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魔剣士狩り  作者: 湖城マコト
気まぐれの章
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胸中

「ねえ、おっちゃん。おっちゃんはこれまでどんな人生を歩んできたの? 殺人鬼だって、生まれながらそうだったわけではないでしょう」

「それが食後の話題か?」


 二人で食卓を囲み、川魚と香草の蒸し焼きを食べ終えると、世間話でもするようなノリでララが訊ねて来た。アキレスの方が常識的な反応をするというのも、何とも奇妙な状況である。


「あたいはもう、話せそうなことは全部話しちゃったもの。たまにはおっちゃんの方から話題を提供してくれたもいいんじゃない?」

「……俺の話なんざ、糞つまらねえぞ」


 悪態をつきながらも、話すこと自体は拒絶しなかった。結局のところ、アキレスも退屈しているのだ。死と隣合わせの生活を長年続けて来た中で、こんなにも何もしない日々というのは初めての経験だ。それは少なからずアキレスの心境に変化を与えていた。


「俺の生まれた国は何もかもが終わっていた。何十年にも渡って続く内戦で経済活動は崩壊し、治安も最低最悪。餓死者で溢れ返り、パン一切れのために殺人が起きるなんてことは日常茶飯事だった。まさにこの世の地獄みたいな世界だったよ。物心ついた頃にはもう、貧民街の掃き溜めで一人で生活していた。生活苦から我が子を捨てる。俺の生まれた国じゃ珍しくもない話だ」


 自分でも驚く程にアキレスは饒舌だった。思えば誰かに生い立ちを語り聞かせた経験など、これが初めてのことだ。


 陽気さはなりを潜め、ララは真剣な眼差しでアキレスの言葉に耳を傾けている。親に捨てられたという共通の境遇が強く胸を打った。過酷な境遇を経験した者同士、ひょっとしたら、お互いをよく知らない時から、どこかシンパシーを感じていたのかもしれない。


「俺の国では、親のいない子供が辿る運命は二つに一つだ。何も出来ずに飢えて死ぬか、他人を虐げてでも自分だけは生き残るか。まさに弱肉強食の世界だ。俺はもちろん、強者を目指す道を選んだ。才能だったんだろうな。ガキの頃から体も大きくて、喧嘩のセンスもあった。飯も服も住処も、欲しいものは全て力づくで奪い取った。初めての殺しは故意ではなかったが、罪悪感はまるでなかった。死んだ奴が弱すぎただけだってな。そこからは一切躊躇が無くなった。殺した方が手っ取り早いなら迷わず殺す。十四歳で国を出るまでは、ずっとそんな生活を続けていた」

「国を出たのは、何かが変わることを期待したの?」


 ララの言葉は、辺境の村という狭い世界にからめ取られた自分を重ね合わせているかのようだった。


「どうだろうな。最低最悪の国だったことは間違いないが、かといって外の世界に憧れがあったかと言われればそうでもねえ。ほんの気まぐれだったのかもな」


 半分は嘘だ。ララに舐められるのは嫌なので言葉に出さなかったが、苛烈な環境に身を置きながらも、当時十四歳のアキレス少年には、まだ微かな希望と野望があった。殺して奪うばかりだった自分の能力も、外の世界でならもっと違った使い方が出来るのではないかと、そんな淡い期待を抱いていた。今となっては子供の青臭い幻想だったが。


「だが、国の外に出たところで、俺は殺すことでしか生きていけない人間だ。路銀が底をつくと、躊躇わずに旅人を殺して金品を奪っちまった。足りない物は殺して奪う。ここまで来るともはや習性だな。無法地帯だった故郷と違って、まともな世界では俺の存在は害悪そのものだ。直ぐに大陸中に手配書が回り、俺は殺人鬼として追われる身となった。逃走資金を稼ぐために殺す。さらに悪名が広まり追手が増える。追手を殺す。逃走資金を稼ぐためにまた殺す。延々その繰り返しだ。五年前に魔剣を手にしてからは少し環境も変わったがな。返り討ちにした追手や賞金稼ぎの数が百を超えた辺りからは、俺に挑んでくる命知らずは随分と減った。おかげでこの数年はやりたい放題だったぜ」


 凶悪犯として大陸中に手配されている身でありながら、魔剣を手にしてからは衣食住に不自由したことはない。アキレスの悪名に畏怖した人々は略奪行為に目を瞑る。追手はすでにアキレス討伐を諦めた。賞金稼ぎはアキレスを見ても命惜しさに知らない振り。やりたい放題だった。数日前。魔剣士狩りと呼ばれる剣士と出会うまでは。


「魔剣というのは、おっちゃんが大事にしてるその剣のこと?」


 知識を持っているわけではないが、一般人であるララでも分かる程に、代置剣シュレッケンラーゲの持つ気配は異質だ。直接手にしてみて、重いや軽いではなく、息が詰まるような、重苦しいという感覚が一番最初にやって来た。それは本来、剣を手にした際に感じるべき感覚ではないだろう。


