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魔剣士狩り  作者: 湖城マコト
羇旅の邂逅の章
130/166

魔剣士ルジャンドル

「これまで多くの傭兵がこの砦を攻めて来たが、単騎でやってきたのはお前が初めてだ。正直、感心している」


 砦内をくまなく捜索する手間が省けた。正門から道なりに進んだ先にある、元は修練場だった開けた空間で、砦の支配者であるルジャンドルが軽快な拍手でジェロームを迎えた。


 ルジャンドルは黒い長髪を下ろした色白の男で、体つきは細身、服装は黒い半袖のシャツの上に革鎧を身に着けていた。一見すると大勢の賊を従える頭には見えないが、軽快な語り口の中に見え隠れする自信と、腰に差した魔剣から放たれた異様な気配は、明らかにこれまで相手にしてきた賊とは格が違う。


「腰に差しているのは魔剣だな?」

「それを承知の上でやってくるとは、そうとうな命知らずだな。何がお前をそこまで駆り立てる? 見たところ地元の人間ではなさそうだが」

「一人の剣士として、お前たちの蛮行を見過ごすわけにはいかないからな」

「本当にそれだけか?」


 薄気味悪い笑顔でルジャンドルが問い掛ける。嘘とは思えないが、それが全てとも思えなかった。普通の剣士が魔剣士に挑むとなれば、相当な覚悟と闘争心が必要となる。縁もない地を救いたいという正義感だけではその理由としては弱い。もっと個人的な、自身の構成要素とでも呼ぶべき理由が存在するとルジャンドルは睨んでいた。


「俺には復讐したい相手がいる。奴は魔剣士を狩る魔剣士だ」


 ジェロームは感情が昂っていた。ダミアンとの対峙を除けば、魔剣士と戦うのはこれが初めての経験だ。己の覚悟を言葉で示した。


「魔剣士狩りに復讐だと? 想像以上の命知らずだな。あいつは化物だ。自ら進んで関わろうなんてどうかしてるぜ」

「奴を知っているのか?」


「まだ魔剣を手に入れる前の話だが、俺が所属していたヴィルシーナという武装集団はあいつのせいで壊滅した。かしらを筆頭に多くの魔剣士が所属していたにも関わらず、その全員があいつと仲間の女に殺されたんだ。頭の強さは人間を超えていた。そんな頭を倒したあいつは本物の化物だよ」


 リドニーク領を恐怖で支配していた魔剣士ヂェモン率いる武装集団ヴィルシーナ。魔剣士狩りのダミアンと美しき復讐者ベニオの活躍により、組織の中核を担う魔剣士が全滅し組織は壊滅。蛮行の限りを尽くしていた構成員の多くも死亡、ないしは身柄を拘束されたが、混乱に乗じて一部の兵がリドニーク領を脱出。ルジャンドルもその一人であった。


 大勢の魔剣士を抱えるヴィルシーナにおいて、ルジャンドルは大した特徴もない雑兵の一人であったが、運命の悪戯かヴィルシーナ壊滅後、放浪の旅を続ける中で魔剣と出会った。これを手にすれば自分も魔剣士狩りに目をつけられてしまう。ヂェモンやヴィルシーナの末路を目の当たりにしているだけに、それがどれだけ危険なことかは理解していた。それでも、魔剣のもたらす強大な力の誘惑には抗えなかった。末路を知ると同時に、ヴィルシーナの魔剣士たちがどれだけ怪物染みていたかもよく知っていたからだ。


「魔剣士であるお前から見ても、奴は化け物なんだな?」


「ああそうだ。魔剣の力で気が大きくなったことは否定しないが、それでも魔剣士狩りと生前の頭にだけは、どう足搔いても勝てる未来は視えない。砦に居ついて早二カ月。少々派手にやり過ぎた。魔剣士狩りが現れる前に、近々にこの土地も離れるつもりだ。点々とした先で悪行を働く分には、そうそう魔剣士狩りには鉢合わせしないだろう」


 強大な力を得て自信過剰となる魔剣士が大半の中、消極的な姿勢のルジャンドルは珍しいタイプであった。自分以外の魔剣士を多く知るからこそ冷静な分析が出来る。一方で私欲を満たすための殺人や略奪を自重するつもりがない辺りは、己の狂気に忠実な魔剣士らしい。


「そうか、ならば尚更こんなところで負けてはいられないな。お前の言う化け物を倒すのなら、お前如きに遅れを取ってはいられない」

「言ってくれるね。まあいい、部下たちが戻るまでの暇潰しぐらいにはなりそうだ」

「部下たちだと?」


 砦に攻め入った時から違和感はあった。砦の正門で何人かは相手にしたが、それ以降は一度も賊に出くわすことなく、首魁のルジャンドルの下まで辿り着いてしまった。いかにルジャンドルの一強体制とはいえ、周辺の町々に定期的に略奪を行う以上、配下には相当数の賊を従えているはずだ。砦内で遭遇した賊は明らかに数が少ない。


「お前、どの方角から砦に来た?」

「西のプレザンから」

「そうか、ならちょうど行き違いになったんだな。今日はプレザンを襲撃する予定でな。三十人ほど向かわせた。とっくに襲撃は始まっているはずだ」


 ジェロームの表情が見る見る青ざめた。砦内に賊の数が少なかった時点でどうしてその可能性に思い至らなかったのか。己の判断を呪う。


「目に見えて動揺しているな。町に連れでも残して来たか? 女だったら災難だな。俺の部下はケダモノ揃いだ」


 エーミールの顔が頭に浮かび、ジェロームは身を翻しプレザンの町へ戻ろうとするが。


「勝手に乗り込んできておいて、自分に都合悪くなった途端に背を向けるというのは、流石に不躾が過ぎるぞ」


 ルジャンドルが投擲したダガーナイフがジェロームの頬を掠め、赤い線を引いた。ルジャンドルは生きてジェロームを砦から出すつもりなどない。悔しさに奥歯を噛みしめながら、ジェロームは足を止めるしかなかった。


「町に戻りたいのなら俺を倒してから行くんだな。運が良ければ間に合うかもしれないぞ」

「上等だ。お前を殺し、町も救ってやるよ」


 ルジャンドルを倒さなくてはいけない理由が増えた。ただ倒すだけでは駄目だ。エーミールや町を救うためには速攻でルジャンドルを仕留めなければいけない。ロングソードを正眼で構え、ジェロームは眼光鋭くルジャンドルを見据えた。


「せいぜい退屈させるなよ。魔剣士狩りやヂェモンの頭には及ばずとも、俺も相当強いぞ」


 嗜虐的に笑ったルジャンドルが腰に差した魔剣を抜いた。鍔のない両刃の長剣で、刀身は黒く、両刃は赤銅という独特な色味をしている。魔剣の源たる魔石は柄頭の部分で怪しく輝いていた。


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