逃走
「この町に到着する以前に起こった異変ゆえに、当時の副町長だったジャンマリオ殺しについての詳細を私は把握していない。どうして彼は殺されることになった?」
「確かにジャンマリオさんの件については、理由まで推察することは難しいでしょう。他の殺しと違って、分かりやすい形で弊社の利益となったわけではありませんからね。彼の殺害を決意したのは、現代では一カ月程前にあたります。本来の歴史では彼は現在のオルディナの町長を務めていましてね。彼が制定させようとしていた新たな条例が、弊社の今後の事業展開に悪影響を与える可能性が懸念されました。危険の芽は早めに摘んでおこうと考えたのです。現在は別の人間が町長を務めていますが、ジャンマリオさんの考えた条例は独自色が強いものだったので、同じ、ないしは似たような条例が制定される気配はありません。町長が不審な動きを見せるのなら、また過去に飛んで首を挿げ替えるまでですがね」
「未来の不利益に繋がったから過去で殺したというわけか。どうりで過去の資料を読み返しても動機に行きあたらないはずだ」
本人の証言により、唯一の謎だったジャンマリオ殺しもルベンにとっては利益に繋がっていたことが判明した。疑問も晴れたところでダミアンからの質問はこれで終わりだ。
「大切な秘密を打ち明けたのです。私からもお話しをよろしいですか?」
「何だ?」
相手は自由に過去や未来へ飛ぶことが出来る。慎重に事を進めなければ永遠に足跡を辿れなくなる。ダミアンは流れに身を任せ、ルベンの出方を伺うことにした。
「私があなたをお通ししたのは、歴史改変前の記憶を有するあなたに興味を抱いたからだ。あなたなら、私の良き理解者となってくるのではないかとね。殺人という大きな秘密を打ち明けたのも私なりの誠意のつもりです」
期待に目を輝かせ、ルベンは向かい合うダミアンの手を取った。
「魔剣の力で過去に飛び歴史を変えても、そのことを知るのは使い手である私一人だけ。従業員や町の住民は歴史が変わったことさえ知らない。誰とも秘密を共有できない。誰とも苦労を分かち合うことが出来ない。魔剣の力を得てから私はずっと孤独でした。だけどそんな私の前に、歴史改変前の記憶を有するあなたという人間が現れた。運命めいたものを感じずにはいられません」
「私にどうしろと?」
「簡単な話です。良き理解者として、私と手を組んではくれませんか?」
魔剣士狩りのダミアンにとって噴飯ものの提案だったが、ルベンの眼差しは真剣そのものだ。重要な商談に臨む商人の気迫を感じる。
「時代を飛べるのは私一人ですが、歴史改変前の記憶を有するあなたの存在は心強い、やれることはかなり増えるはずです。計画はより綿密になるし、私の能力を把握するあなたがいれば、例えば未来での連携といったこれまでにない活動も可能となるでしょう。オルディナでの商売だけに留まらない。二人でならもっと大きな事を成し遂げることだって出来る」
未来への天望に思いを馳せ、ルベンの言葉が熱を帯びてくる。熱意はきっとダミアンにも伝わっているはずだ。合理的かつ魅力的なこの提案に乗らないはずがない。秘密を共有できる可能性がある。その一点だけで、ルベンは出会ったばかりのダミアンを信じて止まなかった。これもまた、魔剣の狂気がもたらす一種の妄執なのかもしれない。まともな思考をしていれば、ダミアンのような人間に協力を求めたりはしない。何故なら彼は魔剣狩りという物騒な通り名を名乗り、刀を手に入室しているのだから。
「笑わせるなよ。狂気の魔剣士が」
流石にこれ以上は好き勝手に言わせておくつもりはない。ダミアンはルベンの手を振り払い、強引にルベンの胸ぐらを掴み上げた。
「な、何で。あなたは私の理解者足り得る人間のはず」
ダミアンにとっては平常運転だが、ルベンにとってそれは豹変と写った。情けなく声を上ずらせる。
「私は魔剣士狩りだ。ここへはお前を殺すためにやってきた。話を聞いてやったのは魔剣の能力と事件の真相を探っていただけに過ぎない」
「ふ、ふざけるな! 私の期待を裏切りやがって」
ルベンがダミアンの腕を振り払い、二人の体がよろけた。ルベンのスーツも大きく乱れる。襟を正して顔を上げた瞬間には、ダミアンはすでに乱時雨を抜刀していた。
「お前の道はここで終わりだ」
ダミアンは刺突の構えを取ってルベンの心臓へと狙いを定める。戦いは素人であろうルベンでも、明確な殺意を感じ取っていた。脅しなどではない。このままでは殺されてしまう。
「お、お前は選択を誤った。偉大なる私の提案を跳ねのけたことを後悔させてやる!」
ルベンは慌てて時流断剣テンプスピラを手に取った。次の瞬間、ルベンの体がまばゆい光に包まれていく。
「無礼躯」
「向こうで会おう! 魔剣士狩り!」
ダミアンの強烈な刺突が直撃する寸前、ルベンの姿がその場から消失。標的を失った刺突は虚空を切り、勢いそのままに社長室の壁に深々と突き刺さった。
「さてと、後は任せたぞ」
ダミアンは壁から乱時雨を引き抜くと静かに納刀。自身の勝利を確信した。




