時の軛から外れた者
「過去の記録に変化はなし。過去の私は問題なく奴を排除したようだな」
ルベンが過去に飛んだ後、ミリアルド商会を後にしたダミアンは、連日通っている図書館へ足を運んでいた。祭の日に発見された、一連の殺人事件の犯人と思われる身元不明の男の遺体はこれまでの歴史通りに発見されている。これこそが過去へ飛んだルベンの顛末だった。
躊躇なくあの日に飛んだことから、ルベンはあの死体が自分を指しているとは、夢にも思っていなかったようだ。見知らぬ誰かが一連の事件の犯人扱いとなり、好都合だとさえ思っていたのかもしれない。
商店から出て来たルベンの顔を見た時はダミアンも内心驚いた。十五年前に返り討ちにした魔剣士と瓜二つの容姿だったからだ。自身の記憶と事件の記録との齟齬。一夜にして変わってしまった商店の店主の運命。この町で起こった様々な異変を調べていく内に、十五年前に魔剣士の遺体から入手した、自身の筆跡と似た文章の意味に気付き、ダミアンの中で情報が符合した。
実在するのかも定かでなかった時流断剣テンプスピラ。それが今回の事件に関わっているとすれば、全ての事象に説明がつけられる。ダミアンが関与しなければルベンは歴史改変という究極の完全犯罪をこれからも繰り返したことだろう。時の軛から外れたダミアンのような存在が現れたことが、ルベンにとっては最大の誤算だった。
「まさか、本当に私の筆跡だったとはな」
ダミアンは胸ポケットから、十五年前にルベンの遺体から入手した血で汚れた文章を取り出した。この文章の存在が、ルベンを確実に殺す術を教えてくれた。
自由に時を行き来するルベンを確実に殺すことは難しい。だが、ルベンと十五年前に返り討ちにした魔剣士が同一人物であることに気付いたダミアンには、ルベンを殺したという経験則が存在する。ならば下手に現代で殺すよりも、過去の自分にまかせた方が確実に殺せる。そこでダミアンは一計を案じた。
あえてルベンと会話の機会を設けて、自分が十五年前にもこの町にいたという情報を開示した。次にルベンに危機感を与えるべく、高圧的な反応を見せた。いきなり切りかかるのではなく、胸ぐらを掴んで一度揉みあったのは、ルベンのスーツに直筆の文章を忍ばせるためだ。あれが無ければ、現代でダミアンが再びオルディナの町を訪れる理由が無くなってしまう。
元々の紙は血の汚れと経年劣化で文字が見づらくなっていたので、文章は新しく用意した。
そこから先はもう流れ作業だ。ルベンが逃走など考えず、目の前の驚異を予め排除しておかなければと確信するよう、最大限の殺意を持って襲い掛かった。そして、全てはダミアンの計画通りとも知らぬルベンは、愚かにも十五年前の祭の日に飛び、当時のダミアンを襲撃して返り討ちにあった。何も事情を知らない時期の標的を狙うという発想自体は悪くなかった。だが、それを実行するには両者の間にあまりにも実力差があり過ぎた。
「これはもう不要だな」
過去の記録によってルベンの死は確認された。図書館を後にしたダミアンは海辺へ移動、マッチに点火して、十五年間持ち続けた直筆の文章を燃やした。自分の書いた文章が時を越えて過去へ渡り、そして時の流れと共に元の時代を迎えた。何とも奇妙な感覚だ。
悠久の魔剣士狩りの旅の中で様々な魔剣と相対してきたが、歴史改変などという、ここまで特殊な事例に出くわす機会など、後にも先にもこれが最後であると信じたい。魔剣の力は人の身には過ぎたものだが、時流断剣テンプスピラのそれは度を越えていた。私欲を満たさんとする一般人が使い手だったことからこの程度の被害で済んだが、これが例えば凶悪な暴君の手にでも渡っていたら、誇張を抜きに世界がひっくり返っていたかもしれない。
「そういえば今日は祭だったな」
夕暮れ時を迎え、オルディナの夏祭りの開催を告げる花火が立て続けに打ちあがった。間もなく町の大通りを、様々な海洋生物を模した山車が練り歩く予定だ。
十五年前は事件の調査とルベンとの戦闘でそれどころではなかったが、幸いにも事件は解決した。今回は祭を見てから町を立ち去ることにダミアンは決めた。
逆行する暗流の章 了
狂気の剣士の章へ続く。




