羇旅の邂逅
「ルジャンドル一味は全員討伐しました。全額とはいかないでしょうが、一味が略奪した品々は倉庫と修練場に残されていましたよ。周辺の町と連携の上ご確認ください」
「剣聖様。なんとお礼を言ったらよいことか。あなた様のお陰で平穏な日常が戻ってまいります」
砦からプレザンの町へと戻ったステラは町長に事の経緯を説明した。ルジャンドル一味壊滅の一報を受け、周辺の町は歓喜に湧いている。
「当然のことをしたまでです。それにこれは、私だけの力で成したことではありません」
最初に砦へ向かい、町のために戦ってくれたジェロームへの感謝も、もちろん住民は忘れていない。ジェロームは今、町の診療所で足に受けた傷の治療を受けており、エーミールもそれに付き添っている。
「町長さん。もう一つ大切なお話しがあります」
「何でございましょうか?」
「私が厳重に閉鎖した砦の奥の一室には、絶対に誰も近づけないようにしてください。そこには一味が所有していた危険な兵器が眠っており、万が一触れると大規模な人的被害が生じる可能性があります。このことは周辺の町にも広く周知しておいてください」
大雑把な表現となってしまったが、魔剣について一から説明をしても、たかが剣一本と侮られてしまう可能性がある。剣聖がここまで大袈裟に言えば、そうそうあの一室に近づこうとする者はいない。
「承知いたしました。しかし危険な兵器があるというのなら、今後どのように対応すれば?」
「その点はご安心ください。今回の一件を聞きつけ、近い内にダミアンという名の剣士が現れるはずです。その方に私の名前と今お話しした内容を伝えれば、確実に処分してくださいますので」
「かしこまりました。ダミアン様という名の剣士ですね。危険の周知共々、周辺の町にも連絡しておきます」
魔剣の核である魔石は魔剣でしか破壊不可能。その役目はステラの知る限り魔剣士狩りのダミアンにしか任せられない。各地を飛び回る多忙の身だが、彼は魔剣士に関係した情報を絶対に聞き漏らさない。ひょっとしたらすでにこちらへ向かっているところかもしれない。
※※※
「ステラさん。俺をあなたの弟子にしてくれませんか?」
診療所での足の治療を終えたジェロームが、食堂でお茶をしていたステラに開口一番申し出た。突然の決断に、ジェロームに肩を貸すエーミールも目を丸くしている。
対するステラはさして驚いた様子もなく、ジェロームとエーミールを近くの席へと手招きしてから冷静に口を開いた。
「私は弟子はとらない。私自身が剣術修行の旅を続けている身だもの。誰かに指導をする立場にはないわ。それに、剣士であるあなたには言うまでもないことだろうけど、引くことで斬る刀と、押すことで斬る剣とでは、そもそも扱いや戦い方からして異なる。そういう意味でも私は指導者として相応しくないわ」
「得物の違いはもちろん心得ています。それでも俺はあなたに教えを乞いたいんだ。魔剣士を討ち取ったその剣技、行く先々で命を救うための剣を振るうその在り方、剣聖ステラの存在に俺は胸をうたれた。俺はもっと強くなりたい。魔剣士を倒せるぐらい強くなりたい。だからどうかお願いします。あなたの下で学ばせてください」
「私からもお願いします」
思いの丈をぶつけたジェロームが深々と頭を下げ、ジェロームの気持ちを誰よりも理解しているエーミールも続けて頭を下げた。
「魔剣士を倒せるぐらい強くなりたいと言ったわね。何があなたをそこまで駆り立てるの?」
「姉の仇である魔剣士がいる。そいつはとても強くて、一度戦った時、俺は手も足も出せなかった。俺はそいつよりも強くなりたい」
「強くなった先に、あなたはお姉さんの復讐を遂げるの?」
答え如何によって、ステラの対応も変わってくる。復讐だけを目的とした刃に稽古をつけることなどステラには許容できない。
確信を突かれた質問にジェロームは一瞬、言葉に詰まった。初めて出会うまでは、姉の仇を討ちたいという思いだけが体を突き動かしていたような気がする。だが、各地で魔剣士による被害や、それを狩る魔剣士狩りの噂を聞いている内に少しずつ心境の変化があった。姉を殺された怒りは今でも冷めやらない。それでも、魔剣士狩りの存在を単なる仇とだけは捉えらなくなっている自分がいる。
「……今はまだ分からない。だけど、始めは仇としか思えなかったその魔剣士の存在が、俺にとっては超えるべき目標となっていることに気付いた。俺は一人の剣士として純粋にあいつよりも強くなりたいと、そう思っている」
本音ゆえに絞り出すまでに何度も言葉に詰まり感情が震えた。だからこそ、その覚悟と熱意は確かにステラへと伝わっていた。
