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魔剣士狩り  作者: 湖城マコト
命脈の章
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価値ある勝利

「はははははは! それ見たことか、私ほど剣を上手く扱える人間などそうはいまい! 間違っていたのは弱い武器しか生み出せぬ貴様らの方さ」


 シュミットの町の中央広場は惨劇の舞台と化していた。中心に立つのは、白いシャツを返り血に染めた、中肉中背の金髪の男。右手には大きなナックルのついたレイピアのような剣が握られている。周囲には、偶然居合わせた通行人や、武器を持って応戦した自警団が無残に斬殺死体が転がっている。白昼堂々何の前触れもなく発生した惨劇であった。


「……あれまさか、模倣剣もほうけんゼーンズフトか」


 現場に到着したユリアンは一瞬、我が目を失った。知識ではなく経験でその存在を知っている。魔剣士が右手に握るレイピアは間違いなく、三十四年前に故郷のミヌーテ村を滅ぼした、村長のライゼンハイマーが使用していたのと同種の魔剣、模倣剣ゼーンズフトだ。


「あの魔剣を知っているんですか?」


「模倣剣ゼーンズフト。誰が扱っても達人のような剣術を発揮するという単純明快な能力を持った魔剣だよ……三十四年前に僕の故郷を滅ぼしたのも模倣剣ゼーンズフトだった」


「まさか、同一のものですか?」


「いや、三十四年前に模倣剣ゼーンズフトは間違いなく破壊された。僕もこんな経験は初めてだが、あれは同一規格の別個体と考えるのが妥当だろう。一般の兵士にも一騎当千の戦闘能力を与えるために生み出された兵器が魔剣だ。使い手を選ばず、それを最も分かりやすく体現したのが模倣剣ゼーンズフトと言える。かつての大戦時にゼーンズフトは量産されていたのだろう」


 魔剣の生成方法は現代には伝わっておらず、かつての大戦時に生み出された魔剣が数百年経った現代にも朽ちずに現存しているだけ。新たに魔剣が生まれない以上、模倣剣ゼーンズフトは当時から量産されていたと考えるのが妥当だ。


「あの男、悪名高いボーリンガーという名の剣士です。実力不足を剣のせいにする狭量な男で、シュミットの武器職人を中傷し、これまで何度もトラブルを起こしていました。最近姿が見えないと思ったら、まさか魔剣を手にやってくるとは」


 見覚えのある魔剣士の顔に、住民のハンスが顔を顰める。血だまりに沈む犠牲者の中には、ボーリンガーとの間にトラブルを抱えていた職人の姿も見える。


「己の実力不足を剣のせいにする男が手にしたのが、誰でも達人のような剣術を振るえる魔剣か。皮肉にも程がある」


 呼吸を整え、ジェロームが中央広場へと足を進める。戦いは常に命懸けだが、魔剣士相手ではそれがより顕著だ。例え使い手が半端者だったとしても、まったく油断は出来ない。そのことは先のルジャンドル戦で思い知った。


「……頼んだぞ。ジェロームくん」


 別個体とはいえ、模倣剣ゼーンズフトはユリアンとあまりに因縁が深い。あの魔剣の手で新たな犠牲者が生まれたことが悔しくして仕方がない。自分は剣士ではなく、武器職人。直接戦えないことが歯がゆかった。


「そこまでだ魔剣士。お前の凶行は俺が止める」


 ジェロームは抜剣し、ロングソードを中段で構えた。


「命知らずな馬鹿め。私の剣技を知らぬな?」

「その魔剣の能力については聞いている。お前の剣技ではなく、魔剣の剣技だろう」

「何?」


 魔剣士のボーリンガーはやはり狭量で、初対面のジェロームの挑発に簡単に乗った。模倣剣ゼーンズフトを引き、刺突の構えを取る。


「いいだろう! お前は一際残酷に殺してやる」


 模倣剣ゼーンズフトによる強烈な刺突がジェロームへと迫った。


「早いが、あいつ程ではない」

「がはっ!」


 迫る凶刃を、ジェロームはロングソードで冷静に受け流し、直後にボーリンガーの腹に蹴りを叩き込む。ユリアンから借り受けたロングソードは扱いやすく頑丈なとても良い剣だ。出会って間もないが、手によく馴染んでいる。


 ボーリンガーの攻撃は確かに早いが、魔剣士狩りのダミアンには遥かに劣る。加えて模倣剣ゼーンズフトは達人の剣技を発揮するだけで、攻撃の特性そのものは一般的な刀剣と遜色ない。以前戦った魔剣士ルジャンドルが持つ、触れただけで刀身を溶断されてしまうような魔剣とは違い、まともに剣戟出来るだけ圧倒的に戦いやすかった。


