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魔剣士狩り  作者: 湖城マコト
滅失の章
138/166

狂気の道の果てに、救いなど存在しない

「住民たちもまさか、このような日に村長に刃を向けられることになるとは思っていなかっただろうな」


 模倣剣ゼーンズフトを破壊したダミアンは、その足で小さなミヌーテ村を見て回っていた。殺害された住民の多くが村の集会場周辺で亡くなっていたことが気になり、集会場の中へ入るとすぐにその理由が分かった


 争った跡と住民の遺体で見る影もないが、集会場には豪華な料理が並べられ、華やかな装飾が施されていた。極めつけは素手で破り捨てられたと思われる大量のバースデーカード。文字が判別できる何組かをパズルのようにつなぎ合わせていくと、その内容はどれも、ライゼンハイマー村長の四十三歳の誕生日を祝うものだった。バースデーカードの量を見るに、村人一人が一人が自分の言葉でライゼンハイマーにメッセージを寄せていたようだ。


 状況から察するに、村人全員でライゼンハイマーの誕生日を祝っていたことは間違いない。惨劇はその最中に始まったことになる。尊敬する村長の誕生日を温かく祝っていたら、突然その村長が殺戮を開始した。村人たちの混乱と恐怖は計り知れない。


 同時に、ライゼンハイマーが今日、突然凶行に走ったきっかけもまた、彼の誕生日が大きく関係していると思われる。村人を執拗に模倣剣ゼーンズフトで斬殺したというのに、大量のバースデーカードは全て素手で破り捨てていることからも、彼の激情が伺える。


「……まさか、剣の方に……見限られ……ることになろうとは」

「模倣剣ゼーンズフトからすれば、殺戮さえ出来れば相手は誰でも構わなかったのだろう。使われていたのは魔剣ではなく貴様の方だったということだ」


 村の探索を終えたダミアンが、意識を取り戻したライゼンハイマーへと近づいた。意識が戻っただけでも奇跡的だが、病身に加え、切断された右腕から漏れ出した出血量はすでに致命的だ。ライゼンハイマーの命の灯はじきに消える。


「村人たちは今日、貴様の誕生日を祝うつもりだったようだな」


「……はい。私を驚かせようと、私が所用で村を空けている最中に準備を進めていたようで……まったく、私自身も……忘れて……いたというのに……」


「その行為が、貴様に一線を越えさせたんだな?」


「……お誕生日おめでとう、と。皆が温かい拍手で私を迎えた……生まれてきてくれてありがとう。これからも元気でねと。生を渇望し、死の恐怖に打ちのめされている私に向かって、彼らは満面の笑みでそう言った……その瞬間、私の中で何かが切れました」


「村人たちは、貴様の病については知っていたのか?」


「……いいえ。昔から弱さを見せるのは嫌いでね……病のことは誰にも伝えてはおりませんでしたよ」


 死の淵に立つライゼンハイマーが不敵に笑った。


「……そうか」


 村人は純粋に村長の誕生日を祝おうとしていた。あるいは重病とは思わないまでも、村長の不調を感じて「これからも元気でね」とのメッセージへと繋がったのかもしれない。一人思い悩むライゼンハイマーにとっては屈辱的な出来事だったのかもしれないが、何も事情を知らず、突然殺されてしまった村人たちがあまりにも可哀そうだ。


「貴様が殺した村人たちが、お前への尊敬を込めて書いたメッセージの数々だ。貴様にはこれと向き合う義務がある」


 ダミアンは集会場から可能な限り集めて来た、村人たちの書いたライゼンハイマー宛のバースデーカードをその場に置いた。失われた命が戻ることはないが、理不尽に命を奪われた村人たちの命に少しでも報いる方法は、これぐらいしか思い浮かばなかった。


 利き腕はすでになく、出血多量で体ももう動かない。ライゼンハイマーはバースデーカードから視線を逸らすことしか出来なかった。


「死の恐怖は時に人を怪物に変える。死に至る病に侵された境遇には同情するが、それでも生者の命を慰みものとすることが正しいはずはない」


「若造が……生死の何を語る……」


「こう見えて、それなりに長くは生きている。その上で言わせてもらおう。貴様はただの殺人鬼だよ」


 ライゼンハイマーは越えてはならない一線を越えてしまった。大勢の罪なき人々を殺害した今、病人であろうとも、元は心優しき村長であろうとも、そんなものは無意味だ。今のライゼンハイマーはただの殺人鬼。同時に、この行いはライゼンハイマー自身の死期をも早めることとなった。魔剣の狂気に飲まれず、殺戮に至らなければ、魔剣士狩りという魔剣士にとっての死神と今日ここで出会うことはなかったはずだ。