「正直に話してくれてありがとう」
静かに目を伏せると、ステラは一呼吸おいて再びお茶に口をつけた。
「申し訳ないけど、私はやはり弟子はとらない」
答えは最初と変わらなかった。顔を上げぬまま、ジェロームは残念そうに口を結んだが。
「だけど、勝手に技を見て学び、成長に繋げようとする権利を侵害することは誰にも出来ない」
「それって」
慌ててジェロームが顔を上げると、ステラの温かな眼差しと目があった。
「私はあなたに指導をしたり稽古をつけたりはしない。だけど、旅への同行ぐらいは許してあげる。目を離したらまたどこかで無茶をしちゃいそうだしね」
「ありがとうございます。ステラさん、今日から師匠と呼ばせてくださっ――いて!」
喜びのあまり、ジェロームが椅子から立ち上がったが、足の傷が痛み直ぐに顔を顰めた。慌ててエーミールが体を支えて着席させる。
「さっそく無茶して。それと、弟子はとらないと言ったばかりでしょう。師匠呼びはやめなさい」
苦笑を浮かべたステラが保護者のような心境でジェロームを叱った。
「ステラさん。私は……」
ジェロームは旅への同行を認められたが自分はどうなのだろうと、エーミールが不安気に伺いを立てた。
「もちろんいいに決まっているじゃない。なんならジェロームくんを置いて、エーミールちゃんだけ私と一緒に行ってもいいのよ」
「ちょっと師匠、それはないですよ」
「師匠呼びは止めなさいと言ったばかりでしょう。本当に置いていくわよ」
尊敬出来る師を得たジェロームが、これからも大切な人と旅を続けられる喜びを得たエーミールが、これまで孤独だった旅路に賑やかな同行者を得たステラが、三人の誰もが晴れやかな笑みを浮かべていた。
方や憧れとして、方や仇として、それぞれの人生に大きな影響を与えた魔剣士狩りが同一人物であることは、お互いにまだ知らない。
この出会いもまた、魔剣士狩りという存在がもたらした数奇な運命だったのかもしれない。
※※※
「あなたはダミアン様ですね?」
「そうだが」
「剣聖ステラ様から、あなた様へ言伝がございます」
ルジャンドル一味を討伐し、ステラたちがプレザンの町を発ってから五日後。
脅威が去り、平穏な日常を取り戻しつつあるプレザンの町には、三つ揃えのツイードスーツにハンチング帽、腰には刀を差した洋装の剣客、ダミアンの姿があった。
ダミアンの風貌をステラから聞き及んでいたプレザンの町長は直ぐに彼がそうだと察し、ダミアンを町の集会場へと招き、事の経緯を説明した。
「なるほど、事情は理解した」
別の町で魔剣士を狩っていたので到着が遅れてしまったが、剣聖ステラが魔剣士を倒したようだという噂はダミアンも把握していた。
町長によると、ステラの言いつけをしっかりと守り、奥の閉鎖された部屋には誰も近づいていないとのこと。新たな魔剣士が生まれたり、場所が移されたりはしていないようだ。今回のダミアンの仕事はルジャンドルの首なし死体が握っている魔剣の核、魔石を破壊するだけで済みそうだ。
「なにやら嬉しそうですな」
「失礼。剣聖ステラについて少し思うところがあったのでな」
事情を聞かされる中で、剣聖ステラがこの町で知り合った旅の剣士と、連れの女性を弟子に加えて町を発った(ステラは否定するだろうが、細かい事情まで知らない町の住民の目にはそのようにしか映らなかった)と知った。初めて出会った時、ステラはまだ十代の少女だった。そんな彼女が弟子を持つまでになったのかと思うと、時の流れを感じずにはいられない。これではまるで親戚のおじさんだ。
「さて、私は私の役目を果たすとしようか」
砦へ向かうべく、ダミアンは町長から砦内部の見取り図を受け取り町を発った。
この世界から全ての魔剣士を狩り尽すまで、魔剣士狩りの旅は終わらない。
第三章 了
賊の砦に乗り込む展開や武器の破壊を狙ってくる魔剣士など、今回の章は初期の「聖剣の章」を意識した構成となっております。イレーヌの弟であるジェロームが中心のお話しということに加え、似たような状況を描くことで、ダミアンとジェロームを対比させる狙いがありました。
また、ステラが魔剣士であるルジャンドルを討つ展開は、一つ前の「狂気の剣士の章」でダミアンが魔剣士ではないドラコ・コルを討つ展開との対比にもなっています。
最後に一つご報告を。
これまで毎日投稿でお送りしてきましたが、今回のお話しを一区切りに、しばらく更新をお休みさせていただきます。続編の執筆は進めておりますので、完成しましたら再び毎日投稿でお送りしていく予定です。申し訳ありませんが、今しばらくお待ちください。




