時流断剣テンプスピラ
「突然の来訪に対応いただき感謝する」
「視察を控えていたのだが、急遽予定を取りやめたよ。あなたは最優先で応対せねばいけない来客のようだ」
ダミアンはミリアルド商会の社長室で、社長のルベンと向かい合っていた。アポなしの突撃訪問ではあったが、ダミアンが入り口で「たったの一日で商店をレストランに化けさせるとは恐れ入る」と、社長のルベンに言伝するように言うと、言伝を受けたルベンは直ぐに面会の席を設けてくれた。町の誰もが疑問を抱かぬ異変を始めて指摘してみせた謎の来客を無視はできない。しかしながらルベンの穏やかな口調には、警戒心よりも好奇心の方が勝っている印象だ。
「一応、言伝の意味を伺っても?」
「私にとっての事実をありのまま告げただけだ。一昨日と昨日、私は確かにあの商店で新聞を買ったが、朝目覚めたら購入したはずの新聞が消え、商店があった場所にはミリアルド商会の経営するレストランが建っていた。因縁については昨日、店主本人から聞いている。お前、歴史を変えたな?」
「驚いた。まさか歴史を改変しても、改変前の記憶を有する人間が私以外にも存在するとは。あなたは一体何者ですか?」
歴史を改変したというとんでもない事実をルベンはあっさりと認めた。それよりも、自身と同じ感覚を持つ人間との出会いに興奮の方が高まってきている。
「魔剣士狩りのダミアンだ。記憶の保持については想像の域は出ないが、私は少々変わった体をしていてな。あるいはそのせいなのかもしれない。もっとも、十五年前の祭の時期にこの町を訪れていなければ、私とて違和感を覚えることはなかっただろうが」
歴史改変などという特殊な事態に巻き込まれた経験などないので、ダミアンにも確かなことは分からないが、乱時雨の力で不老不死となったダミアンは言わば、時の軛から外れてしまった人間だ。何者かによる歴史改変が行われようともその渦には飲まれず、自分の見聞きしたものは、現在の歴史と異なっていようとも残り続けていたのかもしれない。心当たりがあるとすればそのぐらいだ。
もちろん、歴史改変前の記憶を有していようとも、比較対象を持たねばそもそも歴史が変わったことにさえ気づかない。ダミアンが十五年前にもこの町で事件の調査をしていなかったら、ルベンの歴史改変は一切の障害なく、今後も円滑に進んだことだろう。
「なるほど、体質とやらは私にはよく分かりませんが、実際にあなたが記憶を有している以上はそういうことなのでしょう。肩書から察するに魔剣についての知識も相当深そうだ」
「それなりにな。そこに掛けられた大そうな代物は、過去、現代、未来を自由に行き来する規格外の魔剣。時流断剣テンプスピラだろう」
「ご名答です。銘まで言ってのけるとは恐れ入る」
部屋に入った瞬間から、大切に壁に掛けられた独特な形状をしたテンプスピラの姿は視界に入っていた。一言で言い表すならその形状は、六時ちょうどを示した時計の針だ。刀身の部分は時計の長針に似て鋭利で細長く、握りは逆に時計の短針を思わせる。軸の部分は円形で、魔石と思われる紅玉が埋め込まれていた。
時流断剣テンプスピラはかつての大戦にも使用されたと考えられるが、歴史改変を可能とするその規格外の能力故に、公的な記録は残されておらず、その能力と名前だけが半ば伝説的に残されているばかりだ。存在するのかどうかも半信半疑の魔剣であったが、一連の出来事は存在を確信するに十分だった。
「お前はそのテンプスピラの能力で過去に飛び、現代の自分にとって不都合な人間を殺すことで、現代を好都合なものへと変えていったな。ひょっとしたらお前の体感では、現在の地位についたのは比較的最近のことではないのか?」
「絡繰りを見抜いたあなたに対して言い逃れは無意味でしょう。正直にお話しします。私が魔剣を手にしたのはほんの半年前のこと。本来の歴史では未だに父が健在で、私は存在感の薄い事務員に過ぎなかった。事業規模も今とは比べるまでもありません。私ならもっと上手くやれたのにと、ずっとそう思っていた」
「なるほど。時系列的には一番最後の殺人だったレオニダ殺しが、魔剣士としてのお前の最初の犯行だったということか」
「はい。過去で父を殺して戻ってきたら、私が社長の座についていましたよ。父が死んだ直後、私は十四歳で会社を継いだことになったようです」
自由に時代を行き来することが出来るテンプスピラの能力ならば、殺しの時系列などまるで意味を成さなくなる。過去に飛んで最初に殺したのが父のレオニダであっても、その直近の過去に戻って何度か犯行をすれば、歴史上は連続殺人の最後の事件という扱いになる。
「連続殺人の舞台を十五年前にしたのは、留学中でその時代のお前がオルディナの町に在住していなかったからだな」
「そこまで把握していましたか。当時の僕には犯行が不可能であることの証明の他に、魔剣の特性も影響していましてね。過去や未来で、その時代を生きる自分と遭遇すると予測不可能な事象が起きるそうで。最悪私という存在が消滅してしまう可能性さえある。当時の私が留学している時期を選んだのは、リスク回避の意味合いの方が強いですね」
「起きるそう、か。まるで誰からか助言を受けたような物言いだ。お前も魔剣を譲り受けた口か?」
「ええ。名前は知りませんが、偶然知り合った商人風の人物から『この剣は君に相応しい』と言われましてね。始めは意味が分かりませんでしたが、実際に使ってみてその意味がよく分かりましたよ」
ここでもやはり、魔剣を譲渡して回る謎の人物の存在が見えた。しかし、目撃情報はあっても、誰もが名前や顔の印象については語らない。ここまで来ると何らかの隠密性を感じずにはいられない。ルベンが魔剣を手にして半年以上が経つのなら、今から素性を追うことは難しい。
「トリスターノ殺しは、彼の死去で弱体化したトリスターノ商会をまるごと吸収するため。ダルマツィオ殺しは、工場建設に適した土地を円滑に手に入れるための犯行だな」
「本来の歴史ではトリスターノ商会は今でも繁栄を誇っていましたからね。商売敵の排除と弊社の強化を同時に行えたあの仕事は完璧でした。ダルマツィオさんに関しては、本来の歴史では長生きされて未だにご健在でね。頑固さは変わらず土地は今でも彼が所有し続けていた」
「商店の店主殺しは些か早計にも思えるが? あくまで現代で交渉は進めていたのだろう」
「そうですね。自由に行き来出来るとはいえ、過去で殺人を犯すことにそれなりの労力とリスクを伴います。現在の商会には財力がある。お金で解決できる問題ならばそれに越したことはないというのが私のスタンスですが、ダルマツィオさんの件の経験則から、強い意志の下に反対している人間の心をお金で動かすことは難しいと理解していましたので。ご店主の場合は過去に戻って殺した方がより効率的だと判断しました。親戚との交渉も円滑に進み、本来の歴史よりもかなりお得に一帯の土地を手に入れることが出来ました。レストランの経営も順調で、ミリアルド商会の利益は右肩上がりです」
ルベンにとって過去に飛んで人を殺すことはあくまでビジネスらしい。私情が絡んだのは父親を殺して自身が社長の座についた最初の事件だけで、それ以外の犯行に私怨はなく、あくまでミリアルド商会の利益のためだけに殺人を犯している。穏やかなやり取りこそが、ルベンの狂気を存分に感じさせた。