「……あと一人、ユリアンさえ……殺せれば……私は……誰よりも――」


「魔剣士の狂気に際限はない。仮に村人全員を殺すという目的を果たしたとしても、貴様はきっと満足できず、この世界に生きる全ての人間を殺そうとしたはずだ。だが、そんなことはどう足搔いても不可能だ。いずれにせよ、貴様の目的は達成されなかっただろうさ」


 ダミアンが言い終える頃には、ライゼンハイマーはすでに肉体の限界を迎え、事切れていた。命の短い自分よりも先に、他者の命を終わらせる。その極端な発想に行き着いてしまった時点で、この不条理で無意味な結末は、すでに定められていたのかもしれない。


「……目の前に狂気の道があるとしたら、踏みとどまるか、どこまでも突き抜けるかの二択しかないのだよ」


 今更手遅れではあるが、事切れたライゼンハイマーにそう言わずにはいられなかった。


 ダミアンの狂気はこの世界から全ての魔剣士を狩り尽すまで終わることはない。本来なら達成不可能であろうその目的を、乱時雨のもたらす不老不死の肉体が、達成できる可能性を示した。だがそれは同時に、妥協や死という名の脱落の機会を失ったということ。終着は全て魔剣士を狩り尽すという目的を達成する他なくなった。狂気の道の果てに救いなど存在しないことを、ダミアンは志半ばで知っている。


 例え余命僅かだったとしても、ライゼンハイマーの周りには彼を慕う人々がいた。彼らの支えを受けて、静かに最期の時を迎える未来だってあったはずだ。もちろん、死生観を他者がとやかく言うことは出来ない。それでも、狂気の怪物となって大切な人達を道ずれに破滅するよりは、よっぽどマシな結末だったはずだ。


「いつまでも待たせてしまっては可哀想だな」


 林道に待たせたユリアンは今も孤独の恐怖に震えているはずだ。もう恐ろしい鬼から逃げ続ける必要がないと、伝えてあげなくてはいけない。


 ※※※


「村長は死んだ。もうお前を追って来る者はいない」


 林道へと戻ったダミアンは、木陰で震えていたユリアンを見つけ、優しく手を差し伸べた。膝を抱えていたユリアンが泣き腫らした顔を上げ、ダミアンを見上げた。


「……村の人達は?」


「私が到着した時点で生存者はいなかった。申し訳ないが、人相を知らないから、誰が君の祖父だったのかは分からなかった」


「……生き残ったのは、僕だけ」


 絶望的だと思いながらも、心のどこかでは奇跡を祈っていた。しかし、奇跡が救ってくれたのはユリアン一人の命だけ。他の村人たちは、救世主と出会った時点ですでに手遅れであった。


「これからどうする?」


 一人生き残ったユリアンに対してダミアンが出来ることは少ないが、せめて安全な町や村までは責任を持って送り届けようと決めていた。村の惨状もこのままというわけにはいかない。村長の凶行を含め、近隣の地域に報告する必要がある。


「……南のシュミットって町に行きたい。おじいちゃんが僕を逃がしてくれた時に言ったんだ。シュミットに住むローレンツを頼れって。厳しいけど情に厚い男だから、絶対に力になってくれるって」


 友人であるローレンツの名を告げた後にユリアンに言った「生きろ」の一言が、祖父の遺言だった。その直後、祖父はユリアンを林道に押し込むようにして送り出すと、ライゼンハイマーの注意を引くために一人で集会場の方へと走っていった。


「南のシュミットだな。分かった。私が責任を持って君をそこまで送り届けよう」

「……ありがとう。お兄さん」


 短く頷くと、ユリアンは預かっていたハンチング帽を脱ぎ、ダミアンへと手渡した。


「重い言葉かもしれないが、君は他の村人の分も長生きするんだ。そうすれば彼らも少しは報われる」


 受け取ったハンチング帽を被り直すと、ダミアンは直前まで帽子を被っていてペタンコになったユリアンの髪に優しく手を乗せた。幼いなりにダミアンの言葉に思うところがあったのだろう。ユリアンは無言ながらも力強く頷いた。


 仇であるライゼンハイマーはもういない。だが、祖父や家族同然であった村人を殺戮したライゼンハイマーに対するユリアンの怒りは今も消えてはいないはずだ。だからこそ、ユリアンが長生きすることは、村の誰よりも長生きすることに執心したライゼンハイマーに対する最大の復讐となるはずだ。


「では、行こうか」


 逸れないように、ダミアンがユリアンの手を取った。


「……ばいばい。おじいちゃん」


 ミヌーテ村の方を一瞥すると、直ぐに正面へ向き直し、ユリアンはダミアンに手を引かれて後に続いた。



 滅失の章 了 気まぐれの章へと続く。


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