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魔剣士狩り  作者: 湖城マコト
暴食の章
150/166

死臭

 アンナリーザが部屋を覗き込んでも、就寝していると見せかけるために、ダミアンはベッドに荷物で人型を作り、その上から敷布をかけた。明りも消しているし、軽く覗き込んだだけでは直ぐには判別できまい。打ちつける雨音も寝息がないのを誤魔化すのに最適だ。


 仕込みを終えると、ダミアンはずぶ濡れになることも厭わず、部屋の窓からバルコニーへと出て、外から窓を閉めた。そのままバルコニーから飛び降り、危なげなく地面へと着地する。真下はちょうど厨房の位置だが、明りは漏れておらず、アンナリーザがいないことは確認済みだ。


「何かあるとすればあそこか」


 ダミアンが目をつけたのは、屋敷の裏側にある大きな倉庫だった。元は宿だったので、備品の管理や食料を貯蔵していたのだろう。


 屋敷の中に何らかの異常があれば流石にダミアンが気付く。馬を繋ぎにいったジョナタに変わった様子が無かった以上、うまやにもおかしな点はないはず。だとすれば敷地内で怪しい場所はあの倉庫しかない。


 倉庫の扉には錠前がぶらさがっていたが、ダミアンは容赦なく乱時雨みだれしぐれで一撃。破壊という形で強制的に開錠した。


「獣肉の加工、というわけではなさそうだな」


 両開きの扉を開けた瞬間、雨の臭いに混じって血生臭ささが鼻孔をつく。持参してきたランタンでダミアンは倉庫内を照らした。


 倉庫内にはほとんど物がなく、とても開けた空間だ。死体そのものは見当たらないが、壁や天井には血痕らしき赤い汚れがところどころに飛んでいる。臭いが籠る分、内部の悪臭はさらに強烈だが、壁や天井に飛んだ血液だけでここまでの悪臭にはなるまい。この倉庫にはまだ何かあるはずだ。


「不自然に血痕が途切れている?」


 倉庫の床面にも血痕が確認出来たが、ある位置を境に血痕が、そこで切れたかように綺麗さっぱりと消えている。敷物や置物があったとしても、流れた血液は多少なりとも下へと潜り込むはずだ。


「あれか?」


 ダミアンは布で隠されていた、床に埋め込まれた鎖を発見。それを引くと、血痕が不自然に切れていた位置の床面がスライドし、地下へと続く階段が姿を現した。古い仕掛けのようなので、この倉庫は元々地上と地下の二重構造だったようだ。血痕が不自然に途切れていた理由は、血痕が地下への入り口が開けはなられた状態で付着したものだったからだろう。


「酷い臭いだ」


 地下への入り口が開くと同時に、悪臭はさらに激しさを増す。臭いの大本は地下で間違いない。ランタンで足元を照らしながら、ダミアンは躊躇うことなく階段を下っていく。


「惨いものだ」


 地下室には、世にもおぞましい光景が広がっていた。中心に設置された台には、全身傷だらけの成人男性の遺体が横たわっている。遺体は全裸で、顔面も傷だらけで人相は分からない。刃物傷が多いが、ところどころには獣に噛み千切られたような、抉れた傷が見受けられる。刃物傷と噛み痕の共存というのは、何とも奇妙な光景だ。遺体は腐敗は進んでおらず、まだ新しい。部屋の隅には血塗れのスーツやシャツがぞんざいに投げ捨てられている。恐らくはこの遺体こそが、西側の客室を利用していた先客だろう。


 これがアンナリーザの仕業だとすれば、彼女も大量の返り血を浴びたに違いない。次の来客に備えて入浴や着替えを優先したのだとすれば、客室の片づけにまで手を回している余裕が無かったことも頷ける。


「行方不明者たちの成れの果てか」


 悪臭の原因は台の上の遺体だけが原因ではなかった。よく見ると周囲には、複数体の人骨が転がっている。一部には腐りかけた肉が僅かに残されており、凄まじい腐敗臭を放っていた。多くの惨劇を目の当たりにし、数え切れぬ死臭に塗れてきたダミアンは今更この程度では動じないが、一般人が見たらトラウマは必至だ。


 腐りかけなところを見ると、これらの人骨も比較的新しい犠牲者達なのだろう。周辺に民家はなく、自然に囲まれた立地で遺棄場所には困らない。屋敷の周りの土を掘り返せば、これ以前の犠牲者達の骨も見つかるかもしれない。


 殺すことだけが目的ならば、わざわざこんな地下室を利用する必要などない。さっさと殺して、周辺の自然の中にでも遺体を遺棄すればそれで済む話だ。殺す以外に目的があるとすればやはり、台に横たわる男性の遺体の噛み傷が関係していると考えるのが妥当だ。人間の体を抉り取る程の強烈な噛み傷。それが刃物傷と共に刻まれているとすれば、それはやはり。


「魔剣の力か」


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