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魔剣士狩り  作者: 湖城マコト
羇旅の邂逅の章
132/166

剣士の覚悟

「どうしたどうした。逃げてばかりじゃ俺は倒せないぞ」


 ルジャンドルとの戦闘で、ジェロームは回避中心の防戦を強いられていた。修練場には倉庫に入りきらなかった略奪品が積荷となって大量に置かれている。それらに身を隠しながらルジャンドルの隙を伺っているが、状況は一向に好転しない。


「隠れてないで出て来いよ!」

「くそっ!」


 殺気を感じジェロームは咄嗟に、身を潜めていた木箱の影から飛び出した。次の瞬間、ルジャンドルの振り下ろした魔剣が木箱を一切割らずに、綺麗に一刀両断した。刀身と木箱の切断面からは白煙が上がっている。


 ルジャンドルの魔剣――熱刃剣ねつじんけんシャルールは刃に高温を宿しており、触れた対象を切断するのではなく溶断する。その圧倒的な破壊力の前では金属製の盾や防具も意味を成さず、武器で防いだところで、即座に体ごと溶断されるのは目に見えている。防御したら一巻の終わりだ。攻撃を凌ぐためには回避に専念する他ない。


 ルジャンドルに溶断され、身を隠せる場所ももうほとんどない。早くプレザンの町に戻るためにもこれ以上は時間をかけていられない。


「そうだな。俺もいい加減、覚悟を決めるとしよう」


 息を整えたジェロームがロングソード片手に姿を晒した。恐れなどないつもりだったが、それは傲りだった。魔剣士狩りとの戦いでは純粋な剣技で破れ、魔剣の能力を目の当たりにする機会は無かった。故に魔剣の異常な性能を目の当たりにしたのは今回が初。思考が無意識に、身を守ることを優先した後ろ向きなものとなっていた。そんな思考では勝てるものも勝てなくなる。


 一撃でも受ければ確実に死ぬ。そんな状況は相手が魔剣士であろうとなかろうと起こり得るものだ。何も特別なことじゃない。


 勝利とは何時だって死線の向こう側だ。本来、一度魔剣士と遭遇したら確実に殺され、次回など存在しない。恐れは大切な感情だが、魔剣の性能を恐れているだけでは何も始まらない。初見であらゆる状況に対応し、御しきれるような剣士ではなくては、魔剣士狩りには絶対に追いつけない。


「エーミールが待ってるんだ。お前如きに負けていられない」


 これまで防戦一方だったジェロームが、両手持ちしたロングソードで斬りかかった。ルジャンドルが積荷を破壊してくれたお陰で、ここからは存分にロングソードを振るうことが出来る。


「おっと!」


 ジェロームが水平に振るったロングソードを、ルジャンドルが後方に跳んで回避したが、切っ先が革鎧の留め具を掠めて破壊。革鎧が胸から落ちた。本当に反撃してくると思わず反応が遅れた。完全な油断だ。数少ない防具を喪失し、今のルジャンドルは生身。強烈な一撃を叩き込めばジェロームにも十分勝機はある。


 しかし攻め時は非常に難しい。攻守に関わらず一度でも刃を交えれば、ロングソードは熱刃剣シャルールに溶断されてしまう。一度もシャルールの刀身に触れずに、ルジャンドルだけを切り伏せることは容易ではない。


「面ではなく点ならば」


 ジェロームは剣を振るうのではなく、刺突へと切り替えた。触れる面積が小さい刺突ならば、ルジャンドルも刀身で攻撃を受けにくいはず。仮に接触して溶断されても、勢いづいた刺突ならば、完全に溶断される前にルジャンドル自身に刀身を突き立てることが出来るかもしれない。


 読み通り、ルジャンドルにとって刺突は相手にしづらいらしく、最小限の動きでの回避に留まっている。このまま攻め立てればいける。勝機と確信したジェロームはさらに連続で刺突を繰り出してルジャンドルを後退させていく。


「残念だったな」

「何っ?」


 不敵に笑ったルジャンドルが、ジェロームの渾身の刺突を、これまでとは異なる大きなサイドステップで回避した。標的を失ったジェロームの刺突は勢いそのままに壁面と接触。刀身が深々と突き刺さった。


「有効な戦術で勢いづき視野が狭くなる。焦りもあったんだろうが、お前は青すぎたよ」


 突き刺さったロングソードの刀身に、ルジャンドルが静かに熱刃剣シャルールの刀身を落とした。高熱によって、ロングソードがバターのように裂けていき、中心部で完全に溶断された。


「まだだ」


 折損したロングソードでもやり方によっては相手を殺せる。武器を手放すことなく、ジェロームの闘争心はなお消えることはなかった。しかしその覚悟に応えるつもりなど、優位に立つルジャンドルは持ち合わせていなかった。


「つっ! 狙撃?」


 突然右足に激痛が走り、ジェロームはその場に片膝をついた。右足の脛を矢が掠めて肉を抉っている。砦の奥の通路からの狙撃だった。


「伏兵がいたのか」

「別に隠していたつもりはない。部下が戻るまでの暇潰しと言ったが、部下を残していないとは言っていないからな。ルジャンドル個人ではなくルジャンドル一味で名が通っているんだ。手下が戦いに介入するのは当然だろう?」

「……そうだな。これは俺の甘さが招いたことだ」


 ルジャンドルの言い分はもっともだ。ジェロームとて卑怯者の罵るつもりはない。

 エーミールを助けるためにもこんなところで死んではいられない。しかし、気持ちに体が追いつかず、足に受けた矢のダメージで上手く立ち上がることが出来ない。それを良いことにルジャンドルは片膝をつくジェロームを見下し、首に狙いを定めて熱刃剣シャルールを振り上げた。


「エーミール」


 せめて彼女だけでも無事であってくれ。ジェロームが祈ったその時。


「ぎゃっ――」


 ジェロームを狙撃した弓兵が短い悲鳴を上げ、熱刃剣シャルールを振り上げたルジャンドルの手が止まった。


「頭を下げなさい」


 女性の指示に反射的に従い、ジェロームは咄嗟にその場で姿勢を低くした。次の瞬間、通路からルジャンドル目掛けて斬撃が飛来。ルジャンドルは咄嗟に熱刃剣シャルールでガードしたが、高熱を宿す刀身でも流石に斬撃を溶断することは出来ず、斬撃の圧に弾かれて大きく後退した。

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