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魔剣士狩り  作者: 湖城マコト
霧の町の殺人者の章
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廃倉庫街

 翌朝、ダミアンが保安官事務所を訪ねてみると、待機していたのはリズベット一人だけだった。警邏けいら中か何か大きな事件でも起きたのか、アッシュら他の所員は不在だ。


「あっ、ダミアンさん。おはようございます」

「他の奴らは?」


「警邏に加え、未明に発生した強盗殺人と麻薬絡みの捜査に人員が割かれていまして、アッシュ先輩や所長も出動しています。私は警邏を終え待機中です」


「強盗殺人。もしや例の殺人鬼か?」


「いいえ。単なる、というと御幣ごへいがありますが、一連の殺人とは無関係の事件かと思われます。ご存じの通りこの町の治安は最悪ですからね。大なり小なり事件は絶えません」


 嘆息しつつリズベットは右手で左肩を揉んだ。人員不足の現状、彼女の疲労も相当溜まっているだろう。


「そうだ。あれからダミアンさんのことをアッシュ先輩と一緒に所長に相談したのですが、捜査協力について快諾してくださいましたよ。治安維持に追われる中、凶悪事件の解決は悲願。是非とも協力して頂きたいと」


「なら、これで心置きなく動き回れるな」


 元より許可など関係なく関与する気満々だったが、保安官事務所から正式に許可を受けたことで随分と動きやすくなった。もっとも、捜査資料を拝見した時点ですでに事後承諾のようなものだが。


「今日のダミアンさんのご予定は?」

「事件現場を見て回ろうと思っているが」

「でしたら私がご案内します」

「通常業務の方はいいのか?」


「警邏も兼ねてですので問題ありません。特にシンシアさんの遺体が発見された廃墟周辺は、不審者の溜まり場となっているので、定期的な見回りが必要なんです」


「承知した」


 本人が問題ないというのなら断る理由など何も無い。ダミアンは快く首肯しゅこうした。


「それでは、早速向かいましょうか」


 〇〇〇


「退廃的だな」


「採掘場の閉鎖と共に一帯は役割を終え、悲しいことに今では、犯罪集団や後ろ暗い過去を持つ流れ者たちのかっこうの溜まり場です。雨風を凌げ、人口の多い居住区からも外れていますからね」


 リズベットの案内を受けてダミアンは、廃屋連なる倉庫街に足を運んでいた。


 かつては鉱山資源を出荷するための拠点として活気に溢れていた地域だが、採掘場の閉鎖と共にその役割を終えた。採掘に代わる産業も存在せず、連なる倉庫群や関連施設は再利用されることなく廃墟化。管理も十分とは言えず、次第に犯罪組織のアジトや流れ者の居住区として利用され始めた。結果的に地域全体の治安も悪化し、悪評を聞きつけたならず者たちがさらに群がって来る、そんな悪循環へと陥っていた。


 周辺には確かに人の気配を感じるが、誰一人として姿を見せようとはしない。建物の窓辺からは無数の排他的な視線が注がれている。流石に現役の保安官補であるリズベットと、手練れらしきダミアン相手に襲撃をかける者はいなそうだが、非武装の一般市民が迷い込めば無事では済まない危険な雰囲気が漂っている。


「現場はここ、以前は出荷用の鉱石を保管していた倉庫です」


 最初の殺人だと考えられる女給のシンシア殺害事件。


 現場となった廃倉庫は倉庫街のほぼど真ん中。周囲からも出入り口は丸見えで、大剣を所持した(倉庫内に隠していた可能性もあるが)男が女一人拉致してきたなら、さぞ人目を引いたことだろう。だとすれば疑問が一つ。


「一帯を根城とする者の中に目撃者はいなかったのか?」


「事件後に私が聞き込みを行いましたが、女性の悲鳴を聞いた者はいても、目撃証言は得られませんでした。女性の悲鳴に関してもその……誰かが強引に女を連れ込んだなと思う程度で、大して気には留めなかったと。治安悪化の弊害ですね」


「悲鳴に関心が向かなかったことはともかく、不審者の目撃情報が無いのは気になるな」


「事件と前後して、現場近くで寝泊まりしていた一団の姿が見えなくなったという証言があります。遺体が見つかったわけではないので推測の域は出ませんが、犯人側が目撃者を始末したという可能性も考えられますね」


「仮に他に目撃者がいたとしても、消えた奴らの二の舞は御免と閉口するか」


「立場上、捜査に非協力的な者が大半ですし、そもそも流れ者ばかりで一帯の正確な人口すらも把握出来ていない。現状、目撃者の特定は困難です」


「なるほど。ここを試し切りの場所に選ぶ当たり、犯人も一応は理知的ということか」


 何の気なしにダミアンが真横を向いた瞬間、偶然にも視線と視線とが出会う。ダミアンに威圧感を覚えたのか単に捜査関係者と関わり合いになりたくないだけか。物陰から覗いていた初老の男性は怯えた様子で建物の中に引っ込んでいった。


「私は一帯の見回りに行ってきます。保安官事務所が目を光らせているという事実そのものが犯罪の抑止にも繋がりますから」


「ではその間、私は現場を確認させてもらう。今更新しい発見も無いだろうが、現場を見ておくに越したことはない」


「分かりました。では、十分後にまたここで」


 ブラウスの襟を正すと、保安官事務所のエンブレムが刻まされた軍刀片手にリズベットは見回りへと出発した。


 〇〇〇


「ここか」


 広い面積を誇る煉瓦造りの廃倉庫だが、シンシアがどの位置で亡くなっていたのかは直ぐに知れた。えた臭いが充満し、朽ちた木製の棚や椅子が散乱する中、倉庫の中心には大量の血痕らしき赤黒い染みが生々しく残されている。


「殺意の始点か」


 第一の犯行は相手を椅子に括り付け動きを封じた上での、言葉は悪いが「試し切り」だったとダミアンは推察している。犯人は試し切りで自信をつけ、それがその後の凶行へと繋がっていく。殺意の出発点としてこの場所はとても重要な意味を持ってくるが、ダミアンの見方は少し異なる。


「やはり魔剣士らしくない」


 魔剣士は殺人によってたがが外れ、狂気に目覚めるわけではない。道徳心を塗りつぶした狂気の果てに、殺人という行為が常識のように存在するのだ。故に魔剣士は初めての殺しに対しても一切躊躇せず、それどころか自信満々に凶行へ及ぶ。相手の身動きを封じた上での試し切りで自信をつけるなど、あまりにも魔剣士らしくない。



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