。戻らないから心配していたぞ」


 朝ぼらけの中、ダミアンが保安官事務所を訪れると、アッシュが一人で番をしていた。相変わらず多忙のようで、他の人員は出払っている。


「健在なようで何より――ん? 服の左袖はどうした?」

「切れたから置いてきた」


 ダミアンは淡々と事実だけを伝える。ジャケットとシャツの袖が前腕部から無くなり、その先からは損傷一つない、しっかりと肉のついた左腕が覗いていた。左肩も同様で、衣服は裂けているが肌には傷一つない。


「……終わったんだな?」

「ああ。魔剣も魔剣士も始末してきた」


「あれからリズベットの使っていた部屋を捜索したら、ゲオルグと裏で繋がっていた証拠が幾つか見つかったよ。何もお前さんの推理を疑っていたわけじゃないが、俺もようやくそれでリズベットが異常者だと理解出来たよ。まったく、隣で一緒に捜査してたやつが黒幕だったなんざ、あまりにも自分が情けない!」


 苛立ちを隠しきれずにアッシュはデスクに拳を叩きつけた。ダミアンの手により事件に終止符は打たれたが、もしも彼の介入が無ければこの先、事件はどうなっていたのか。想像するだけでも恐ろしい。諸悪の根源であったリズベット以上に、彼女を疑いもしなかった己の無能さに腹がたって仕方がない。


「ゲオルグの身柄は設備の充実している地域統括本部へと移送した。本部の人間が到着する前にゲオルグを尋問したんだが、奴の言い分によると、自分の宿を売春だの不倫だの、色事に使われるのが我慢ならなかったんだとさ」


狡賢ずるがしこい魔剣士のことだ。懐柔かいじゅうしやすそうな人間を選別し、悪意の方向性を巧みに誘導したんだろう。例の薬物による興奮作用と身体能力強化が最後の一押しとなり、シンシアに剣を振り下ろした瞬間、宿屋の主人は殺人鬼と化した」


「……殺人鬼の養殖か。聞いただけでも怖気おぞけが走る」


 気分を落ち着かせるために、アッシュはコーヒーを注ぎに立ち上がった。ダミアンにも「何か飲むか」と尋ねるが反応はつれない。


「私の仕事は終わった。これ以上長居する理由はない」

「だからって、流石に急すぎやしないか」

「時間が惜しい。魔剣士狩りこそが私の本懐だからな」

「そうかい。なら、引き留めるのは野暮ってもんだな」


 飲みかけのカップをデスクに置くと、アッシュはダミアンへ右手で握手を求めた。


「お前がいなければ事件の解決は有り得なかった。心から礼を言う」

「礼などいらん。私は私の目的のために行動したまでのこと」


 握り返さずにダミアンはきびすを返した。


「最後まで不愛想な奴だな。まあいいや。またこの町を訪れる機会があれば何時でも保安官事務所へ寄っていけ。不味いコーヒーくらいは出してやる」


「縁起でもないことは言わない方がいい。私が再びこの町を訪れる機会があるとすればそれは、危険な魔剣士の臭いを嗅ぎつけた時だからな」


「なるほど。それは確かに勘弁願いたいね」


 微苦笑を浮かべて事務所の外まで見送ると、ダミアンの背中は立ち込める深い霧の奥へと消えて行った。


「さてと、ここからは俺の仕事だな」


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