「代置剣シュレッケンラーゲ。人知を超えた力で大量殺戮を可能とするこれは、剣ではなく悪意そのものだ」


 これは決して比喩表現ではない。器物である魔剣に明確な意志が存在するかは定かでないが、より大勢を殺すために、使用者を選り好みする傾向にあることは間違いない。少なくとも、手にした者全員がその狂気の恩恵に預かれるとは限らない。


「ガキ。お前、川で俺を見つけた時に、この魔剣も運んで来たんだよな?」

「そうだよ。凄い剣だとは知らなかったけど、持ってて変な感じがしたのは覚えてる」


「変な感じか。ハッキリ言うが、普通なら現在の所有者である俺意外の人間が触ったら、その時点で死んでいるぜ。昔一夜を共にした女が、俺がシャワーを浴びている間に気まぐれにシュレッケンラーゲに触れようとして絶叫を上げた。女は斬撃で真っ二つになってたよ。戦闘中に隙を突かれてシュレッケンラーゲを手放しちまったこともあったが、拾おうとした相手の傭兵は斬撃で腕を飛ばされた。分かるか? こいつは俺以外の人間には本来、敵意剥き出しのはずなんだよ」


「……でも、あたい何ともなかったよ? ちょっと重苦しい感覚があっただけで」


 一歩間違えれば死んでいたという事実に今更ながら怖気が走り、ララは自分の両肩を抱いた。


「お前にも適性があったんだろう。殺戮を求める魔剣に見出される程度には」

「……どういう意味よ、それ」

「お前、本当は自分に酷い仕打ちをしてきた村の連中を殺したくて仕方がないんだろう?」

「殺すなんて。あたいはそんな!」


 挑発的な態度のアキレスを前に、ララはこれまでになく声を張り上げた。


「そうだな。殺すというのは流石に過ぎるかもしれない。だが例えば、何かしら天変地異でも起きて村の連中が全滅したら、ぐらいには思ったことはあるだろう」

「それは……」


 図星ゆえに、今度はララは何も言い返せなかった。運命を呪う、等という感傷に浸れる年頃はすでに過ぎた。理不尽な仕打ちは村人のつまらない悪意から生まれる。運命という抽象的なものでなく、人の形をしたそれを前に、死んでしまえと何度呪ったことか。自分の中のどす黒い感情が湧き上がるようで、自然と鼓動と呼吸の回転が速くなる。


「最初は、所有者である俺を生かすためにはお前の存在が必要だと判断し、魔剣がお前に危害を加えなかったんだと思った。けどな、俺と一緒に散々人を殺して来たこいつが、所有者とはいえ人間一人の命に固執するとは思えねえ。重傷を負った俺が仮に死んでも、村人を恨んでいるお前が代わりに所有者になれば、直ぐにたくさんの人間を殺せると思ったんだろう。完璧には使いこなせなくとも、魔剣なら一般人である村人を殺傷する程度は素人でも容易だ。殺したい奴らを視界に捉えて、不格好でもいいから剣を振るえばいい。そうすれば村の連中は次々と斬り殺されていく。魔剣とはそもそも、凡人にも一騎当千の活躍をさせるべく生み出されたものだからな」


「……お願いだから、そんな怖いこと言わないで」


 ララは耐え切れず、膝を抱えて顔を埋めた。死んでしまえと心の中で呪っただけで、実際に殺そうと思ったことはない。実際に村の人間は誰も死んでいない。だが、嬉々として語るアキレスの言葉は多分に想像力を膨らませ、自分が代置剣シュレッケンラーゲを振るい、憎きの村の人間たちを次々と殺していく様を、まるで現実のように鮮明に想像してしまう。それは起こり得た未来の一つだと、自分自身がそう理解している。


「俺には理解出来ないな」

「……何がよ」


「俺が村の連中、全員殺してやろうかって言ったのに、お前、何も答えなかっただろう。魔剣に見出されるだけの狂気を抱えてるんだ。あの場は冗談めかした雰囲気だった。例えばの話ぐらいは許される状況だったと思うがな。お前からしたら理想的な状況だ。自分が直接殺す必要なんてない。殺人鬼の襲来なんてのは、それこそ災害みたいなものだろう」


「……もういいよ。どうせ冗談だったんでしょう?」

「それは重要じゃない。俺は冗談や戯れで人を殺せるろくでなしだからな」


 本気にしなかったという逃げ道をアキレスは無情に塞いだ。気まぐれで人を殺せる人間だからこその、いびつな説得力がアキレスには存在している。


「……認めるよ。おっちゃんが村の連中を殺してやろうかって言ってくれた時、正直心が揺れた。肯定は出来なかったけど、否定も口に出せなかったんだから。あんな奴ら、全員死んじゃえばいいのにって、ずっと思い続けている。だけどね、あたいが望んでいるのは天罰であって殺戮じゃない。おっちゃんは本当に冗談半分で人間を殺せてしまう人なんだと思う。だからこそ、冗談めいた雰囲気でも肯定なんて出来なかった。直接殺さなくとも、それは結局あたいが殺したのと同じ事だから」


