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魔剣士狩り  作者: 湖城マコト
影追いの章
112/166

その名がどこまでも届くように

「心より感謝を申し上げる。本当に何とお礼を言ったらよいか」


 魔剣士討伐の報告を受けたロカンクール市長は安堵の溜息をつき、何度も何度もダミアンに頭を下げた。連続殺人鬼の驚異に怯える市民のことを思い、藁にも縋る思いで居場所も知れぬ魔剣士に協力を仰ぐという賭けに出たが、ダミアンを頼って本当に良かった。


「犯人はいったい、何者だったのだろうか?」


「分からない。なにぶん突然の襲撃だったからな。問答する余裕もなく殺し合いに発展した。死に様については最初に報告した通りだ。もはや人の形は留めていない。地面を崩せば肉塊は見つかるだろうが、人相や背格好の特定などもはや困難だろう」


「そうか。動機の解明に至らなかったのは残念だが、そもそも私が魔剣士狩り殿を呼んだのは凶行を止めるため。結果には満足している」


 ダミアンの役目は魔剣士を狩ることであり事件を解決することではない。犯人がウスターシュであったということは結局、報告しなかった。結果論ではあるが、ウスターシュが原型を留めぬ死に方をしたことで個人の特定は困難となった。ダミアン一人が口を噤めば素性不明のまま事は進むだろう。


 これが正しい決断であるとは決してダミアン自身も思ってはいないが、犯人がウスターシュであったという事実はこの都市のためにならないと思った。理不尽ではあるが、結果的に犯行動機となってしまったクロエ、かつて孤児院で保護していた少年が、篤志家として真摯に活動していたダントリクを殺害したという事実。善意を仇で返される形となってしまったダントリクの死。貧富の差が生んだ不満や確執へのさらなる悪影響。どうせ直ぐにソワールを去る後腐れのない人間だ。ダミアンは真実を一人で持っていくことに決めていた。


「魔剣士討伐の報酬だ。お納めください」


 そう言って、ロカンクール市長は用意していた報酬金の入った袋を取り出した。今回のダミアンへの依頼は市長の判断であり、報酬も市長の私財から捻出したものだ。


「魔剣士狩りは私にとって仕事ではなく使命だ。礼などいらない」

「しかし、流石にここまでして頂いて何も礼をしないというのは」

「ならばこれでいいだろうか」


 ダミアンは一度ロカンクール市長から報酬を受け取ると、直ぐにそれを市長へ渡し返した。


「この場で全額を都市に寄付する。あなたは良い市長のようだ。何か、貧富の差を少しでも解消できるような政策の足しにでもしてくれ」


 そう言い残すと、ダミアンは市庁舎を後にした。


 ※※※


「ダミアンさん、よかった、間に合った」

「何も見送りなどいらなかったのに」


 町の正門に差し掛かったダミアンに、息を切らしたクロエが駆け寄って来た。舞台を終えて直ぐに飛び出して来たのだろう。汚さないように衣装だけは私服に着替えているが、髪形やメイクは落とさず、舞台映えする濃いものとなっている。


 主演を見事に演じ切り、舞台は大盛況で幕を閉じた。閉幕直後にクロエは舞台袖からダミアンに渡していたチケットの指定席の方向を見たが、そこにいたのは目を輝かせて絶え間ない拍手を送る少女の姿だった。


 舞台を終えた直後、関係者の間で一連の殺人事件の犯人が討伐されたとの一報が入り、それが市長から発せられた確度の高いものであると分かった。ダミアンは市長の依頼を受けて事件の犯人を追っている。劇場に姿を現さなかったタイミングだったこともあり、ダミアンが解決してくれたのだと直ぐに分かった。


 せめて一言お礼が言いたくてその姿を探したが、気の早いことに、事件が解決したその日の内に彼はソワールを発とうとしていた。


「もう行ってしまわれるのですか?」

「目的は達した。長居する理由はない」


 クロエとも顔を合わせるつもりはなかった。主演舞台の初演の直後とあって、ここまで思い切った行動はとらないだろうと思っていたが、想像以上にクロエは行動派だった。


「せめて一言、ダミアンさんにお礼が言いたくて。犠牲となった方々の仇を討ってくださって、本当にありがとうございました。舞台も無事に開演を迎えることが出来ましたし、ようやくダントリクさんやパスキエ先生の墓前にも、良い報告が出来そうです」


 ダミアンは事の経緯には触れず、「そうだな」と言って頷くだけだった。犯人は死んだ。その事実だけがあればそれで良い。ずっと帰りを待っている兄のような存在が、自分の恩人たちを身勝手な理由で殺したこと。当人もすでに死んでいること。そんな真実を知る必要はない。真実は全てダミアンが遠くへと持っていく。


「ダミアンさんは旅のお方です。名残惜しくはありますが、引き留めようとは思いません。だから、もしまたソワールを訪れる機会がありましたら、今度はぜひ劇場で舞台を御覧になってください。お席をご用意しておきますから」


 あの後、ダミアンの席に座っていた少女に事情を聞いた。直前まで劇場に足を運んでいたこと、急用が出来たからと、舞台に憧れを抱く少女にチケットを譲ってくれたこと。その心遣いはどれも嬉しかったし、一人の少女の夢に少しでも関われたのなら、それはとても光栄なことだった。だけど、ダミアンに舞台を見てもらえなかったことはやはり心残りだ。


「生憎とそれは難しい。私が再びこの町に姿を現すとすれば、それはこの町で不可解かつ凄惨な事件が起きた時だろうからな」

「……そうですか」


 本人に否定されてしまえばこれ以上はどうしようもない。クロエは残念そうに下唇をんだ。


「だが、どこにいても応援はしている」


 出会ってまだ数日しか経っていないが、ダミアンのこの言葉は出会ってから最も優しい声色だった。面を上げたクロエの表情がパッと明るくなる。


「分かりました。ダミアンさんが旅の剣士だというのなら、大陸のどこにいても私の名前が届くような、そんな女優になれるように頑張りますから。そのためにもっともっと努力します。ですから、私の名前を覚えておいてくださいね」

「楽しみしているよ。クロエ」


 激励の言葉に女優の名前を添えると、ダミアンは正門を潜ってソワールの町を後にした。



 

 影追いの章 了


 逆行の暗流の章へと続く。


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