十五年前の殺人
期待通り図書館には、十五年前に発生した連続殺人事件についての記録や当時の新聞記事が残されていたが、その内容はどれも商店の店主の発言と矛盾せず、同時にダミアンの記憶と矛盾するものであった。
事件は十五年前の冬に起きた、商人のトリスターノ殺害事件に端を発する。トリスターノは手広く事業を展開するやり手の経営者であり、オルディナの町を代表する商人として栄光を極めていた。しかし彼は商談からの帰り道、突然現れた男に剣で切り付けられて死亡。目撃者の証言によると、男はトリスターノを殺害した直後に一瞬でその場から消えたという。
トリスターノに跡継ぎはおらず、ワンマン経営だったこともあり経営体制は瓦解。繁栄を極めた商会は一気に弱体化した。
春先には、オルディナに多くの土地を所有する資産家のダルマツィオが、自宅の庭で殺害された。使用人が屋敷で家事をしていたところ、庭からダルマツィオの悲鳴が聞こえ、駆けつけてみると、変わった意匠の剣を持った男が、逃走する素振りもなくその場から突然姿を消したという。
当時、ダルマツィオの所有する土地は立地などから価値が高く、多くの売買の話が持ち上がっていたそうだが、ダルマツィオはどの話にも首を縦に振らなかった。彼の死後、土地は長男が受け継いだが、父とは対照的に長男は土地売買の話に積極的で、一部の土地は売買契約が成立したという。
ダルマツィオの事件から僅か二週間後。今度は、当時のオルディナの副町長だったジャンマリオが殺害された。業務を終えて自宅への帰宅途中に路上で襲撃され、悲鳴を聞いて路上を覗き込んだ近隣住民が、その場から一瞬で人影が消えたことを証言している。
この事件だけがダミアンの記憶と矛盾している。当時、魔剣士が関係していると思われる事件は全て調べたが、こんな事件は存在していなかった。住民への聞き込みでも同様だ。町の副町長という要人が殺害された事件が話題に上がらないはずがないし、この事件だけまったく異なる時期に発生したならまだしも、二件目の事件と近い時期に発生し、犯人の様子など類似点も多数。住民の記憶や公式の記録にも残されているにも関わらず、当時一連の殺人事件を調べたダミアンだけが記憶していない。これはあきらかにおかしい。
初夏に起きた第四の事件。海運業のレオニダ殺害。夏祭りが近づき、実行委員の一人として会場の視察を行っていた際に襲撃された。この事件ではレオニダの部下だった船乗りが果敢に犯人に斬りかかったが、またしても犯人は一瞬でその場から姿を消し、刃は虚空を切ったという。レオニダの死後、海外留学をしていた子息が緊急帰国しあとを継いだ。一時は勢力が衰えたが着実に業績を回復し、現在では町を代表する大商会へと成長を遂げている。この事件こそがダミアンの記憶では三件目の犯行となっている。
その後、事件は夏祭りの日に急展開を迎える。路地裏で観光客が男性の遺体を発見し通報。捜査の結果、男の握っていた剣の形状がこれまでの被害者の傷跡と一致した。男は町の人間ではなく、その身元は現在まで判明していない。男の体には切り付けられた後があり、第三者がその場にいた可能性が浮上したが、死亡時の状況の解明には至らなかった。
謎の多い事件ではあったが、死亡した身元不明の男が一連の殺人事件の犯人であると結論付けられ捜査は終了。以降、同様の手口の犯行は発生していない。事件はオルディナの町ではすでに過去の出来事だ。
「十五年が経った今になって、再びこの町で何かが起きているということか」
ダミアンはスーツのポケットから、赤黒く汚れた一枚の小さな紙を手に入れた。十五年前にオルディナの町で手に入れたこの紙には、「十五年後の夏祭りの時期に再びオルディナの町を訪れろ」と、そう記されている。
現在進行形で何かが起きているという情報を掴んだわけではない。ただ、この紙にそう書かれていたからダミアンは十五年ぶりにオルディナの町を訪れた。一見すると意味不明だが、筆跡を見るに無視は出来ない。この文章の内容は、自身の記憶と町の記録との齟齬と無関係には思えない。