「一介の剣士が舐めた真似を! ゼーンズフトよ、加減は無用だ。全力で奴の首を取るぞ」


 ボーリンガーの激昂を受け、ゼーンズフトの柄で赤い魔石が怪しく輝いた。

 次の瞬間、即座に間合いを詰めて来たボーリンガーが、ジェロームの首目掛けてレイピアで勢いよく薙いだ。ジェロームは咄嗟にロングソードの刀身でそれを受け止めたが、細身なレイピアとは思えない程に攻撃の圧は強烈だ。


「お、おい待てゼーンズフト! その勢いでは私の腕、腕、あああああああああ――」


 さらに強烈な力がレイピアに注がれ、防ぎ続けるのは危険だと判断したジェロームは咄嗟に刀身の角度を変えて、レイピアの攻撃の軌道を逸らした。強烈な力を加えた反動で使い手のボーリンガーの手首が折れたようで、激痛に顔を歪めて絶叫した。加減は無用との命令を受け、ゼーンズフトは持ち主に対する加減もせず、全力で攻撃したのだ。


「ふざけるなよゼーンズフト! 使い手である私の腕を折る馬鹿がどこにいる! ああ、最強の剣士である私の大切な腕――」


 喚き散らすボーリンガーが途端に静かになった。あまりにも壮絶な光景に、その場に居合わせた誰もが絶句している。魔剣にも魔剣なりのプライドがあり癇に障ったのか、あるいはこの程度の痛みに喚き散らす使い手は不相応だと判断したのか。折れた右腕に握られていた模倣剣ゼーンズフトが勝手に動き出し、ボーリンガーの喉笛を裂いた。絶命してなお、ボーリンガーの体が模倣剣ゼーンズフトに引き摺られるように動き続けている。使い手とは魔剣士の方ではなく、魔剣の方であった。


「異常だ……」


 魔剣という兵器の異常性を改めて目の当たりにし、ジェロームは複雑な心境となった。魔剣士と遭遇する度に嫌な想像が働く。魔剣士狩りに討たれた最愛の姉もやはり、狂っていたのだろうかと。


「くそっ! これが死体の動きか」


 ボーリンガーの意志が無くなり、どんな無茶苦茶な動きにも悲鳴を上げなくなったことで、模倣剣ゼーンズフトは動きのキレを増していた。全身の関節が砕けるような、人間の可動域を完全に無視した動きと速さで、次々と凶刃がジェロームに襲い掛かる。


 軽傷は省みず、致命傷となり得る攻撃だけを確実にいなしながら、ジェロームは勝機を伺う。


「そこだ!」


 数度目の接触でジェロームが強烈に模倣剣ゼーンズフトを弾き上げると、折れた手首ごと一気に上向いた。すかさずボーリンガーの死体を胸部の位置で水平に一刀両断に切り伏せる。重力に負けた胸から下が、力なく前方に倒れ込む。


「油断するなジェローム君!」

「そんなのアリかよ!」


 残されたボーリンガーの上半身が血や内臓を零しながら、模倣剣ゼーンズフトに引かれて宙に浮き、そのまま刺突してきた。距離が近すぎて刀身での防御は間に合わない。


「……心臓を貫かれるよりはマシか」


 心臓狙いの一撃をジェロームは咄嗟に左腕で受け止め、力技で軌道を左に逸らす。模倣剣ゼーンズフトはジェロームの左腕と左肩を貫通してようやく止まった。意識を持っていかれそうな激痛だが、ジェロームは決して攻撃の手を緩めなかった。即座に右手のロングソードで切り上げ、宙に浮くボーリンガーの上半身と彼の右腕を切り離した。


「があっ!」


 残されたボーリンガーの右腕一本で、模倣剣ゼーンズフトは活動を続けている。回転を加えてジェロームの肩と左腕から刀身を引き抜き、右腕ごと浮遊しジェロームと距離を取った。切断された腕に握られた剣が意思を持って襲ってくる。絵面だけなら完全にこの世ならざる怪物の類だ。


「さて、ここからどうする?」


 ボーリンガーが人としての原型を留めていた頃よりも、今の状況の方がよっぽどやりづらい。所有者の肉体の大部分が失われたことで攻撃の威力こそ落ちているが、人一人を簡単に殺傷できるだけの貫通力は余裕で有している。加えて工房でユリアンとやり取りしたように、通常の武器では魔剣を破壊することは出来ない。そんな相手と斬り合っていれば、生身の人間であるジェロームの方が先に限界を迎えてしまう。所有者から魔剣を切り離せば後は何とかなると思ったが、そう都合よくはいかないようだ。


