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魔剣士狩り  作者: 湖城マコト
暴食の章
154/166

暴食の果てに

「私の可愛い息子をよくも! 殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる。絶対に殺してやる!」


 立ち上がったアンナリーザが狂気に溢れた金切り声を上げ、ダミアン目掛けて再び暴食剣ニンナナンナの刀身を差し向けた。真正面から迫ったニンナナンナの刀身にダミアンは自身の左肩を差し出す。


「ダミアンさん!」


 飛び散る血飛沫にソニアが声を張り上げる。

 ダミアンの左肩を直撃した暴食剣ニンナナンナは刃についた口で、ダミアンの肩をすり鉢状の刃で削り出した。見ている方が激痛に悶えそうな肉が削れる音と血飛沫が上がるが、当のダミアンは激痛の中にあっても姿勢一つ、呼吸一つも乱していない。


キル


 静かに、呼吸を合わせるようにダミアンは抜刀。上方目掛けて強烈な居合切りを放った。神速の居合いは暴食剣ニンナナンナの、口のない部分の刃へと命中。その強烈な勢いと切断力の直撃を受け、暴食剣ニンナナンナの刀身に大きな罅が入り、数秒のタイムラグの後、自重で真ん中から折損してしまった。


「肉を切らせて、という奴だ」


 ダミアンは折損し、肩にめり込んだままとなっていた暴食剣ニンナナンナの刀身を引き抜き、ぞんざいに投げ捨てた。


 接近戦を避けるアンナリーザは、何度でも距離を取って攻撃してくるとダミアンは予想していた。生き物のようなニンナナンナの動きは厄介で、例え口を避けて攻撃したとしても、不規則な動きで衝撃を逃がされてしまう可能性があった。だが、ニンナナンナが肩に食らいついた状態ならば不規則な動きは難しくなる。刀身が伸びきった状態ならば衝撃もより伝わる。そのタイミングで最強の威力と速度を誇る居合切り「斬」を叩き込もうと即断した。


 暴食剣ニンナナンナの攻撃をあえて受けるということは、生きながらに肉を削られる激痛に耐えながら反撃しなければいけないということ。普通なら確実に痛みに怯んでしまうが、驚異的な再生能力と精神力を持つダミアンは決して怯まず、威力を保持したまま「斬」を叩き込んだ。鞘を握る側の左肩だったこと、肉は削られたが骨にまで達していない段階だったことで、最低限の威力を保つことが出来た。


「いやああああああ! 嫌よ、ダンテ、私の可愛いダンテが」


 真ん中で折損し、半分の大きさとなってしまった暴食剣ニンナナンナを、アンナリーザは半狂乱となりながら抱き上げた。刀身から生える口はまだまだ食い足りないと言わんばかりに歯を鳴らしている。魔剣の核である魔石は刀身と持ち手の境目に埋め込まれているため、魔剣としての暴食剣ニンナナンナはまだ生きていた。吸収しかけだった人体の一部だろうか? 切断面からは血液と細かい肉片のような物が滲みだしている。


「まだ完全には破壊出来ていない。その魔剣を渡してもらおうか」


「嫌、嫌、嫌、絶対に嫌! 運命は私から二度も我が子を奪っていくというの? そんなことが許されていいはずがない」


「それはお前の子供ではない。際限なく悲劇を生み出し続ける、魔剣という名の怪物だ」


「違うわ。この子はダンテよ。一度亡くなったあの子が生まれ変わって、私の元へと帰って来てくれたのよ。ダンテを連れてきてくれた方が言ってくれたの。この子はお子さんの生まれ変わりだって。この子は食いしん坊だから、お腹いっぱい食べさせてあげなさいって」


「……また奴か」


 地方の人口の少ない地域で暮らす一般人の女性が、どういった経緯で魔剣を手に入れたのか。嫌な予感はしていたが、ここにもやはり、各地に出没しては適性のある者に魔剣を譲渡して回る謎めいた人物の影がちらつく。いったい何者なのか、今だに手掛かりはつかめないが、この人物が原因で、本来なら魔剣士となる運命では無かった人間が魔剣を手にしているのは紛れもない事実だ。


「最愛の我が子を喪ったお前の絶望は計り知れない。だからこそ言おう。お前がこれまでその魔剣に食わせてきた者たちもまた、誰かの子や親だったはずだ。残された者たちに対して、お前は何も思わなかったのか?」


 愛する者に先立たれる悲しみを、アンナリーザは誰よりも理解していたはずだ。命を殺める際に、そのことが少しでも頭を過らなかったのか、今更問うてもどうにもならないことだが、そう聞かずにはいられなかった。