 憑き物が落ちたように、ララは泣き顔で苦笑を浮かべていた。どす黒い感情さえも、ずっと一人で抱えて来た。それを言語化する行為はあまりにも辛かったけど、目の前にいるのが凶悪な殺人鬼だからこそ、こうして素直になれたのかもしれない。


「死んでしまえばいいと思う一方で、殺したいとは思えない。そのうえ、痛いのは嫌だからと、俺みたいなろくでなしにも治療を施す。矛盾だらけで難儀な性格だな」


 しかし、魔剣は狂気を増幅させる。仮にアキレスが息絶え、ララが代置剣シュレッケンラーゲの正当な所有者となったなら、殺せないという一線を容赦なく飛び越えてしまっただろう。殺人鬼と知ってもなお介抱を続けたことで、結果的には彼女は一線を越えずに済んだ。お互いにとって紙一重な状況であった。


「矛盾してて悪いか! 難儀な性格で悪いか! おっちゃんみたいな殺すことしか知らない人間にはあたいの気持ちは分からないよ!」


 自分が必死に守り続けて来た意思を否定されたようで、ララはつい感情的に声を荒げたが、直ぐに我に返った。


「……ごめん。凄く失礼なことも言っちゃった」


「感情爆発させた直後に今度は落ち込みやがって。ますます難儀な奴だ。それと、別に失礼なことは言ってないだろう。殺すことしか知らないってのは、俺自身が認めていることだし、お前の気持ちが分からないのも事実だ」


 逆上されてもおかしくないと思っていたのに、アキレスの反応は予想に反して落ち着いたものであった。目の前にいるのは最恐最悪の殺人鬼。言葉は汚く、ガサツ以外の何物でもない。それでも、これまでにララの周りにいた人間の誰よりも真っ直ぐに向き合ってくれている。


「それと、俺は別にお前を否定したわけじゃねえぞ。お前の難儀な性格は俺には理解出来ないが、理解出来ないことだから異質だ、とは別にならねえよ。俺とお前は違う人間だ。違いがあって当然。理解出来ない部分があって当然だろう」


「おっちゃんだけだよ……」


 思ったことをつらつらと話しただけだったが、その言葉は迫害を受け続ける少女の心に強く響いていた。治まりかけていた感情が再び決壊を始め、ララの顔は大粒の涙と鼻水でくしゃくしゃになっていた。


「何が?」

「あたいを人間扱いしてくれたの、おっちゃんだけだよ……」

「おいおい、そんなに泣くなって」


 その場で泣き崩れたララが、寝床で上体を起こすアキレスの足へと顔を埋めて大泣きした。まさかこのような展開になるとは思わず、殺人鬼のアキレスも面食らってしまい、どうしてよいか分からずあたふたしている。恐怖で相手を泣かしたことなら数知れずだが、感極まって涙を流されるなんて、これが初めての経験だ。


「殺人鬼に人間扱いされたことが、そんなに嬉しいか?」

「嬉しい」

「だったら、殺人鬼にすら人間扱いされるお前を人間扱いしない連中はゴミカスクズ野郎だな」

「そうだそうだ! ゴミカスクズ野郎だ!」


 顔を埋めたまま、ララが感情を露わにする。


「やっぱり、怪我が治ったら村の連中全員俺が殺してやろうか?」

「それはいい」


 感情が高ぶりながらも、返答は理性的かつ即答だった。


「ぶれねえな。ある意味ではそれも狂気か。気が向いたらいつでも言えよ」


 ララがそうしないだろうと思いながらも、殺人鬼としてのプライドでその道は残しておいた。


「……おっちゃん、ごめん」

「ああ? まだ誤り足りないのか?」


 今度は何だと、アキレスは若干呆れ顔で聞き返すが。


「鼻水が止まらなくて、ついおっちゃんのズボンで鼻かんじゃった」


 ズボンが涙で湿っているのは感じていたが、よく見たら粘性のある鼻水も大量に付着している。顔を上げたララは気恥ずかしそうに頭をかいている。


「汚ね! おいてめえ、ふざけるな――痛っ! ああ、ちくしょう!」


 変な動きをしてしまったようで傷口が痛む。強く反撃できぬまま、アキレスはそのまま体を倒した。


「怪我人なんだから、あまり動いちゃ駄目だよ、おっちゃん」

「てめえ。怪我が治ったら覚えてろよ」


 感情を吐き出したことで、どこか吹っ切れた様子のララが微笑む。攻撃的な物言いとは裏腹に、アキレスの声色はどこか柔らかかった。


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