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魔剣士狩り  作者: 湖城マコト
気まぐれの章
145/166

気まぐれ

「な、なんだ貴様は」

「村の人間じゃないぞ? いったいどこから」


 突如現れた余所者のアキレスの存在に、村は騒然となった。全身に巻かれた包帯の下には血が滲み、右手にはタルワールの形をした魔剣を握っている。どう見ても穏やかな気配ではない。


「おいガキ。いるのか?」


 困惑する村人たちには目もくれず、アキレスは重い足取りで村の中を進んでいく。


「おい、ララ、どこにいる?」


 この時、アキレスは初めてララのことを名前で呼んだ。さんざんガキじゃなくてララだと主張してきたララが、名前で呼ばれたことを喜び、直ぐに返事を寄越すのではと期待したが、彼女の快活な声は聞こえてはこない。


 一方、見ず知らずの男がララの名前を呼んだことで村の住民たちは騒めき立った。誰もが近くの者と顔を見合わせ、何か不都合でもあるかのように眉を顰めている。そうして連鎖したかたのように、村人たちの視線はついつい中央広場の方へと向いてしまう。広場は何かを取り囲むように人だかりが出来ていた。


 迷わずアキレスは、重い足取りで広場を目指す。只ならぬ気配を漂わせるアキレスに気圧され、往来の村人たちは脇にはけて道を譲り渡した。この男の道を阻んではいけないと、本能でそう悟っていた。


「……せっかくお望み通りに名前で呼んでやったのに、無視しやがって。お前も一回ぐらい、俺のことを名前で呼べっての」


 中央広場でアキレスが見たものは、頭から血を流し、虚空を見上げたまま息絶えたララの亡骸だった。血が乾き始めている。まだ明るい時間帯に彼女は命を落としたのだろう。


「何があった?」

「貴様、余所者が突然やってきて何を」

「黙って答えろ」


 その場を取りまとめていた初老の村長がアキレスに食って掛かったが、鋭い眼光を前に一瞬で威勢を失った。さんざんララに悪意を向けて来た愚者たちは、自分達が殺意を向けられることに、まったく慣れていなかった。


「……余所者には関係ない。これはただの事故だ。子供が遊びで投げた石が運悪く、その娘に当たってしまった。それだけのことだ」


 村長の言葉にその場にいた全員がコクコクと頷く。余所者相手ならばそれで押し通せると思ったのなら、あまりにも浅はかだ。


「ララを迫害し、悪意を持って投げつけた石が命を奪っても、それは事故なのか?」


「人聞きの悪いことを言うな。何を根拠に。そもそもこれは子供がやったことだ。強く責めることは出来ぬ」


「そうだな。そういうてめえらの背中を見て、それが当たり前のことだと思って育ったガキは不幸っちゃ不幸だ。おっと、別に説教するつもりはねえぜ。人様に説教が出来るような高尚な人生は歩んでねえ」


「さっきから何を言っている。貴様は一体何者だ?」

「通りすがりの、気まぐれな殺人鬼だよ」

「な、何を……」


 不敵に笑うとアキレスは村長へ代置剣シュレッケンラーゲの切っ先を向けた。恐怖を感じた村長は後退って距離を取る。


「てめえら全員殺す」

「ふ、ふざけるな。どうして我らが貴様に殺されなくてはいけない」


「別に、ただの気まぐれだよ。人が人を傷つけることに大した理由なんていらねえ。ずっとそうしてきたてめえらなら、よく分かっているだろう」


「我々が何を――」


 狼狽する村長へ切っ先を向けた刀身を、アキレスはスッと下ろした。距離があるし、単なる威嚇かと村長が安堵した瞬間、鋭い斬撃が村長に襲い掛かり、その体が頭頂部から真っ二つになった。代置シュレッケンラーゲの間合いは視界と同等。今この場にいる全員がアキレスの檻の中だ。


「こいつ、本当に殺しやがっ――」


 村長の血を大量に浴びた側近の男が、水平に発生した斬撃に首を飛ばされた。立て続けに二人が殺害され、村中が恐怖に突き落とされる。村人たちは我先にと広場から逃げ出していく。


 アキレスは移動の片手間に数名を斬り殺すと、ララの亡骸へ近づいて静かにその顔を覗き込んだ。遺体は頭部の損傷だけではなく、手には自分で頭の傷を押さえようとらしい血の跡もあり、彼女は即死ではなかったことを伺わせる。


 村人は、子供たちの度を越えた行為でララが重症を負いながらも、治療を施すような真似はせずに放置。殺人鬼すらも慈悲深く介抱したララを、誰も救ってはくれなかった。


 ララの亡骸にはぞんざいに地面を引きずられたような跡もある。村人たちは心を痛めるどころか、ララの遺体をどのように処理するかを話し合っていた。それがアキレスが到着した時点での、村長を筆頭としたララの遺体を囲む集まりだ。彼らは決して、彼女の死を悼んでいたわけではない。


「今から村の連中皆殺しにしてくる。修羅場はたくさん潜り抜けて来た。連中皆殺しにする程度なら体も持つだろう。お前は罪悪感を抱く必要はねえぞ。お前は最後まで村の連中を殺してくれと俺に頼まなかった。今から俺がすることにお前に責任はねえ。これは全て俺の気まぐれだ」


「奴は手負いだ。全員でかかれば殺せる」

「俺達の村を守るんだ」


 血気盛んな男衆が、自衛用の槍を手に中央広場へと戻って来た。背を向けてララの遺体と対面しているアキレスの背中目掛けて、男達は容赦なく槍を突き立てた。しかし、アキレスは微動だにせず、背中に槍が突き刺さったまま悠然と立ち上がり、男衆へ振り向いた。


「人殺しってのはな。こうやるんだよ」

「化け物――」

「何で死なな――」


 アキレスが代置剣シュレッケンラーゲで発生させた斬撃が、次々と男達の体を切り飛ばしていく。目の前にいるのが本当に同じ人間なのかも分からない。それまでは血気盛んだった男衆の間にも恐怖が蔓延していく。


 死をも恐れず、ただアミスタ村を壊滅させることだけに執着した狂気の魔剣士を止められる者など存在しない。アミスタ村の終焉を決定づける。殺戮の夜の幕が開いた。


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