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魔剣士狩り  作者: 湖城マコト
開封の章
156/166

学園都市ディクショネール

「こちらが、ご所望の資料となります」

「素早いご対応に感謝する」


 三つ揃えのツイードスーツにハンチング帽、腰に刀を差した洋装の剣客ダミアンはこの日、大陸北部に位置する、学院都市ディクショネールの図書館を訪れていた。ダミアンが必要な資料を問い合わせると、図書館の館長を務める丸眼鏡の中年女性フランゼットが、調べものに関係する資料を直ぐに用意してくれた。


「立ち行ったことをお聞きしますが、もしかして例の事件を調査している研究者の方ですか? 見ないお顔ですし、他の地域から派遣されてきたとか」


 希望のあった資料の種類から、フランゼット館長は直ぐにその可能性に思い立った。学院都市ディクショネールでは現在、不可解な事件が多発している。


「確かに事件を調べてはいるが、私は研究者ではなく剣士だよ」


 設立から百年以上の歴史を誇る学院が多数立地するディクショネールには大陸中から多くの学生や研究者が集まり、古くから勉学の街として発展してきた土地だ。それに比例して図書館や研究機関の数も、他の地域と比べて圧倒的に多い。


 そんなディクショネールではここ三ヵ月ほど、若者を中心に何の前触れもなく、ある日突然廃人のような状態となってしまい、果てには体が衰弱して亡くなってしまうという、不可解な事件が頻発していた。奇病か、あるいは薬物など使った人為的な犯行か。各学院や研究機関が原因の究明に乗り出したが、最初の被害者が出てから三ヵ月が経過した現在でも目ぼしい手掛かりは得られず、悪戯に犠牲者だけが増えている。その中には幼い子供達も含まれていた。


 そんな現状を知ったダミアンはこの日、ディクショネールを訪れた。魔剣士狩りがやってきた理由はただ一つ。魔剣と魔剣士の関与を疑ったからだ。魔剣は超常的な力を秘めている。原因不明の不可解な事件は、それだけで魔剣の関与を疑う材料足り得る。


「剣士様が、どうして今回の事件の調査を?」

「私は、一連の事件に魔剣の関与を疑っている」

「魔剣。かつての大戦時に生み出された禁断の兵器……そんなものが今回の事件に?」


 戦史や文献に明記されていることもあり、フランゼット館長も魔剣の存在は知っていた。しかし、それはあくまでも過去にそういった兵器があったという認識に過ぎない。


「あくまでも可能性の話だ。こういった視点で事件を追う者が、一人ぐらいいても損はないだろう」


 魔剣士狩りとしての視点で事件の捜査を開始することは、ディクショネールを治めるポアンカレ市長からもすでに理解を得ていた。悪戯に犠牲者の数が増え続ける現状に胸を傷める市長は、これまでと異なるアプローチで事件を追うことに肯定的だった。霧を掴むような状況の中、魔剣士狩りの訪問は頼もしくあったようだ。


 魔剣士狩りが各地で様々な事件を解決していることは、各地の首長の間では語り草。都市間で交流のあるソワールのロカンクール市長からも以前、魔剣士狩りの評判は聞き及んでいる。彼なら現状を変えてくれるのではと、ポアンカレ市長は大きな期待を寄せていた。


「確かに、多くの研究者が知恵を絞っても未だに原因の特定には至らない現状です。奇病や薬物ではなく、魔剣が関与していても不思議ではないのかもしれませんね」


 そう言ってフランゼット館長は、書物や資料の束を籠に入れてダミアンへと手渡した。


「ほとんどの資料が持ち出し禁止ですので、閲覧は館内でお願いいたします。二階に勉強用の個室がありますので、そちらをご利用ください」

「承知した。追加で資料の検索をお願いすることもあると思う。その時はよろしくお願いする」

「いつでもお申し付けください。ダミアン様の調査が有意義に進むよう、お手伝いさせて頂きます」


 フランゼット館長に見送られ、ダミアンは資料の束が入った籠を手に、二階の個室へと上っていった。


 ※※※


「三ヵ月前に最初の犠牲者が出る以前には、似たような事例の発生は無しか」


 ダミアンはディクショネールで起きた過去の事件や出来事を記録した書物に目を通していた。過去に同様の事件が発生した記録はなく、事件は兆候なく、三ヵ月前に突然始まっている。魔剣が関与しているという視点で考えると、その時期に魔剣士がこの都市に流れ着いた。あるいは住民の誰かが魔剣を手に入れたと仮定することが出来る。三ヵ月前は学院の年度初めと重なっており、人や物の行き来が活発な時期だった。何か変化が起きたとしても気づかれにくい。


 これまでに確認されている被害者の数は二十一人。半数の十名が学院の生徒で、六名が教員や研究者といった学院関係者。残る五名は未就学の幼い子供達であった。


 誰もが何の前触れもなくある日突然、廃人のような状態となってしまい、周りからの呼び掛けに一切の反応を示さなくなり、大半がそれから一週間以内には体が衰弱して命を落としている。今現在この症状の致死率は百パーセントで、生存者は一人も確認されていない。


 被害者の多くが学生や教員といった学院関係者であるが、学院都市であるディクショネールでは多くの住民が何らかの形で学院と関わっており、それは決して決定的な共通項とまでは言えない。それよりも、これまでに五名が犠牲となっている、幼い子供の方がレアケースと言える。


 ダミアンは過去に起きた事件や事故の調査範囲を、ディクショネールからその周辺地域にまで広げた。目ぼしい手掛かりもない、雲を掴むような状況なので、あらゆる情報を把握しておく必要がある。


 ディクショネールを含む周辺地域では長年紛争も起こらず、他の地域に比べて凶悪犯罪の発生件数も少ない。平和でとても住みやすい土地だ。そういった場所であるからこそ、一連の不審死を始め、異常な事件が強く記憶に刻まれる。


「……112年。歴史上の出来事として刻まれるには十分な時間か」


 ダミアンの手が、112年前に発生したある凶悪事件を記録した頁で止まった。ディクショネールからも近い、交通の要所であるラルム丘陵で発生した、護衛の傭兵を含む、総勢四十名の隊商が何者かの襲撃を受け、三十九名が死亡、一名が行方不明となった凄惨な殺人事件。犯人の正体は未だ不明のままである。平和な地域で突如発生した凄惨な事件は大きな衝撃を与え、現在では歴史的事件の一つとして、こうして公的な記録にも記載されている。


 犯人は何者で、どういった理由で隊商を襲撃したのか。全てが謎に包まれているこの事件の顛末を、ダミアンはこの世界でただ一人だけ知っている。112年前のあの日の当事者であり、隊商の中で唯一行方不明となっていた少年は今、当時の出来事を歴史として確認しているだ。魔剣士を狩る狂気に囚われ、自身もまた魔剣士となったあの日の出来事は、一日たりとも忘れたことはない。



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