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魔剣士狩り  作者: 湖城マコト
霧の町の殺人者の章
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殺人鬼

「一連の事件の被害者には年齢、性別、職業等、共通点が見られません。そのため我々は、無差別的な快楽殺人の可能性が高いと見て捜査を進めています」


 食堂のいざこざを治めたリズベットが帰所。くだんの連続殺人について情報共有を行うべく、彼女のデスクには一連の事件の捜査資料が広げられている。


 魔剣士の影を追うダミアンはもちろん、居合わせたアッシュも成り行きで参加している。頭を悩ます凶悪事件が解決してくれればありがたいと、アッシュもダミアンの参加に好意的だ。こうして捜査資料も開示してしまったので事後承諾という形にはなるが、後でアッシュもリズベットと一緒に所長にも口添えしてくれるとのことだ。


「始まりはおよそ二カ月前。現場はネーベル南区の路地裏。霧深い深夜のことでした。被害者は近所の酒屋の主人ダリウス。第一発見者は悲鳴を聞いて飛び起きた近隣住民。慌てて路地裏へ駈けつけてみると、頭頂部から体を真っ二つに両断されたダリウスの遺体を発見したそうです。事件発生直後、悲鳴を聞いて窓から顔を出した近所の宿屋の主人が、クレイモアを担いで走り去っていく不審人物を目撃。現場から続く、刀身から滴り落ちたと思われる血痕も発見され、この人物が犯人と見てまず間違いないと思います。ただ、すぐに刀身に付着した血液を始末したようで、宿屋から少し進んだところで血痕はパッタリと途絶えていました」


「お前さんも散々だよな。着任早々にこんな事件」

「衝撃を受けたのは事実ですが、保安官を志した時点で覚悟はしていましたので……」


 苦々しい表情でリズベットは唇をむ。ネーベルの町を震撼させた猟奇殺人に真正面から向き合おうことは新人には過酷であったはずだ。


 ――大剣で真正面から一刀両断か。


 戦時下でもそうそうお目にかかる殺害方法ではない。それが平時に起こっているのだから間違いなく異常だ。狂気を宿した魔剣士による犯行の可能性も考えられる。


「新たな犠牲者が発見されたのはその三日後。西区の廃倉庫内で、食堂で女給をしているシンシアという若い女性の遺体が発見されました。これは近くを警邏けいら中の所員が、異臭を感じて偶然発見したものです。遺体は椅子に体をくくりつけられた状態で、頭頂部から椅子ごと一刀両断されていました。遺体は腐敗が進み死後数日が経過。シンシアは真面目な働きぶりで評判でしたが、五日前から突然姿が見えなくなり、食堂の主人も心配していたそうです。発覚がダリウスの事件と前後しましたが、遺体の状況からこのシンシア殺しが第一の犯行であると思われます」


「試し切りか」

「えっ?」


「被害者は椅子に括りつけられた状態で一刀両断されていた。その事件が最初の犯行だとするならば、動かぬ標的で試し切りをしたのではと思っただけだ。普段利用されていない廃倉庫なら邪魔も入りにくい」


「……椅子に括りつけられていた理由までは思慮が及びませんでした」

「随分と恐ろしい推察をするものだ。ひょっとして、犯人と過去に因縁でも?」


「いいや。だが、狂気を宿した人間にはこれまで数えきれないほど目にして来た。そういう意味では経験則だ」


「なるほど。修羅場は相当潜って来てるというわけか」


 得体こそ知れないが心丈夫な助っ人だ。


 敬意を払い、ここからは自分が説明しようと、アッシュは三件目の事件の資料を手に取った。どこかお調子者めいていたこれまでとは打って変わり、その眼差しには至心を感じる。


「次の犠牲者は二人だ。三件目の犯行はシンシア嬢の遺体発見の一週間後。牧場を営むマッケンジー夫妻が殺害された。町の中心部から外れ人気が無いとはいえ、白昼堂々の大胆な犯行だ。第一発見者は羊乳の仕入れに来た町の商人。悪趣味なことに犯人は広い牧場で鬼ごっこを楽しんだらしい。現場の状態を見るに、最初に旦那を頭頂部から一刀両断し殺害した後、奥さんを殺さぬ程度に痛めつけてから一度逃がした。そうして命懸けの鬼ごっこを強いたあげく、出血が増え逃げ切れなくなったところを背後から一刀両断だ。俺が最初に現着したんだが……惨いもんだった」


