異変
「確かにここに置いておいたはずだが」
翌日の早朝。宿屋のベッドで目覚めたダミアンは、直ぐに部屋の中の違和感に気がついた。机の上に置いておいた、読みかけの新聞が消えていたのだ。宿の人間が客の就寝中に勝手に部屋を検めたとも思えないし、そもそも常に警戒を怠らないダミアンが、例え就寝中だったとしても、何者かの侵入に気付かぬはずがない。窓は締め切っており、風にさらわれたという可能性もない。新聞は就寝中に忽然と姿を消してしまった。
自前の旅行鞄を調べてみると、処分前だった一昨日の新聞もどこかへ消えていた。もちろん旅行鞄には物色された形跡などない。
「何かが起きていると考えた方が自然か」
過去にオルディナの町で起きた連続殺人の内容と、自身の記憶とに齟齬があることが無関係とは思えない。他にも何か異変が起きていないか確かめるため、ダミアンはジャケットに袖を通して町へと繰り出した。
※※※
オルディナの町を歩いて回ると、喧噪もなく、平穏な日常が流れていた。何か大きな事件が起きた様子などないが、大通りに差し掛かると、昨日までとは明らかに様子が異なる場所が存在していた。
「流石に展開が早すぎるな」
情報収集のために連日通っていた商店が無くなり、昨日まで商店が建っていた場所は、モダンな造りのレストランへと変わっていた。看板にはミリアルド商会のエンブレムが見える。確かにミリアルド商会のルベンはこの土地を欲していたが、交渉が進まず、昨日までは商店が建っていた場所に、翌日レストランが建っているというのはあまりに現実離れしている。加えて建物の外観を見るに、昨日今日に建てられた物ではなさそうだ。
「失礼。少し聞きたいことがあるのだが」
ダミアンは大通りに店を構える花屋の老婦人に声をかけた。長年この場所で商売をしている人物ならば、事の経緯を把握しているかもしれない。
「レストランのある場所には以前、商店が建っていなかっただろうか?」
「お兄さん、若いのによく知っているわね。確かにあそこには商店が建っていたわよ。もう十五年も昔の話だけどね」
「十五年か。店主の男性は今どうしている?」
「あら、その様子だと知らなかったのね。店主のマウロさんも十五年前に亡くなったわよ。ほら、例の連続殺人事件で。後継者もいなかったからお店もそのまま閉じることになってしまってね」
ここまで明確な異変が起きたことに驚く一方で、昨日と一昨日の新聞が消えてしまった理由に合点がいった。商店は店主の死亡により、十五年も前に閉店している。ならばダミアンが一昨日と昨日、商店で新聞を買うことは不可能になる。ダミアンにとっては大きな変化だが、今のオルディナの町においてはこれが正しい歴史なのだろう。
「あのレストランは何時から?」
「確か、五年ぐらい前だったかね」
「何かトラブルが起きたりは?」
「記憶にないね。ミリアルド商会のルベンさんが一帯の人達と直接交渉をして、マウロさんの土地は確か、彼の親戚から承諾を得たのだったかしら。交渉は終始円満に進んだはずだよ。けど、それがどうかしたのかい?」
「いいや、大したことではないんだ。話を聞かせてくれてありがとう」
老婦人にお礼を言うと、ダミアンはその足で図書館へと向かった。
※※※
図書館で改めて十五年前の事件を調べ直すと、昨日までは四人だった被害者の数が、商店経営のマウロを加えた五人に増えていた。
時系列的には、ジャンマリオ殺害後、レオニダ殺害以前に発生している。マウロは夕刻に一人で店を閉めていたところを突然何者かに襲撃され殺害。その後犯人は血塗れの凶器を握ったまま大通りへと出て、大勢の目撃者の目の前で忽然と姿を消している。これまでの犯行と比べると、事件後の動きがより作為的だ。連続殺人であることをあえて自ら主張したとも考えられる。
念のため、他の事件にも改めて目を通してみたが、マウロの事件以外に新たな記述は存在しないようだ。
事件後。マウロの土地がどうなったかは花屋の老婦人が話してくれた通り。新たに追加された事件の被害者の死もまた、ミリアルド商会のルベンにとっての利益に繋がっていた。歴史が、彼にとって都合の良い出来事に書き換えられている。
町の住民や公式記録さえも疑問に思っていないが、ダミアンにとっては昨日、マウロとルベンの因縁を目撃した直後の出来事だ。あまりにも状況が出来過ぎている。
「魔剣の能力には察しがついたが、どうやって奴を倒せばいい」
今回の事件を引き起こした魔剣がダミアンの想像通りの代物だとしたら、魔剣士を確実に仕留めることは至難の業だ。一度逃走を許してしまえば、魔剣士狩りのダミアンとてその足跡を辿ることは不可能。接触する前に、確実に仕留める方法を考える必要がある。
「付箋か」
思考を続けながら手持無沙汰に当時の事件の記録をパラパラとめくっていると、過去に記録を閲覧した誰かが挟めたらしい、付箋に指が触れた。付箋のページに記された情報はダミアンにとって重要なものではなかったが、改めて内容を読み返したことで一つの可能性に行き着いた。
「商店の店主の事件以外、情報が更新されていないということは、あの事件にも変化はないということか」
ダミアンはポケット越しに、十五年前にオルディナの町で拾った、十五年後の日付が記された紙へと触れた。下手に策を講じずとも、運命はすでに定められているのかもしれない。




