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魔剣士狩り  作者: 湖城マコト
暴食の章
148/166

アンナリーザ

「夜分にすみません。どなたかいらっしゃいますか?」


 二階建ての大きな木造の家へと到着すると、代表してジョナタが玄関の扉をノックした。それに反応して、小さな明かりと人影が玄関へと現れる。内鍵を開けて扉から姿を現したのは、ブロンド髪をカチューシャでまとめた三十歳前後のご婦人だった。


「家主のアンナリーザです」


 アンナリーザは突然の来訪にも嫌な顔一つせず、穏やかに応対してくれた。


「実は馬車で移動中に嵐に見舞われてしまって、大幅に移動が遅れてしまって困っているんです。突然のことで大変恐縮なのですが、一晩宿を恵んでは頂けませんでしょうか?」

「まあまあ、それは大変でしたね。どうぞお上がりになってください。三名でよろしいかしら?」


 アンナリーザは慣れた様子で一行を歓迎してくれた。人数に頷くジョナタから、次に後ろに控えていたソニアとダミアンへと視線を移す。


「僕は行商人をしているジョナタと申します。彼女は妻のソニア。こちらの方は旅の剣士のダミアンさん。森を移動中に倒木で足止めをくっていた僕達を助けてくださったんです」


「ダミアンだ。私も一晩宿を借りてもよろしいだろうか?」


「もちろんですわ。嵐の夜に、困っている旅人さんを放ってはおけませんから。それに、今は廃業しておりますが、実は以前は宿を営んでおりまして、部屋数だけはたくさん残っておりますの。どうぞご遠慮なくお使いください」


 大きな家だなとは到着した時から思っていたが、元は宿を営んでいたというのなら納得だ。アンナリーザの旅人を迎えなれている様子も、その経験が活きているからこそなのだろう。偶然見つけた家の明りが、昔は宿だった建物で、家主の女性も心優しい。幸運を喜び、ジョナタとソニアは笑顔でお互いの手を握り合った。


「東側にうまやがありますので、馬はそちらで休ませてあげてください」

「何から何までありがとうございます。では早速」


 アンナリーザが手渡してくれたランタン片手に、ジョナタは荷馬車を厩の方へと移動させた。


「さあさあ、ソニア様とダミアン様は先にお入りになってください。温かいお料理をご用意しますわ」

「そんな。宿を恵んで頂くだけでもありがたいのに、そこまでしていただくわけには」

「どうかお気になさらず。元来、人様を持て成すのが好きな性分なのです」

「ありがとうございます。でしたらせめて、私にも準備を手伝わせてください」


 突然押しかけた身分で、持て成されてばかりではあまりにも申し訳ない。気持ちを汲んでくれたのか、ソニアが手伝いを申し出るとアンナリーザも素直に頷いてくれた。


「では、ダミアン様は食堂でおくつろぎになっていてください」


 ダミアンに食堂までの順路を教えると、アンナリーザはソニアと厨房へと向かった。


 ――親切なのはよいが、流石に無防備ではないか?


 玄関のラックにコートをかけながらダミアンは疑問に思う。

 行商人の夫婦だけならばまだしも、ダミアンは旅の剣士などという得体の知れない人間。ましてや刀を携帯している。商売として宿を経営していた時ならばまだしも、夜分に民家を尋ねて来た武器を持つ男を、こうも警戒心なく受け入れられるものだろうか。遠慮があったり、武器を見て驚くならばまだ分かるが、ソニアは顔色一つ変えなかった。もちろん、宿を経営していた時代に見慣れているとか、何よりも慈悲深さが第一に来る女性、という可能性も十分に考えられるが。


「ダミアンさん。難しい顔をしてどうかされましたか?」


 厩から戻って来たジョナタが雨粒を払いながら、ダミアンに尋ねた。


「いや。何でもない。家主が食事を用意してくれるそうだ。奥方もそれを手伝っている。我々は食堂に向かうとしよう」


 ※※※


「さあさあ、どうぞ召し上がってください。お代わりもたくさんありますからね」


 ダミアンとジョナタが席について程なく、アンナリーザは温かいシチューと自家製のパン、新鮮な野菜を使ったサラダを用意してくれた。アンナリーザとソニアとで人数分を配膳していく。


「突然押しかけた上でこんなお食事まで本当にありがとうございます」

「いえいえ、困った時はお互い様ですから」


 四人で食卓を囲み、和やかに食事が開始された。雨風で冷えた体にシチューの温かさが染み入り、体と心が生き返る。もちろん味も絶品で、アンナリーザの料理の腕前の凄さを感じられる。宿を切り盛りしていた時代も、彼女の料理はさぞ評判だったことだろう。


「おかわりをいただきますね」

「それでしたら私が」

「いえいえ、流石にこれぐらいは自分でしないと申し訳ない」


 突然押しかけた身分で、家主にばかり仕事をさせてしまうのは申し訳ない。腹を空かせていたジョナタは、自分で厨房にシチューのお代わりを取りに行った。


「ここには一人で?」


 そこまで腹を空かせておらず、早々に食事を終えたダミアンがアンナリーザに問い掛けた。今のところアンナリーザ以外に住人の姿は見当たらない。


「息子と二人で暮らしております。ただ、嵐が怖いのか、今日は早々に自分の部屋で眠ってしまいました。明日の朝にでも紹介しますわね」

「そうか」


 ダミアンは短く頷いた。アンナリーザ以外の住人がいることは分かったが、それが子供ではダミアンの疑問は晴れない。料理はダミアンたちが屋敷を訪れてから直ぐに出された。パンやサラダはともかく、調理に時間のかかる煮込み料理のシチューもだ。予め調理済みだったものということになるが、急な来客が自由にお代わり出来るだけの量がなぜ用意されていたのか。宿を営んでいた頃ならばまだしも、母と子供の二人暮らしならば、この量は確実に持て余す。雨季に入り、作り置きした料理が日持ちしない今の時期ならば尚更だ。


「お子さんがいらしたんですね。何歳ぐらいなんですか?」


 ダミアンと入れ替わる形でソニアが訪ねた。


「ダンテと言って、今年で十歳になります。とても食欲旺盛な子でね。ついつい多めに食事を用意してしまって」

「そうなんですね。実は私達夫婦にも子供がおりまして。今期の行商も一段落したので、地元へ戻る途中だったんですよ」


 子供の年齢も近い母親同士。アンナリーザとの多くの共通点が見つかり、ソニアはとても嬉しそうだ。厨房にもやり取りは聞こえていたようで、シチューのおかわりをついできたジョナタも笑顔で戻って来た。


「お二人が行商の旅をしている間、お子さんの面倒は?」

「夫の妹夫婦に預けています。いつかは家族三人で行商で世界を回るつもりなのですが、娘はまだ五歳なので。負担を伴う行商の旅に連れて行くのはまだ難しくて」

「お仕事ですし仕方がありませんが、娘さんはなかなかご両親と会えずに寂しいでしょうね」


 穏やかな口調ながらもアンナリーザの表情が一瞬鋭くなる。どちらかというと子供の方に感情移入しているらしい。


「そのことについては、娘にも本当に申し訳なく思っています。その分、行商のお仕事がない時期にはずっと一緒にいてあげるように努力しています。今回も一カ月はお休みできそうなので、ゆっくり娘と遊んであげないと」

「そうね。それがいいわ」


 ソニアの手を取ると、アンナリーザは笑顔で深く頷いた。ソニアとジョナタはアンナリーザの表情の変化に気づいていない。一瞬の変化に気が付いたのは、傍観者としてやり取りを聞いていたダミアン一人だけだ。


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