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魔剣士狩り  作者: 湖城マコト
泉の守護者の章
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顛末

 一週間後。ダミアンはアピウムの町の大衆酒場を再訪していた。

 

 泉の守護者アレックスとの一件が噂になったのだろう。ダミアンの顔を覚えていたマスターは反応に困っている。


「ようよう、旅の兄ちゃんじゃねえか。こっちに座れよ」

「相変わらず、飲んだくれているのか?」


 関わり合いを避け、伏し目がちな客も多い中、以前と変わらず陽気な態度で手招きしたのは、最もダミアンと行動を共にする機会の多かった中年の猟師だ。


「噂を聞いて戻って来たのかい?」

「少なからず関わった身として、経緯くらいは知っておきたいからな」

「そうか」

 

 グラスの中身を飲み干すと、中年の猟師は神妙な面持ちで語り出した。酒の臭いはしない。どうやらグラスの中身は水のようだ。


「噂の通りさ。集落は先日の地震の影響で、例の泉の猛毒が井戸水に流入し壊滅状態だ」


 ダミアンがアピウムの町を発ってから四日後。森の集落の住民が村の中で倒れているのを、集落を訪ねた数名の猟師が発見。住民は当日不在だった一名を除き全員が息絶えていた。地域では前日に地震が発生しており、猟師たちが集落を訪ねたのも被害状況の確認のためであった。


 生活用水として利用していた井戸水に泉の猛毒が流入したことが、住民達が死亡した原因であると考えられる。地震の影響で井戸の水源と泉の水脈とが繋がってしまい、それに気づかぬまま住民達は井戸水を利用してしまったのではないかというのが大方の見方だ。今回の騒動を受け、命の泉の正体が猛毒の水源であったことも明るみとなり、伝承とはあまりにも異なる真実に様々な憶測が飛び交っている。


「一人生き残りがいると聞いたが?」


「ああ、あのマイラとかいうお嬢ちゃんな。兄ちゃんが町を発った次の日だったかな。思い詰めた顔で例の泉の縁に立っていたから声をかけてみたら、『集落を出て、もっと広い世界に行きたい』なんて言って泣き出してな。とりあえず町まで連れて帰って、知り合いの食堂の女将の家に預けた」


「そうか。生き残りはやはりあの娘だったか」


 一週間前に集落を立ち去る際、集落内でのやり取りに誰かが聞き耳を立てている気配を感じていた。直接姿を確認したわけではないが、あれはマイラだったのだろう。ダミアンの問い掛けとセブ老人の反応から、母親の身に何が起こったのかを悟ったに違いない。


 自分を捨てたとばかり思っていた母親が、集落の悪行の犠牲者だった。狭い集落の中で育ってきた少女が受けたショックは計り知れない。文字通り彼女の世界は崩壊してしまった。親の仇でもある集落の人間とこれからも共に暮らしていくという選択肢はあり得なかっただろう。


「あなたはどこまで事情を知っている?」


「あの子が知っていることは全て。一人では抱え込めなかったんだろうな。町までの道すがら、あの日何があったのかを打ち明けてくれたよ」


「事情を知ってなお、平然とした顔で私を手招きしたのか?」


「ははっ! 確かにお嬢ちゃんから聞いたあの日の兄ちゃんの暴れっぷりには驚いたが、兄ちゃんは何も見境いのない人斬りってわけじゃないだろう? 前にも言ったが兄ちゃんの人柄も嫌いじゃないし、俺が兄ちゃんを恐れる理由なんて何もねえよ」


 そう言って猟師は、水の入ったグラス片手に豪快に笑い飛ばした。


「あの娘は今もこの町に?」


「顔を見たいんだったら生憎だったな。兄ちゃんとは入れ違いで昨日、お嬢ちゃんは町を発ったよ。森に隣接するこの町では辛いことを思い出してしまう。だったらいっそのこと遠い土地にでも行った方がいいんじゃないかと女将が言い出してな。親類が経営しているという、住み込みで働ける大衆食堂を紹介してくれた。流石に性急かとも思ったんだが、お嬢ちゃん自身が是非ともと積極的だったんでな」


「集落が壊滅したことを彼女は?」


「迷ったが、お嬢ちゃんにも知る権利があるだろうと思い俺の口から伝えたよ。驚く程淡々として無表情だったがな。もう、遠くの町へ行く話が出た後だったし、無関心を貫くことで精神的な意味でも距離を取ろうとしたのかもしれない。全ては憶測で、真実はお嬢ちゃん自身のみが知るだがな」


「距離を取るか。確かに、今の彼女にはそれが必要なのかもしれない。人の情には随分と疎くなってしまったが」


「俺にはそこまで疎くは見えないがな。兄ちゃんにとってここでの出来事はもう終わったことだ。にも関わらず兄ちゃんは町を再訪し、お嬢ちゃんの動向を気にかけている。それも人の情ってものだろう」


 鼻で笑うとダミアンは静かに席を立った。決して機嫌を損ねたわけではない。元より長居するつもりはなかっただけだ。


「集落や泉の秘密を知って、あなたはどう思った?」

「……そうだな。あまりにも衝撃的だったよ。同時に長年の疑念もようやく晴れたが」

「そうか」


 妻を喪って以来酒浸りだったという猟師が、珍しく水を飲み素面でこうして語り合っている。どういった経緯で妻を亡くしたのかは定かでないが、疑念というのはあるいは。


「井戸への泉の毒水の流入。《《あれは本当に地震の影響だったのか》》?」

「それ以外には考えられねえよ。毒水で悪行働いた連中が毒水で命を落とした。因果応報だ」

「そうか」


 きびすを返したダミアンを呼び止め、猟師はグラスに注いだ水を差しだした。


下戸げこだと言っていたが水なら構わないだろう? どうせもう会うこともない。一杯だけ付き合ってくれよ」


「一杯だけだぞ」


 それぐらいは構わないと、ダミアンは受け取ったグラスの水を一気に飲み干した。

 

「この土地の水は美味いだろう」

「ああ。とても良い水だ」


 グラスをテーブルにそっと置くと、ダミアンは会釈して酒場を後にした。




 泉の守護者の章 了 霧の町の殺人者の章へと続く。

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