「他人の命やその家族の思いよりも、可愛い我が子が一番大切に決まっているじゃない。お腹がすくのは辛いことよ。たくさん食べさせてあげるためなら、私は喜んで人だって殺すわ」


「そうか……」


 我が子を愛する気持ちが狂気と結びつき、一人の優しい母親を狂気の魔剣士へと変貌させてしまった。もう彼女にはどんな言葉も届かない。彼女にとって暴食剣ニンナナンナこそが最愛の息子であり、絶対的な行動指針。暴走した母の愛を止めることなど、もう誰にも出来はしない。


「ああ、痛かったわね。可哀想に。だけど大丈夫。あなたは強い子だから、このぐらいでは死なないわ。たくさん食べて元気になってね」

「よせ!」


 ダミアンの制止を聞かず、アンナリーザは折れた暴食剣ニンナナンナを自身の首へと宛がった。


「大好きよ、ダンテ。たんとお食べ――」


 せきを切るように、暴食剣ニンナナンナの口が、物凄い勢いでアンナリーザを食らい始めた。首から凄まじい血飛沫が上がり、首の肉をあらかた食い終わると、自ら刀身を伸ばし、次にアンナリーザの顔面に食らいつき始めた。我が子と溺愛するアンナリーザに対する愛情や慈悲などまるで存在しない。食欲だけに支配され、単なる肉の塊だと認識している。


「アンナリーザ……」


 あまりにも悍ましい光景に、ソニアはアンナリーザの末路を直視することが出来なかった。ジョナタもやりきれない様子で、ソニアの顔を隠すようにして彼女を抱き寄せた。


「暴食の果てに、ついには宿主の体まで喰らうか。何と愚かな」


 鋭い眼光で見下ろすダミアンの存在にも気づかぬ様子で、暴食剣ニンナナンナはアンナリーザの遺体を食らい続けている。ダミアンは冷静に魔石の埋め込まれた部位を見極め、逆手に持った乱時雨みだれしぐれで狙いを定める。


「武器とは誰かに使われてこそ真価を発揮するものだ。それを自ら食らうなど、お前は魔剣としても失格だよ」


 強烈な刺突を受け、暴食剣ニンナナンナに埋め込まれていた魔石が粉々に砕け散った。数秒間、痙攣のような動きを見せた後、暴食剣ニンナナンナは完全に機能を停止。無数の口からはアンナリーザのものと思われる血液と肉片が零れ落ちた。


「……我が子を喪う悲劇さえ起こらなければ、あなたはきっと、一人の優しい母親のままでいられたのだろうな」


 無残に食い散らかされたアンナリーザの亡骸に、ダミアンは自身のジャケットをかけてやった。


 旅人に親切にする振りをして、魔剣の食料として無残に殺害してきたアンナリーザの犯行は決して許されるものではない。しかし、思い込みと狂気によって最悪な方向に進んでしまったとはいえ、彼女の行動原理は愛する我が子に満足に食事を食べさせてあげたいという、純粋な願いからであった。私利私欲を満たさんとする魔剣士とはまた印象が異なる。


 全てが悪い方向へ進んでしまっただけで、アンナリーザ自身は本来、心優しい女性であり、母親だったはずなのだ。傍目には異常に写っても、自身の命よりも愛する我が子を優先しようとした最期も、彼女の強い覚悟と信念を感じさせた。


「ダミアンさん。終わったんですね」

「ああ、これで今後、この屋敷で悲劇が起きることはないだろう」


 ダミアンに近づいたソニアが、ジャケットがかけられたソニアの遺体の前で膝を折り、祈りを捧げた。殺されそうになった恐怖や、これまでに犯して来た罪を思えば、とても彼女を許す気にはなれないが、子を持つ一人の母親として、彼女の最期に思うところがあったのは事実だ。道を踏み外し、歪んでしまってはいたが、彼女は確かに最後まで母親で有り続けようとしていたから。


「間もなく夜明けか。嵐も過ぎ去ったようだな」


 張りつめた緊張感で気が付かなかったが、いつの間にか嵐は過ぎ去り、曙の空が世界に光をもたらしていた。二重の意味で荒れた夜となってしまったが、無事に夜明けを迎えることが出来たようだ。


「長居は無用だな。ご主人、傷の具合はどうだ?」

「痛みますが、幸いにも傷はそこまで深くはない」

「でも、この傷じゃ御者は難しい。私も馬車を扱えるので、御者は私がします」


 救急箱から拝借した包帯をジョナタの肩に巻きながらソニアが答えた。とりあえず屋敷からの出立に問題なさそうだ。


「承知した。では、出立の準備を進めておいてくれ。申し訳ないが私は、出る前にもう一度屋敷内を探索してくる」

「何かお探しですか?」

「少し気になることがあってな」


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