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魔剣士狩り  作者: 湖城マコト
羇旅の邂逅の章
133/166

敗北から学ぶもの

「あなたがジェローム君ね。間に合って良かった」


 刀を納刀しながら、赤毛の女性剣士がジェロームへ歩み寄って来た。町では着ていた白いロングコートを脱ぎ。今は濃紺のブラウスを身に着けた軽装となっている。


「あなたは?」

「詳しい話しは後。ルジャンドルの相手は私がするから、あなたは彼女と一緒に下がっていなさい」

「彼女?」

「ジェローム。無事でよかった」


 答えは本人から返ってきた。女性剣士から預かった白いコートを持ったエーミールが、泣きながらジェロームへと抱き付いた。


「エーミール。良かった、無事だったんだね」

「うん。町を襲撃しようとしていたならず者たちをあの剣士さん、ステラさんが全員倒してくれて」

「ステラ? まさかあの人は」


 泣き腫らした目でエーミールが頷いた。

 現代を生きる剣士に、刀を使うステラという名前の剣士を知らぬ者はいない。


「まさか斬撃と飛ばしてくる剣士がいるとは驚いたな」


 壁に背中を打ちつけたルジャンドルが首を鳴らしながら体勢を整えた。ジェロームを巻き込まないための配慮がなければ、反応が間に合わずに首を刎ねられていたかもしれない。


「意外といるものよ。少なくとも私は一人知っている」


 一瞬ステラの頭に、魔剣士狩りと呼ばれる洋装の剣客の顔が浮かんだ。


「刀を得物にした赤毛の剣士。もしやお前、剣聖ステラか?」

「私がその名に相応しい器かはまだ分からないけど、そう呼ばれていることは事実よ」


 剣術修行の旅で諸国を周り、行く先々で命を守るために剣を振り続ける気高き女性剣士。救われた人々は彼女の勇士に胸を打たれ、いつしかステラは剣聖と呼ばれ慕われるようになった。かつて剣聖と呼ばれた男を知っているステラにとって、その通り名は少々複雑なものであったが、世界に恩返しがしたいという自信の感情に従って、ステラはこの二十三年間剣を振るい続けて来た。


「俺は辺境で小遣い稼ぎしているだけのただの小物だ。剣聖とまで呼ばれた大物と関わるような人間じゃない。どうか見逃してはくれないか」

「悪行に大きいも小さいもない。私は命を救うために刀を振り続けるだけよ」


 相手が魔剣士だろうが、ただのならず者であろうが、それが人々の平穏な日常を脅かす悪ならば、虐げられる人々を救うためにステラは躊躇いなく刀を抜く。もっとも、本人は小物と自嘲するが、ルジャンドルがこれまでに犯してきた悪行の数々は十分に凶悪だ。


「言ってみただけよ。剣聖だろうが何だろうが、ただの剣士が魔剣士に勝てると思うなよ」


 戦いが避けられないことはルジャンドルとて分かっている。その上でまったく負ける気はしていない。一撃を加えればこちらの勝ち。刀身同士が接触しても刀を溶断してこちらの勝ち。どう足搔いても勝利は揺るぎない。


「なら、試してみましょう」

「後悔しても遅いぞ剣聖――」


 勝敗は一瞬で決した。目にも止まらぬ速さで抜刀したステラが一呼吸の内に間合いを詰め、ルジャンドルに熱刃剣シャルールによる攻撃も防御も許さぬまま首を刎ねたのだ。宙を舞った首は、すでに自分が死んでいることすら理解出来ていない様子だった。


 魔剣士といえども、多くの場合は肉体的には常人のままだ。首を刎ねれば大概は死ぬ。加えて熱刃剣シャルールが刀身を溶断し、刃の交わりさえも許さぬというのなら、超速攻の一撃で決めるのが最適解だ。魔剣士自身が相当な使い手であったなら、こうも上手くはいかなかっただろうが、魔剣の力に溺れるだけで、ルジャンドル自身は大した剣士ではなかった。