「町外れとはいえ白昼堂々二人もか。犯行がエスカレートしてきているな」

「……お前さんの言う通りだ。奴は完全に勢いづきやがった」


 混在する義憤ぎふん私憤しふんに声を震わせるアッシュの視線は、主を失い綺麗に整理されたデスクへと向けられている。


「四件目の犯行は二週間後。夜間とはいえまだ人通りも多い時間帯に、メインストリートに隣接する路地裏で犯行に及んだ。悲鳴を聞きつけ、警戒に当たっていた俺を含めた三名の所員が即座に現着。犯人の姿を捉えることに成功した。リズベットからすでに聞き及んでいるかもしれないが、黒いローブに顔の上半分を覆う白いマスケラ。得物は身丈を超えるクレイモアという、奇異としか言いようがない姿の男だった」


「殉職者が出たのはその時か?」


「そうだ。形式にのっとり一応は投降を呼びかけたが、とうぜんやっこさんが応じるはずもない。武力行使もやむなしと、即座に戦闘に発展したよ。油断は無かった。ただ、相手が規格外すぎた……奴は常人離れした身体能力で、瞬く間に同僚のオットーを斬り殺した。あいつは所内でも一二を争う実力者だ。オットーが敗北した瞬間に俺は悟ったよ。俺達にどうにか出来る相手じゃないとな……情けない話さ」


「……アッシュ先輩」


 普段は飄々としているアッシュの沈痛な面持ちに、リズベットは言葉を失う。連続殺人犯との戦闘で殉職したオットーとアッシュは同時期に配属され、プライベートでも交流の深い親友同士だった。職務や正義感はもちろんのこと、親友の仇という意味でもアッシュは事件解決に情熱を燃やしている。


「その後は?」


「……所属して間もない新人も連れていたし、悪戯に犠牲者を増やすべきでないと判断し、犯人の確保と追跡を断念した。結局はそいつも、目の前でオットーが殉職したショックで職を辞し、この町を離れちまったがな。通りすがりの女給、ハンナが惨殺され、オットーは殉職。犯人の確保はおろか容疑者の特定にも至らず。結果は散々なものさ」


「服装以外に犯人の特徴は?」


「体格は割としっかりしていたな。身長は俺の目測になるが、百七十台といったところかな。残念ながらどちらも突出した特徴とはいえないな」


「なるほど」


 首肯しゅこうし、ダミアンは資料へと視線を落とした。


「次が直近の犯行か。これまでと比べると間が空いているな」


 資料曰く、次の犯行が発生したのは殉職者を出した路地裏の事件から約一か月後。今から五日前ということになる。


「圧倒したとはいえ、初めて保安官事務所と接触したことで慎重になったのかもしれないな。だが、奴はすでに殺しに狂っている。自己抑制が効かず、結局は犯行を再開したということなのだろう。


 五日前の事件は夕刻に発生。現場は町中ではなく町へ続く街道上だ。被害者は仕入れを終え町へ戻る途中だった中年の商人グスタフ。遺体はこれまで同様に頭頂部から一刀両断され、荷馬車を引いていた二頭の馬も惨殺されていた。高額な商品が積まれていたにも関わらず積荷は手つかず。一貫して殺人だけに執着してやがる」


「前回の事件から今日で五日。再びたがが外れたなら、いつ次の事件が起こってもおかしくはないな」


「無論、警戒は怠っていないが、現在の保安官事務所の人員だけで、ネーベル一円を四六時中警戒することは不可能だ。今更俺らの存在が抑止力になるとは思えないし、仮に警邏けいら中に遭遇したとしても返り討ちに遭う可能性の方が高い。完全に手詰まりだったが……そこにお前さんが現れたわけだ」


 アッシュは微苦笑びくしょうを浮かべて、無表情なダミアンの顔を真っ直ぐ見据えた。


「その面構えと佇まい。お前さんが相当な使い手だってことは田舎者の俺にも分かるよ。お前さんの存在が事件解決の突破口となってくれることを期待する」


「勝手に期待を寄せられても困る。私は私の目的のために刀を振るうまでのことだ」

「それで十分さ。期待ってのは、何時だって誰かに勝手に寄せられているものだろう」


 アッシュはコーヒーを飲み干し、空になったマグカップがデスク上で甲高い音を立てる。中身はコーヒーのはずだが、アッシュは酒でもあおったように上機嫌だ。


「南区の宿屋はどこにある?」

「おっ、早速調査か?」

「単に今晩の寝床を確保するだけだ」


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