傷が治ったら一緒に
「……おっちゃん。大丈夫?」
「……気にするな。寝てれば治る」
アキレスとララが出会ってから一週間が経過していた。持ち前のタフさと魔剣のもたらす生命力で一時は体調を持ち直していたが、傷口から入った菌が感染症を引き起こしたようで、ここ数日は酷い高熱に浮かされるようになっていた。傷口が化膿し、包帯を変える度に出血に膿が混じっている。強靱な精神力で泣きごと一つ零さぬアキレスであったが、流石にいつものように強い言葉を発する余力は失っていた。医者に見せようにもララにはお金もなく、そもそも大陸中に手配書が回っているアキレスを医者に見せること自体が難しい。
「せめて熱だけでも下げないと。あたい、村に行って薬を貰ってくるよ」
「……止めとけ。これまでの話を聞くに、村の連中が薬なんて高価な物を譲ってくれるとは思えねえ。痛い思いするだけだ。寝てれば治るから包帯だけ代えてろ」
迫害を受けるララが薬をくれと申し出ても、陰湿な村人のことを考えればまた石を投げつけられるがオチだ。無意味どころか怪我をするだけ損。アキレスは弱々しくララの腕を掴んで制した。
「人の心配なんておっちゃんらしくないよ。熱でおかしくなった?」
「……そうかもな」
ララに指摘されて初めて、それが自分らしくない行為だとアキレスは気づいた。本当におかしくなってしまったのかもしれないと思い、脂汗をかいた顔に苦笑が浮かぶ。
「ねえ、おっちゃん。こんな時になんだけどさ、前にあたいに言ってくれたことを覚えてる。傷が治ったらあたいに何か礼をしてやろうかってやつ」
「……いよいよ村の連中に復讐する決心でも固めたか?」
「それはもういいって。その代わり、おっちゃんにお願いしたいことが出来たんだ」
「……何だ?」
自分に出来ることは殺しぐらいだ。その考えは今でも変わりない。村人への復讐以外に何を望むのか、アキレスにはまるで見当がつかなかった。
「傷が治ったら、おっちゃんはまたどこかへ旅立っていくでしょう? あたいもその旅に連れて行ってよ」
「正気か? 俺は殺人鬼だぞ」
「正気だし本気だよ。あたいはこの歪で小さな世界しか知らなかった。だけどさ、外からやってきたおっちゃんと出会って、外の世界に凄く興味が湧いたんだ。外の世界を知って、あたいを迫害してた村の連中がどんなにちっぽけな存在だったか、笑い飛ばしてやるのも一興だと思うんだ」
「……俺の旅路は阿鼻叫喚だ。命だって狙われるぞ」
「こんな場所で死んだように生きるよりは、おっちゃんの隣で死ねた方が、あたいはよっぽど良い人生だって言い切れる。駄目だって言っても無理やりついていくから」
「……お願いと言っておきながら、無理やりついてくるのかよ」
「それはおっちゃんの返答次第でしょう」
悪戯っ子のようにララは笑う。すでにアキレスと共に外の世界に踏み出すことに思いを馳せているようにも映る。
「……考えておいてやる。ありがたく思えよ、ガキ」
「やったー。だったら尚更、早く怪我を治さないとだね」
手拭いでアキレスの汗を拭ってやると、ララは先程代えた、汚れた包帯をを手に持った。
「包帯洗ってくるね」
笑顔でそう言い残すララの後ろ姿を見送った後、強烈な倦怠感に襲われたアキレスは重い瞼を閉じる。些細な会話でさえも体力の消耗が著しい。まるで自分の体が自分のものではないような感覚だ。耐え切れず、アキレスは静かに眠りへと落ちていった。
※※※
「……俺は、眠っていたのか?」
アキレスが熱に浮かされて目を覚ますと、辺りは薄暗かった。眠りに落ちた頃には日はかなり高かった。どうやら数時間は眠っていたようだ。夜目がきくようになってから、始めてその違和感に気付いた。夜になるといつもララが明かりをつけるはずなのに、今日はその明かりが灯っていない。
「おい、ガキ。いないのか?」
家の中には気配がなく、ララは呼び掛けに応じない。明りがついていないということは、明るい内に出かけたまま戻っていない可能性が高いが、そんなに長い用事がララにあるのか疑問だった。
「……どこ行きやがった?」
重症の体で何とか立ち上がり、アキレスは覚束ない足取りで家の中を散策した。机の上に書置きらしき紙を見つけ、あばら家に差し込む月明かりを光源に文章に目を通す。
『眠っている間もうなされていて、おっちゃん凄く辛そうです。やっぱり村で薬を貰ってきます。怪我人がいると知れば、村の人達だってきっと悪い様にはしないよ』
「馬鹿か。いい加減学べよ」
アキレスは感情的に書置きを握り潰した。熱にうなされるアキレスを見て村に向かったのだとすれば、つい今さっきのことではあるまい。ましてや日が暮れてから村に向かうなんてありえない。そして、すっかり日も暮れたというのに、ララはまだ自宅へと戻っていない。村へ向かったことで何かが起きたとしてか考えられなかった。
アキレスは包帯に血が滲む体を、両足と杖替わりにした代置剣シュレッケンラーゲで支え、村の方角へと歩き出した。




