黒幕
「人の獲物を横取りなんて、マナーがなってないよね」
「獲物が獲物の心配をする必要などあるまい」
ダミアンが足を運んだのは日中に訪れた、第一の殺人が発生した廃倉庫であった。
崩れた屋根から覗く月光に照らされ嬌笑を浮かべるのは、血濡れの軍刀を手にした保安官補のリズベットだ。初対面時のような、快活で誠実な面影は微塵も残されていない。
足元では真新しい遺体が一体、無残に切り刻まれている。年齢やチューリップハットの特徴を見るに、昼間にダミアンに情報提供した青年のようだ。
「何時から私が魔剣士だと気づいていたの? 魔剣士が流れ着いた時期と前後し町で発生した連続殺人事件。そっちを疑う方が自然だと思うけど」
「捜査資料を拝見した際、アッシュがお前に対し《《着任早々》》と言っていたからな。魔剣士が流れ着いた時期とも一致する。もっとも、この時点ではまだ容疑者候補の一人に過ぎなかった。お前の言う通りあの時点では、事件そのものの異常性から殺人鬼こそが魔剣士である疑いが強かったからな。お前に狙いを絞ったのは、殺人鬼と魔剣士が同一人物ではないと確信した時からだ」
「どこかの口軽が、事務所も掴んでいなかった情報を流したみたいだからね」
侮蔑の眼差しで、リズベットが足元に転がる死体を見下した。
「後学のために聞かせてよ。ゲオルグにはどうやって辿り着いたの?」
すまし顔でリズベットはダミアンに問い掛ける。後学などと未来志向な辺り、現状にそこまで危機感を抱いていないようだ。
「宿帳に記帳した時から違和感を覚えていた」
「どういうこと?」
「事務所で捜査情報を得た直後だから特に印象的だったよ。宿帳には一連の事件の被害者の名が、宿泊客として記帳されていたからな」
宿帳に記帳する際、ゲオルグが送り忘れていた頁には、一連の事件の被害者と同姓同名が記帳されていることをダミアンは瞬時に記憶していた。
「興味深いことに、一連の被害者達は全員男女ペアで宿を利用していた。ダリウスとシンシア、マッケンジー婦人と商人のグスタフ。ハンナに関してもアッシュの調査で、その時期にネーベルの町に滞在していた旅人と宿を共にしていたことが判明している。町の住人が宿屋を利用することだってあるだろうが、短期間にこれだけの人数となれば流石に珍しい。さらにマッケンジー婦人に関しては夫以外の男性と共に宿を利用している。導き出される結論は、不倫や売春の場にあの宿を利用していた、ということだろう」
後ろめたい、あるいは一夜限りの関係だから、これまで犠牲者同士の間に目立った接点が見当たらなかったのだろう。当事者達の関係性にいち早く気づくことが出来たのは、情事の場となった宿屋の主人ゲオルグただ一人だ。
「殺人鬼である宿屋の主人のターゲットは、宿で情事に及んだ可能性のある男女だったのだろう。動機については見当もつかないし興味もない。被害者の中で唯一宿泊客に名を連ねていないマッケンジー氏が殺害された件については、標的だった婦人の巻き添えだろうな」
夫婦で牧場を営むマッケンジー婦人が一人で行動する機会が見当たらず、止む無く旦那もろとも殺害するに至ったと推察される。マッケンジー氏は唯一、標的以外で犠牲になった被害者といえるだろう。
標的を確実に殺害していくためには、標的に命が狙われていると悟らせてはならない。商人のグスタフには不倫相手であるマッケンジー婦人の死が伝わらぬよう、彼が買い付けで町を離れている間に牧場を襲撃した。事実、何も知らずに買い付けから戻ったグスタフは、街道で襲撃され命を落としている。
最初の犠牲者であるシンシアおよび、シンシアの遺体発見前に殺害されたダリウスについては、最初期故に警戒のしようもない。
