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魔剣士狩り  作者: 湖城マコト
狂気の剣士の章
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殺戮の果てに

「不死身かなんだか知らねえが、殺し続ければいつかは死ぬだろう」


 片腕を失った兄に代わって弟のコルが先行して仕掛けた。体を捩って右手のリング状の刃に回転をかけ、ダミアン目掛けて投擲。それを追いかけるようにして、左手のリング状の刃を手元で器用に回転させながら自身もダミアンへと迫る。投擲との二重攻撃だ。


 ダミアンは迫るリング状の刃に臆さず、持ち前の俊足でコル目掛けて突っ込んだ。正面から迫った刃を左手で強引に払う。中指から小指にかけて指が三本飛んだが、顔色一つ変えずにそのまま突き進む。


「おいおい、面白い真似するじゃねえかよ! だが、これならどうだい?」


 指の負傷をものともしないダミアンを賞賛しながら、コルは作戦を変更して左手のリングもその場で投擲した。流石に今回は刀身で弾くだろうと予測したが。


椀飯振舞おうばんぶるまいだな、おい」


 ダミアンは負傷した左腕を惜しみなく使い、今度は手首を使って骨の固さでリングを払う。この防御行動で左手首は骨まで断たれ、辛うじて筋肉と皮だけで繋がった状態となった。激痛も出血も意に返さず、ダミアンの刺突の勢いは止まらない。


「手負いだからと俺を侮るなよ」


 ダミアンのがら空きの背中目掛けてドラコが蛇腹剣を伸ばした。強烈な伸縮で切っ先は直ぐにダミアンへ追いつき背中を切り裂いたが、それでもダミアンの勢いは止まらない。


「おいおい。本物の化物かよ」


 強烈な攻撃を次々と受けながらもダミアンの速力は衰えず、ついにコルを間合いに捉えた。乱時雨を握る右手を引き、刺突の構えを取る。


無礼躯ブレイク

「あぶね!」


 咄嗟に右方向に飛び、刀身は微かにコルの脇腹を裂くに留まった。致命傷には至らない。はずだった。


「なにっ!」


 突如左足に激痛が走り、コルは堪らずその場に膝をついた。左足の脛の感覚がおかしい。確実に砕けている。しかし、攻撃の正体が分からない。


「鞘?」


 視界の端に捉えたのは、ダミアンの左手に握られた鞘であった。刀身は確実にかわした。ダミアンの持ち物で打撃武器となり得るのは鞘以外にない。刺突で通過した瞬間、咄嗟に左手で鞘を抜いて足元を狙ったのだろう。


「お前何で。左手は使えないはずだろう」


 咄嗟の判断ではあったが、片手を失った左側からは追撃が来ず、より回避に適しているだろうと判断してコルはそちら側へ飛んだ。そのはずだったのに、ダミアンは再起不能のはずの左手を使い、攻撃まで加えて来た。状況に理解が追いつかない。


「このぐらいでないと、不死身は務まらないだろう」

「なるほど。確かにそうかもな」


 ダミアンは右手の乱時雨で、脛を砕かれ身動きが取れなくなったコルの首へと狙いを定める。


「器用な真似をする。これはもう間に合わないな」


 ドラコが離れた位置から蛇腹剣を伸ばして妨害を試みたが、ダミアンが左手の鞘に回転をかけてノールックで投擲。真横から迫った蛇腹剣の刀身を弾き返した。伸縮する武器ゆえに、即座に次の攻撃に転じることが出来ない。


「悪い兄貴。先に逝くわ」


 苦悶の死相には程遠い。満足気な表情を浮かべたまま、コルの首が飛んだ。

 殺戮者として、コルは自らの死に対してもどこか達観していた。たくさんの殺しを経験出来ても、死を経験出来るのは生涯一度きり。その機会の到来を楽しんでさえいた。殺しとは生きるということ。それ故に自らの死さえも恐れはしない。


「……理不尽な話だ」


 感情に声を震わせながら、ダミアンはコルの返り血に塗れた乱時雨の切っ先を兄のドラコへと向けた。


「まさかコルの方が俺よりさも先に逝くとはね。満足そうだったし良しとしようか」

「目の前で弟を殺されても、感情一つ乱さないのだな」


「そうだね。殺戮者には殺戮者なりの分別というものがある。大勢の命を奪っておきながら、身内や自身の命が失われることを悲観するのは真摯ではないだろう。だけど、感情一つ乱さないという点は訂正させてもらおう。コルの死を受けて俺の中には一つの細やかな感情が生じている」


「それは何だ?」

「ちょっとした嫉妬だよ。兄である俺よりも先に、俺の知らない死という感覚を得た弟のことが羨ましい」


 他愛ない話を語るかのように、ドラコの言葉は穏やかだ。怒りも憎しみも、失われた腕の痛みさえ感じられない。完全に狂っている。


「さて、始めようか」


 弟は死に片腕も失った。もはや勝ち目がないことは分かっているが、殺戮者としてドラコは最後まで攻撃を続ける。伸ばした蛇腹剣を振り回すが初戦ほどのキレはなく、的確に軌道を見切ったダミアンは一瞬でドラコとの間合いを詰めた。


「奪首」

「あなたの勝ちだよ、魔剣士狩り」


 首が落ちる寸前、ドラコはダミアンに賞賛の言葉を残した。生涯ただ一度きりの死の訪れを最期の瞬間まで噛みしめながら、満たされた表情で自身の血だまりへと沈んだ。

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