鍛冶場の町
「ここがシュミットか。何だかワクワクするな」
「ジェロームったら、目を輝かせて子供みたい」
大陸北西部に位置するシュミットの町に二人の旅人が到着した。濃紺のコートを羽織った金髪の青年ジェロームは、興奮気味に町へと駆け込み。同行するローブ姿の乙女、エーミールは童心に帰ったようなジェロームの姿を微笑ましく見つめていた。
大陸有数の鍛冶場であるシュミットには、武器や防具を製造する工房が多く立ち並び、一流の職人の手で生み出された名剣が、この地から各地へと旅立っていく。ジェロームを始め多くの剣士にとってシュミットは憧れの場所であった。各工房から立ち上った煙が醸し出す、無骨な雰囲気もたまらない。
「ステラさんから紹介のあった工房は、もっと奥の方みたいだね」
「ひ、引っ張るなよ、エーミール」
エーミールは目移りし落ち着きなく動き回っていたジェロームの襟首を捉まえると、ステラから渡された地図を確認した。
ジェロームが師と仰ぎ、一緒に旅をしている剣聖ステラの姿はこの場にはない。彼女は人助けのために、現在は単身で別の地域へと足を運んでいる。最初はジェロームも同行を申し出たのだが、ジェロームはステラと出会うきっかけともなった魔剣士ルジャンドルとの戦いで、愛用していたロングソードを失っている。「私のことはいいから、あなたはまず、新しい剣を手に入れなさい」と、ステラが以前からお世話になっている工房を紹介してくれた次第だ。
「ここみたいだよ。ローレンツ工房」
二人は目的地である、町の西側に居を構えるローレンツ工房へと到着した。年季の入った趣ある佇まいの工房の扉を、ジェロームが緊張した面持ちでノックした。
「どうぞ、お入りください」
声に従い扉を潜ると、物腰柔らかい印象の男性が二人を迎えてくれた。年の頃は四十代といったところだろうか。ハンチング帽が印象的で、シャツの上にエプロンを着用していた。ジェロームが勝手に想像していた、顎鬚を蓄えた筋骨隆々な姿とは印象が異なる。
「いらっしゃいませ。ローレンツ工房へようこそ」
ローレンツ工房は刀剣の製造に特化しており、壁には一目で名品と分かる切れ味鋭い刀剣が並べられていた。剣聖ステラのご用達とあり、一般的な剣と製造方法が大きく異なる打刀の手入れも行っている。これはローレンツ工房最大の特徴ともいえる。
「ステラさんからの紹介でうかがいました。剣士のジェロームと申します。こちらはパートナーのエーミール」
「そうか、君達がステラくんと旅をしているという。お話しは事前にステラくんから手紙で伝わっているよ」
「本日はよろしくお願いします、ローレンツさん」
「僕はローレンツではなくユリアンだ。ローレンツは師匠である、亡くなった先代の名前でね。立ち話もなんだし、とりあえず掛けなさい」
「ありがとうございます。ユリアンさん」
ユリアンに促され、ジェロームとエーミールは着席。机を挟んでユリアンと対面した。
「新しい長剣をご所望とことだったね。元々使っていた剣は持ってきているかね?」
「はい。柄と刀身の半分しか残っていませんが」
ジェロームは背負っていた破損したロングソードを差しだす。魔剣士ルジャンドルが振るう熱刃剣シャルールによって溶断されてしまった刀身の修復は残念ながら困難だ。
「なるほど。残された部分からでも、君がどれだけこの剣を使い込んで来たのか伝わって来る。君と共に戦えたことを、この剣も誇りに思っていることだろう」
「……そう言っていただけると救われます」
剣を見れば使い手の在り方も見えてくる。粗削りだが、強くなりたいと、剣と共に歩んできた歴史をユリアンは確かに感じ取った。
「使い慣れた形が一番だろう。柄をそのまま利用し、私が新たな刀身を製造しよう。色々と聞き取りしてもよいかな?」
「もちろんです。是非ともお願いします」
一度は死んでしまった相棒が、武器職人のユリアンの手によって新たな剣として生まれ変わる。ジェロームにとっては願ってもない話しだった。ユリアンの手を取り、感謝を込めて深々と頭を下げた。
「良かったね、ジェローム」
自分のことように嬉しくなり、エーミールがジェロームの肩を優しく叩いた。