宿泊者同士で面識があったとは思えないし、四件目の犠牲者であるハンナも命を狙われている自覚など皆無だっただろう。
「今晩の犯行はどうやって見破ったの?」
「知っての通り、私もあの宿に宿泊した身だ。図らずも、別室で行為中と思しき男女の声も耳にしている。宿帳の名前の順番からして、次に命を狙われる可能性があるのはその客たちだろうと当たりをつけていた。アッシュに調べさせたら男は仕事で昨日から町を離れている。狙うなら女の方だと思い、網を張っていた」
経緯を聞き終えたリズベットは称賛を表し、ダミアンへ心ばかりの拍手を届けた。
「凄い凄い。たったの二日で一連の殺人事件を解決しちゃうなんて。あなたこそ保安官向きの人材なんじゃない?」
「興味はない。私の目的は魔剣士を狩ることのみだ」
前置きは十分すぎる。そろそろ言葉ではなく刃を交える時間だ。
ダミアンは何時でも抜刀出来るよう、柄に手をかけ姿勢をやや低くした。
「確かに私は魔剣士だけど、それでも正義の人のつもりだよ? だって私が狙うのは凶悪犯だけだもの」
「スタンスなど関係ない。魔剣士は全て狩るまでのこと。それに、善悪の観点から見てもお前は邪悪だと思うがな」
「レディに対して邪悪は失礼じゃない?」
「多くの犠牲者が出るまで《《凶悪犯を育て上げる女》》だ。邪悪でなければ何と言う?」
顔や名前は知らずとも、追跡する魔剣士が行く先々で行ってきた悪行の数々はダミアンは把握済みだ。
殺人の快楽に溺れ、己は人間を超越したと錯覚する殺人鬼を、それを上回る圧倒的な力の差で殺害することに快感を覚える魔剣士が存在するという。
趣味嗜好はともかく、殺人鬼を積極的に狩るだけならば有益な存在という見方も出来るかもしれないが、その魔剣士は性質の悪いことに、自分が狩るに値する凶悪犯が見当たらない場合は、自らの手で凶悪犯を育て上げることも厭わぬ異常性を有している。
言うなれば殺人鬼の養殖。自身が殺人鬼を狩るという快感を得るためならば、養殖した殺人鬼の手にかかった犠牲者の存在などまるで気に留めない。その魔剣士にとって犠牲者達など、自分好みの殺人鬼を養殖するための餌に過ぎないのだから。
今回の事件に関してもそう。宿屋のゲオルグの内に燻っていた小さな悪意を、殺人鬼と化すまで増長させたのは魔剣士であるリズベットだ。元は一般人に過ぎないゲオルグが麻薬の売人と関係を持っていたとは思えない。保安官補でもあるリズベットが仲介したのだろう。
身体能力向上と強い興奮作用を持つ新型麻薬バーサクは、彼女にとって実に使い勝手の良い道具だっただろう。麻薬の力も最大限に利用し、ゲオルグに殺人の一線を越えさせるに至った。バーサクを扱っていた者達が消息不明となった件も、あるいは情報漏洩を恐れたリズベットが始末したのかもしれない。関係者の口を封じたつもりでいたかもしれないが、噂に戸口は立てられない。巡り巡って結局はダミアンの下にまで麻薬の情報は伝わった。
「……なんだ。顔も名前を知らないのに、軌跡だけはしっかり追ってるんだ。本物の変態じゃん」
「殺人鬼を養殖する女が言えた義理か?」
「だったら、変態同士仲良くしようよ。美男美女で私達けっこうお似合いじゃない? 床も上手なら最高なんだけど」
本性を暴かれても動じず、リズベットは艶めかしい仕草でブラウスの前を開いていくが、
「好きにしろ。自ら隙を作ってくれるなら好都合だ」
「うわー、つまらない男!」
辛辣に言い放つと同時にリズベットは羽織っていたレザージャケットをダミアン目掛けて放り投げた。ダミアンの視界から一瞬、リズベットの姿が隠される。
「ほう。速いな」
背後から迫った気配にダミアンは即座に乱時雨を左手で振り抜く。
刹那の剣戟に火花が散り、衝撃と同時に強烈に弾き合う。反動を利用し両者後退、一度距離を取った。




