墓標
夜明けを迎えたアミスタ村は、死屍累々の地獄絵図だった。老若男女を問わずに村の住民、67人中、66人が無惨に斬殺されている。抵抗の意思を示し、武器を片手に殺された者。大切な家族を守るように覆いかぶさって死んだ者。必死に逃げ出そうとしたのか、片足を失いながらも体を数メートル引きずってから止めを刺された者。そこまで大きくない村とはいえ、血の赤で染まっていない場所の方が少ないという惨状だ。
そんなアミスタ村を、三つ揃えのツイードスーツにハンチング帽、腰には刀を差した洋装の剣客、ダミアンが訪れた。村の中央広場には、唯一の生者であるアキレスが胡坐をかいて座り込んでいる。
「ようやく見つけたぞ」
「……その声、滝の上でやり合った魔剣士狩りか?」
アキレスは顔を上げるがダミアンの顔に焦点が合わず、声と武人の気配だけでその存在を把握した。肉体はとうに限界を迎え、すでに目も見えてはいない。
傷が開いて大量出血を起こし、村人からの抵抗で負った傷も多数見受けられる。出血はとうに致死量を越え、まともに体を動かすことも出来ない。口が利けるだけでも奇跡的な状態だ。
「……随分と遅かったじゃないか。いつお前がやってくるのかと、ずっと警戒してたんだぜ」
「この村にいるとは盲点だった。上流から流れ着いた男がいないか一度聞き込みしたが、村の住人は誰もお前も目撃してなかったからな」
「……そりゃあそうだ。連中が迫害してた人間に匿われてたんだからな」
常日頃からララを迫害し、村の人間として数えていなかったことで、村人たちはララなら何かを知っているかもしれないという可能性を最初から失念していた。ララに危害を加えなければ、殺人鬼に気まぐれに命を奪われることはなかった。ララを一人の人間として意識していたなら、早々に殺人鬼の所在は魔剣士狩りに伝わり、討たれていた。ララに対する振る舞いが、巡り巡って自分達の命を奪ったのだ。
「……なあ、魔剣士狩り。人は何で人を殺すんだろうな?」
「これまでに多くの人間を殺してきたお前がそれを問うのか?」
「最後の最後に分からなくなっちまった……皮肉なものさ。俺にとっては殺人はあくまで手段に過ぎなかったはずだ。それが最後の最後で、殺しが目的になっちまった」
食料を確保するために殺す。金を稼ぐために殺す。戦いを挑まれたから殺す。これまでに大勢の人間を殺して来た。それがまさか、最後の最後でたった一人の少女のために殺戮を繰り広げることになろうとは。初めて殺しに意味を求めた。村の人間が強い恐怖と絶望の中で死んでいけばいいと、そう願った。
「人がなぜ人を殺すのか、それは私にも分からない。だが私は、相手が魔剣士ならば殺す。ただそれだけだ」
「羨ましいね。一貫した意志があるってのは……」
皮肉気に笑うと同時にアキレスは激しく吐血。座った体制を維持する力さえも失い、前のめりに倒れ込んだ。
「……魔剣は……村外れのあばら家の前にある……後は、好きにしろ」
「そうさせてもらう。戯路賃」
すでに虫の息だったアキレスの首を、ダミアンは容赦なく落とした。放っておいてもアキレスは息絶えていただろう。それを放置せずに殺したのは、容赦のない止めのようにも、苦しみを長引かせないための介錯のようにも見えた。
※※※
アキレスの遺言に従い、村外れのあばら家を訪れたダミアンは、思いもよらぬ光景を目の当たりにした。
家の側にはララの亡骸が丁寧に寝かされており、その周りには手向けのように、様々な花によって彩られている。そしてララを見守るように地面に突き立てられたのは、数多の命を奪ってきた狂気の魔剣、代置剣シュレッケンラーゲだ。
魔剣士であるアキレスが、どうして魔剣を持たずに一人で村にいたのかダミアンには疑問だったが、その答えがこれだった。
彼はすでに息も絶え絶えの中、ララの亡骸を彼女の家の前まで運んだ。その証拠に、ララの衣服には血塗れたの腕で抱えられたと思われる血の跡が残されている。そしてアキレスは葬送のために花を集め、最後に墓標が代わりに、代置シュレッケンラーゲを突き立てた。
ララの遺体を、彼女を死に至らしめた村人たちの亡骸と同じ場所には寝かせておけなかった。
二人で過ごした日々の証として、自らの象徴でもある魔剣を残した。
そして、自分のようなろくでなしは、彼女のような善人と一緒にいるべきではないと思い、孤独に最期を迎えるために一人で村に戻った。
そうして一人で朽ちていくつもりだったが、最後の最後で魔剣士狩りが追いついて来た。
誰かによって殺される。それが自分には似合いの最期だと思っていたアキレスにとって、理想的な結末だった。
「狂気の魔剣士が、最後にいったい何を思った」
ダミアンはアキレスとララの絆など知らない。それでも、村の中で唯一この少女の亡骸だけには斬撃による傷がなく、彼女を手厚く葬ったのが魔剣士のアキレスであることだけは理解出来た。
悪名高い魔剣士アキレスにとってはあまりにもらしくないが、滝での激闘からのこの一週間は、そんな人間の心境にも確かな変化を与えていた。
だがそれでも、これまでたくさんの命を奪ってきた罪は消えはしない。心境の変化はあっても、手段と目的の違いがあっただけで、アキレスは結局殺すことしか出来ない人間だった。彼が狂気の魔剣士であったことに変わりはないのだ。
「代置剣シュレッケンラーゲ。お前の殺戮はここで終わりだ」
魔剣士であるアキレスが死んでも、代置剣シュレッケンラーゲは未だに健在だ。破壊のためにダミアンが近づこうとすると、柄に埋め込まれた魔石が発光。ダミアンの腹部を切り裂くように斬撃が発生したが、攻撃を見切っていたダミアンは素早く右に移動して回避。攻撃のために乱時雨を引いた。所有者を失った魔剣の反撃など恐れるに足りない。
「無礼躯」
強烈な刺突が柄の魔石を直撃。魔剣としての代置シュレッケンラーゲは終わりを迎えた。攻撃の衝突で地面に刺さっていた刀身が抜け、シュレッケンラーゲは川の方向へと倒れる。
「君の身に一体何が起きたのか、私に知る術がない。だが、せめてその眠りが安らかであることを願っている」
名も知らぬララの亡骸へそう告げると、ダミアンは倒れたシュレッケンラーゲを元の位置へと立て直した。魔石を失った魔剣などもはやただのオブジェクトであり、ダミアンの関するところではない。それが死者のために置かれた物だったのだとしたら、元の位置に戻して然るべきだろう。
墓標を立て直した魔剣士狩りは、再び何処へと旅立っていった。
気まぐれの章 了 暴食の章へと続く。




