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魔剣士狩り  作者: 湖城マコト
霧の町の殺人者の章
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ネーベル地区保安官事務所

「これで一先ず安心です。ダミアンさん、改めてご協力に感謝致します」


 保安官事務所に到着するなり、リズベットは確保した盗人を牢へと放り込む。この時点で盗人は意識を取り戻していたが、ダミアンの一撃が相当堪えたのか,

無駄な抵抗はせず、畏懼いくして隅で縮こまっている。


「お前一人でこの事務所を回しているわけではあるまいな?」


 到着したリズベット以外に事務所内に所員の姿は見られない。隣接するうまやや武器庫も同様だ。


「まさか。いくら地方の小さな町とはいえ、私一人では回し切れませんよ。同僚たちはたまたま出払っているだけです。人員不足なのは否定しませんが」


「噂くらいは聞いている。この町は殉職率が高いことで有名なのだろう?」


 霧の町ネーベル。かつては鉱石の採掘で栄えた町だが、資源の枯渇により繁栄は次第に衰退へと変遷へんせんしていった。


 元より深い霧が発生し視界不良に陥りやすい土地柄であることに加え、かつての採掘関連施設を中心に多くの廃墟が点在。次第に町には犯罪者や身元不明者が寄り付くようになり、治安は劇的に悪化していった。現在では周辺地域の中で最も殉職率が高い危険地域と化してしまっている。


「不名誉ながら、所員の殉職率、凶悪犯罪の発生率共に極めて高いのは事実です。少し前までは十人態勢で職務にあたっていたのですが、一人が殺人鬼を確保する際に返り討ちに遭い殉職。その瞬間を目撃した新人も大きな精神的ショックを受け職を辞しました。人員の補充もままならぬまま、何とか八人だけで事務所を回しているのが現状です」


「都心部ならともかく、地方の治安維持はボランティア的な側面が強く、危険が伴う割に支給される給金も決して高いとはいえない。腕に覚えがあるなら傭兵業の方がよっぽど金になる世の中だからな」


「流石は旅人さん。そういった事情にもお詳しいですね。仰る通り、腕に覚えがあるなら傭兵業の方がよっぽど稼げる時世です。事務所は所員の正義感だけで何とか回している状態ですよ」


 お抱えの騎士団による自治や腕利きの傭兵団との専属契約、保安官事務所の配置など、治安維持の方法は地域によって様々だが、地方によっては財政難などを理由に満足いく治安維持を行えぬケースも少なくない。


 ネーベル地区保安官事務所もその例に漏れず、運営資金に余裕は無く、給金は危険性に見合った額とはお世辞にも言えないのが実情。結果、腕に覚えがある者は地方を離れ、都心部の傭兵ギルドなどに流れていく。人材離れという面でも状況は深刻だ。


「ごめんなさい。何だか愚痴みたいになってしまって。そういえばまだ要件を伺っていませんでしたね。ダミアンさんは何用でこの町まで?」


「この町に魔剣士が流れ着いたという噂を耳に挟んだものでな。治安維持にあたる保安官ならば何か事情を知っているのではと思い、事務所の場所を探していた。捕り物に出くわしたのは偶然だ」


「因縁のある相手なんですか?」

「いいや、顔も名前も知らない。しかし、魔剣士という存在は例外なく狂気を宿す。放っておくわけにはいかない」


「治安維持にあたる者として、魔剣士の危険性については聞き及んでいます。本当にこの町に魔剣士が潜んでいるのなら、放っておくわけにはいきませんね」


「それで、何か心当たりは?」


「魔剣士だという確証はありませんが、現在この町では、大剣クレイモアを凶器とした殺人事件が多発しています。一度だけ現場で遭遇したことがあるのですが、常人離れした身体能力で我々を圧倒し、その場を逃走しました。殉職者が出たのもその際です。


 素性は不明ですが、黒いローブに顔の上半分を覆うマスケラという奇異な出で立ちでした。元より凶悪事件の多い町ではありましたが、大剣使いの事件は明らかに異質です。正体が外部から流れ着いた魔剣士だと仮定すれば色々と合点がいきます」


「常人離れした身体能力を持つ仮面の男か。早々に結論は下せないが、容疑者候補には違いないな」


 常人離れした身体能力を持つというだけでは材料として弱いが、町の治安維持を担う保安官補に異質だと言わしめる事件内容は十分考慮に値する。魔剣士は例外なく狂気を宿す。恐るべき連続殺人を犯している可能性は十分に考えられる。


