その存在は災害
「そういう貴様こそ、何が目的で各地で殺戮を繰り返す?」
「愚問ですね。あなたは生者に、なぜ息をするのかと問いかけるのですか? なぜ食事をする必要があるのかと、そう問いかけるのですか?」
「お前にとって殺戮は生きることと同義であると?」
殺さなければ殺されてしまう。生存のために他者を殺さなければいけない状況は確かに存在するだろう。だが、ドラコの引き起こした殺戮は明らかに彼自身の生存とは無縁にあるし、口をついたその言葉はもっと根本的な、生きるという概念そのものを指しているように聞こえる。
「俺にとってはそれだけ当たり前の行為ということですよ。娯楽と呼ぶには生き方に結びつき過ぎている。快楽と呼ぶにはあまりに理性的で、その行為に対して依存しているわけでもない。もちろん思想や金品の強奪などまったく論外。それはこれまでの殺しからも理解頂けるでしょう。分かりますか? 俺は決して殺しを楽しんでいるわけでも、興奮を覚えているわけでもない。そうあることが俺にとっては自然なのです」
「特別な感慨を抱くでもなく、あくまで殺戮は恒常的であると? だとすれば貴様は生粋の狂人だな」
「俺にとってはこれが普通の感覚なんです。もちろん、いわゆる一般論に当てはめれば自分が埒外なことは理解していますよ。以前、気まぐれにドラコ・コルという名を残したのは、一般の方々に対する俺なりのせめてもの配慮のつもりだ。得体の知れないものが人は恐ろしい。だからこそ恐怖には名前が必要だ」
淀みのない清々しい笑顔でドラコは言ってのける。この場でまともにドラコの演説に耳を傾けることが出来るのはダミアン一人。ドラコにしてみたら下手に気取る必要も、過度な恐怖を植え付ける必要もない。本人がそう言っている以上、それが全てなのだろう。
常人には到底理解不能な思考ではあるが、同時に腑に落ちた部分もある。殺戮が生きるのと同義であり、その行為に悪意や快楽といった感情が存在していないのなら、正真正銘、目的など存在しない行為ということになる。
居合わせた人間がほとんど殺されてしまうことはもちろん、そんな滅茶苦茶な存在だからこそ、これまでその人物像が明らかになることはなかったのだろう。一部で実在を疑い、災厄の比喩とする噂もあったが、ある意味でそれは当たらずも遠からずだ。主義思想や快楽すら伴わず、突然現れてはその土地の人間を殺戮する人間がいるなら、それはもはや殺人鬼ではなく災害に近い。
「なるほど。そうあることがお前にとって自然なら、確かにその行為の善悪を問うことに意味はないな」
人は息を吸うという行為に疑問を抱かない。食事を摂るという行為に疑問を抱かない。睡眠を取るという行為に疑問を抱かない。ドラコという人間は人を殺すという行為に疑問を抱かない。もはやこれは善悪や道徳の話を超越している。
「流石は魔剣士狩りと呼ばれる剣客だ。理解が早くて助かります。その上でお尋ねしますがこれからどうされますか? 俺は魔剣士狩りと呼ばれた剣客との勝負には興味がありますが」
「かかってくるというのなら相手になろう。貴様を見逃し、間接的に大量殺人の片棒を担ぐのは本意ではない」
凶暴な獣を野放しにしておくことは出来ない。少なくともダミアンにそれを阻止するだけの力がある。
「そうこなくては。簡単に死なないでくださいね!」
ドラコがダミアン目掛けて蛇腹剣で刺突した。両者の距離は十メートル以上あったが、蛇腹剣は節と節とが伸縮し増長、伸縮の強烈な勢いを乗せて襲い掛かった。
「安心しろ。私はそう簡単には死ねない」
即座に反応したダミアンは乱時雨の腹で蛇腹剣を受け止めた。勢いで体が仰け反りそうになるがその場で踏み堪え、打ち払うようにして弾き返す。
弾かれて伸縮が不規則に乱れた蛇腹剣を、ドラコは器用に操り再連結。長剣の形で手元に収めた。
「随分と変わった剣を使うな」
魔剣士狩りとして長年世界を渡り歩いてきたダミアンであっても、このような剣と戦った経験は初めてだ。剣の性能だけではない。それを扱うドラコの技量もまた怪物染みている。武器の構造や機工、殺傷能力を考えれば、見た目以上に重量級の武器のはずだ。それをドラコは片手で軽々と振り回し、微細なコントロールで蛇腹剣をしならせ、一撃で大勢を殺傷する技術まで披露している。並の武器でもかなりの戦闘能力を発揮するだろうに、癖の強い剣を自在に操ることで、武器を兵器のレベルにまで昇華させている。
「無銘ですが良い剣でしょう。一度に大勢を殺せるし、伸縮性のおかげで一撃の破壊力も凄まじい。俺のお気に入りです」
褒めたつもりはないのだが、ドラコには賛辞に聞こえたようだ。戦闘中にも関わらず、空いた左手で頬を掻く余裕を見せる。
「時遠弩」
リーチではドラコが勝るが、ダミアンにもリーチの外の相手を攻撃する技は存在する。ダミアンは瞬時に斬撃を放ったが、ドラコは初見にも関わらず斬撃の軌道を読み、冷静な足運びで左に寄って斬撃を回避した。
「驚いたな。まさか斬撃を飛ばす剣士がいるなんて」
驚いたのは本当だが、ドラコは天性の戦闘センスで思考や感情よりも先に体で反応していた。殺しは生きるの同義と語るだけあり、あらゆる感覚が戦いに特化している。
「意外といるものだぞ。私も一人知っている」
一瞬、ダミアンの頭に剣聖と呼ばれる赤毛の女性の顔が浮かんだ。
「それは興味深い。是非その方ともお手合わせ願いたいものだ」
「未来へ思いを馳せるとは、随分と余裕だな」
得意な間合いに持ち込むべく、ダミアンは持ち前の俊足でドラコへと迫る。対するドラコは蛇腹剣を伸縮させず、連結状態のまま両手で握り直した。伸ばした刃を器用に弾かれ、手元へ戻すまでの間に懐に入られる可能性を嫌ったためだ。
「奪首」
地面を一際強く踏みつけてダミアンが爆発的に加速。一気に間合いを詰めて首を取りにかかった。的確にダミアンの動きを目で追ったドラコは、首を狙った上段の斬撃を連結した蛇腹剣で受け止めた。両者顔を突き合わせての鍔迫り合いとなる。
「首という絶対的な急所を狙った一撃。実に殺意が高い」
「疑岩斗」
ドラコの弁舌には耳も傾けず、ダミアンはすかさず左手で鞘を抜き、乱時雨の峰へと強烈に押し付け圧力を増す。均衡が破れ、ドラコの蛇腹剣が押し負ける。
「鞘を攻撃に用いるとは面白い」
「何?」
不敵に笑った瞬間、ドラコは咄嗟に身を屈め、同時に蛇腹剣の連結を緩めた。一身に受け止めていた圧力が突如分散し、圧力をかけていたダミアンは前のめりにバランスを崩す。そこをすかさずドラコが低姿勢のまま足払い。ダミアンは咄嗟に片膝をつき転倒は免れたが、体勢で有利だったドラコの方が次の行動が早い。
「これで終わりですよ。魔剣士狩りさん」
ドラコの蛇腹剣が至近距離で伸び、切っ先がダミアンの腹部へと深々と突き刺さった。伸びる刀身の勢いは止まらず、刺さったダミアンの体ごと十メートル以上進み、半壊した屋台へと突っ込んだ。激しい土煙にダミアンからの出血が混じる。