「ジェロームくん、これを!」


 状況を冷静に見据えていたユリアンが、懐から何かを取り出しジェロームに投げ渡した。同時に、腕ごと浮遊する模倣剣ゼーンズフトの刀身が、猛烈な勢いでジェロームに突っ込んで来た。


 ジェロームは直感的にユリアンの思惑を察し、体を逸らして模倣剣ゼーンズフトの刺突を回避。すれ違いざまにゼーンズフト目掛けて、逆手に持ったロングソードで突き刺した。ロングソードで魔剣を破壊することは出来ない。ジェロームが狙ったのはナックルと握りの隙間だ。刀身は隙間を通して地面へと突き刺さり、その場に模倣剣ゼーンズフトを繋ぎ留めた。模倣剣ゼーンズフトは必死にその場から離れようとするが、ユリアン自慢の名剣とジェロームの怪力に成す術なく、虚しく金属音を鳴らしている。


「終わりだ!」


 逃げ場を失った模倣剣ゼーンズフトの柄に埋め込まれた魔石目掛けて、ジェロームはユリアンから投げ渡された黒い石のような物を振り下ろした。一度目で魔石に罅が入り、全身が弛緩したかのように模倣剣ゼーンズフトの動きが硬直した。もう一度振り下ろすと、魔石は粉々に砕け散った。模倣剣ゼーンズフトは糸が切れた人形のように力なくその場に落下し、魔石が埋め込まれていた位置からは、流血のように赤い液体が染み出していた。


「……これが魔剣の最期か」


 疲労感でその場に腰を下ろし、ジェロームは模倣剣ゼーンズフトの顛末を見届けた。魔剣がこのように終わるのだということを始めて知った。器物でありながら、その様はまるで一つの生物の死のようである。


「やったな。ジェロームくん」


 負傷したジェロームに駆け寄ったユリアンが、感極まった様子で肩に触れて労った。


「ユリアンさんがいなければ今頃どうなっていたか。これがディルクルム鉱石ですね」

「そうだ。咄嗟に渡したそれを、君は見事に活かしてくれた」


 ジェロームが握る黒い石こそが、魔剣に対抗する武器の素材となり得るディルクルム鉱石であった。素材の状態で使用するのは一つの賭けだったが、ジェロームは機転を利かせて見事に魔剣を討ち取ってみせた。歴史的な勝利であると同時に、ディルクルム鉱石の有用性を大いに証明した。


「失われた命は戻らないが、さらなる悲劇をここで食い止めることが出来た。君が魔剣士と魔剣を討ってくれたおかげだ」


「……運が良かっただけです。まともにやりあっていれば、死んでいたのは俺の方だった」


「だが、そうはならなかった。僕自身もだ。君が偶然この町に滞在していなければ、惨劇は町全体に及んでいたかもしれない。君がこの町以外の場所で魔剣士と遭遇していたら、敗北し命を落としていたかもしれない。これは様々な巡り合わせがもたらした命脈だよ」


 場所やタイミングだけの話ではない。三十四年前にユリアンが命を落としていたら、そもそもディルクルム鉱石の研究など存在しなかったかもしれない。ジェロームとて、西部のプレザンでステラと出会っていなかったら、魔剣士ルジャンドルに殺されていたかもしれない。その時にロングソードを破損していなければ、今日このタイミングでシュミットの町を訪れることは無かったかもしれない。様々な巡り合わせが、今回の結果をもたらしたのだ。


「ジェロームくん。君が魔剣士と相対するのは、これで三度目だったね」

「そうなりますね。我ながら悪運が強い」


 ジェロームが苦笑顔で答えたが、冷静に考えればこれはとんでもないことだ。魔剣士相手など、本来は一度出会っただけでも死が確定する。一度目は魔剣士に見逃され、二度目はステラとの出会いにより命を拾い、三度目は魔剣士と魔剣を討ち取ることで生還を果たした。まるで運命がジェロームを生かそうとしているかのようだ。そしてその度にジェロームは確実に剣士としての階段を上っている。


「君ならあるいは」

「ユリアンさん?」


 探し物を見つけたような満足気な笑みを浮かべ、ユリアンは腰を下ろすジェロームに手を差し伸べた。


「先ずはその怪我は直さないと。立てるかい」

「はい、正直激痛で今にも泣きだしそうです」

「冗談を言える気力があれば、とりあえずは大丈夫そうだ」


 力強く握手を交わし、ユリアンはジェロームの体を引き起こした。


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