「その連続殺人鬼の捜査は継続しているのか?」


「もちろんです。日々の業務と並行して情報収集は欠かしていません。直近では五日前にも被害が発生している、現在進行形の事件ですからね」


「ならばその捜査、私も協力しよう」

「人手不足の現状、ご協力は大変ありがたいですが、部外者の捜査参加を所長が承諾してくださるかどうか」

「その時は独自に捜査を進めるまでのことだ」


 即答ぶりにリズベットは吃驚きっきょうするも、それはすぐに一笑へ変わった。


「先程の捕り物を見る限り、ダミアンさんなら本当にやりかねませんね。捜査協力の件、私から所長に取り次いでおきます。私の権限では許可できないのであのような言い方になってしまいましたが、所長もきっと悪い顔はしないでしょう。日々治安維持に追われる中、凶悪事件が一つでも解決するなら万々歳ですから」


くだんの殺人鬼が魔剣士ならば、多少は役に立てるだろう」

「所長もそのうち戻られると思いますので、その際に――」

「すみません、誰かいらっしゃいませんか!」


 お茶でも淹れようかとリズベットが爪立って食器棚へ手を伸ばすと、息を切らしたご婦人が事務所へと駈けこんできた。休憩叶わず、リズベットはテイーセットをしまい直す。


「何事ですか?」

「食堂で喧嘩です。お互いに武器まで持ち出して」

「分かりました、直ぐに向かいます」


 荒事になる可能性も考慮したのだろう。リズベットはデスクに立てかけていた軍刀を素早く帯刀した。鞘には腕章と同じエンブレムが彫られている。


「手伝おうか?」


「このぐらいは日常茶飯事なので大丈夫ですよ。申し訳ありませんが、こちらで少々お待ちください。お話しの続きは戻り次第ということで」


「承知した。留守番は任せておけ」

「お茶はご自由にお飲みください」


 ダミアンの魔剣士狩りはあくまでも私用。保安官事務所の本来の業務を邪魔するのは不躾ぶしつけであろう。


 ご婦人と共に食堂に向かったリズベットの背中を見送ると、ダミアンはお言葉に甘え、食器棚から取り出したティーセットで紅茶を淹れ始めた。

 

 しばらく一人でティータイムを満喫していると。


警邏けいら終了。リズベット、戻ってるか?」


 リズベットと同じ腕章のついたレザージャケットを羽織り、頭にはテンガロンハットを被った男性の保安官補が事務所へと戻って来た。保安官補の名はアッシュ。所員の中では所長に次ぐ古株で実質的な副長だ。


「北区の方には目立った以上はない。ただ先日発生した窃盗事件――」


 人の気配は同僚の誰かだろうと思いこみ、ダミアンの顔も見ぬままアッシュは自身のデスクへと掛けた。テンガロンハットを下ろして、ふと顔を上げたタイミングでようやく見慣れない顔に気がつく。


「えっ? どちらさん?」


「リズベットの客だが、彼女はいま食堂の喧嘩の仲裁に行っていてな。留守番がてら待たせてもらっている」


「こんな辺鄙へんぴな危険地帯に何の用だ? 保安官事務所への就職希望なら快く受け入れるが」

「生憎と私用だ。何か飲むか?」

「随分と馴染みやがって……コーヒーを淹れてくれ、俺のカップは」

「このウサギの絵のか?」

「何でだよ。その隣の大きい白磁のカップだ」

「冗談だ」


 キレ気味なアッシュとを後目にダミアンは淡々と白いカップへコーヒーを注いでいく。ちなみに、ウサギのカップはリズベットの愛用品だ。


「お前、名前は?」

「旅の剣士、ダミアンだ」

「俺はアッシュ。一応ここでは所長に次ぐ古株だ。よろしく、ダミアン殿」


 普段から事務所の盛り上げ役なのかもしれない。アッシュは人懐っこい笑顔でダミアンのティーカップに自分のカップを合わせた。


「どうせリズベットが戻るまで暇なんだろう? 歴遊れきゆうの話でも聞かせてくれよ。片田舎で治安維持に明け暮れる日々だ。たまには外の話を聞きたい」


「私は話下手だ。盛り上がりに欠けるやもしれんぞ?」

「いいから話してみろって。盛り上がったかどうかは、利き手側が決めることだろう」


 お世辞にも人当りが良いとはいえないダミアンに、初対面でここまで気さくに接してくる人間も珍しい。どうせ自分も暇だからと、ダミアンは期待に応えるべく記憶の棚を探り始めた。


「なら、私が南の離島で体験した話でも語ろうか――」

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