「あの人なら、より一瞬で決めたでしょうね」


 憧れの剣士の背中は未だに遠い。自嘲気味に溜息をつくと、ステラは血払いをして刀を鞘に納めた。


「……強すぎる」


 ジェロームが敗れたルジャンドルを、ステラは瞬く間に仕留めてしまった。その華麗かつ鋭利な剣筋は目で追うのがやっとだった。今のジェロームとは圧倒的に格が違う。剣士が魔剣士を倒すというのはこういうことだと、ジェロームの瞳に鮮烈に焼き付けた。


「さて、色々とやり取りは聞こえていたかもしれないけど、まだ直接名乗ってはいなかったね。私はステラ。無事で良かったわ、ジェローム君」


 ステラがジェロームとエーミールへと合流し、微笑みを浮かべて手を差し伸べた。ジェロームはステラに手を引かれ、矢を受けた右足の痛みに顔を顰めながら立ち上がる。エーミールの肩を借りてバランスを取った。


「……命を救って頂き、ありがとうございました」


 恩人であるステラに対してジェロームは深々と頭を下げた。


「悪くない腕だけど、一人で魔剣士に挑むのは勇み足だったわね」

「……はい」


 今の自分なら魔剣士にだって負けないという傲りがあったことは否定できない。だが現実は魔剣士であるルジャンドルに手も足も出せなかった。自身の実力不足を痛感し、下げた顔に浮かべた表情は複雑だ。


「だけどね、剣士にとって敗北は、時に勝利以上に貴重な経験よ」

「敗北が勝利以上に?」


 ステラにかけられた思わぬ言葉に、ジェロームが顔を上げた。


「物事には失敗から学ぶことも多いけど、命懸けの戦いでは文字通り、敗北は死を意味し、次に繋げる機会なんてない。魔剣士が相手ならば尚更ね。だからこそ、どんなに屈辱的であっても敗北の経験は貴重なの。今の自分の実力を知る。雪辱を誓い、より強い向上心が芽生える。もちろん、魔剣士と戦ったという経験自体も大切な財産となる。敗北から得るものはたくさんあるわ。それを自身の成長に繋げられた時、あなたはもっと強くなれる」


 ジェロームの瞳を見据えるステラの言葉は次第に熱を帯びていった。

 受け売りなどではなく。これは二十三年間の剣術修行の旅を続けて来たステラが自身の経験に基づき、一人の若き剣士に送った助言だ。本人としては無自覚でやっているが、新星に手を差し伸べる姿勢もまた、剣聖の器といえるだろう。


「そうですね。生き延びたからこそ、俺は自分の実力不足を知ることが出来た。この経験を絶対に次に繋げてみせます」


 ジェロームの表情から懊悩おうのうが消え、どこか吹っ切れた様子で頷いた。中身のない気休めならば心に響くことはなかっただろう。だが、経験に裏打ちされたステラの言葉の持つ力は、ジェロームの魂を確かに震わせた。


「その意気よ」


 立ち直れたことはその目を見れば分かる。激励を込めてステラはジェロームの肩を叩いた。


「ジェローム君の怪我の治療もしないといけないけど、もう一つだけ仕事があるから待っててね」


 そう言うとステラは、熱刃剣シャルールを握ったまま絶命したルジャンドルの首なし死体の両脇に躊躇うことなく腕を入れ、死体を引きずり始めた。


「何をしてるんです?」

「魔剣士は死んでも魔剣は健在よ。だけど、私には魔剣を破壊する術がないし、このまま放置したら新たな適合者が魔剣を手にするかもしれない。適合しなくても、興味本位で触った人間が魔剣そのものに殺されてしまう可能性がある。死体ごと奥の部屋に運んで、誰も近づけないように厳重に閉鎖しておくのよ」


 自分で破壊出来ないのは歯がゆいが、残念ながら今出来ることはこれぐらいしかない。焦らずとも、何事もなければそう遠からず、この魔剣は破壊されるはずだ。


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― 新着の感想 ―
[一言] >あの人なら、より一瞬で決めたでしょうね いや最近時間軸飛び飛びのせいかもしれないか 割と苦戦してない?あの人は 不死なかったら4回死んでるし(シーラ、ファウロス、カリーナ、ドラコ・コル 不…
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