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魔剣士狩り  作者: 湖城マコト
影追いの章
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犯行動機

「影刃スキアステレオンの最も厄介な能力。影追いか」


 ダミアンはウスターシュの一連の回避行動の全てを目で追っていた。ポケットから取り出した魔剣の核、魔石の能力で黒い靄がウスターシュの全身を飲み込むと、水中に潜るかのように、触れていた積荷の影と同化。そのまま回遊魚のように、接する積荷や建物の影を渡り、少し離れた倉庫の影で再びウスターシュが実体化した。


 所有者の肉体に変化を生じさせる魔剣は存在するが、肉体を他の影と同化させ、影を渡り歩くなど、数ある魔剣の中でも異質。影刃スキアステレオンが異質な魔剣と呼ばれる所以は、影を介した攻撃よりも、魔剣士と影とを同化させるこの能力によるところが大きい。


「衆人環視の前で犯行に及んだのは見せしめのためではなく、大勢の影を渡り歩くことで、姿を見られることなくその場を離れるためだな。慣れて調子に乗ったのか、劇作家のパスキエ殺しでは、人間ではなく、並木道の木陰を渡り歩いたようだが詰めが甘かった。風もない日に木陰が不自然に動いたことが、目撃者の印象に残っていたぞ」


 公園に住む初老の男性の証言が無ければ、魔剣の正体が影刃スキアステレオンであることを特定するまでもっと時間がかかっていただろう。男性が目撃した不自然な木陰の揺れは、影の中を移動していたウスターシュの動きだったのだ。


「どうせばれないだろうと思って、いつもと違う方法を取ったのが間違いだった。まさかあんたみたいな奴が現れるとはな」


 ウスターシュは苦笑を浮かべて右手で髪をかき上げた。影刃スキアステレオンを使った瞬間を押さえられたことで、流石に反論は諦めていた。左手には剣の形をした黒いもやのような長剣が握られている。唯一実体を持つのは、柄頭の位置にあたる魔剣の核である赤い魔石だけ。これこそが、影刃スキアステレオンの魔剣としての真の姿だ。


「よく俺が今日、あの劇場に現れると分かったな」

「お前にとって妹同然の存在である、クロエの晴れ舞台だからな」


 ウスターシュが犯人だと仮定した場合、動機の面にはクロエが強く関わっている気がしてならなかった。これまでに得た情報を統合すると、ウスターシュにとってクロエはそれだけ大きな存在だ。そして今日、ウスターシュがシェドゥヴル劇場へ姿を現したことで、魔剣の狂気に突き動かされた彼が、一体何をしようとしていたのか腑に落ちた。


「狙われた者たちは皆、周囲からの評判がよく恨みを買うような人柄ではなかった。それ故に当初は、社会的地位の高い人間を狙った一種の無差別殺人だと考えていた。実際そういった側面もあったのだろうが、それは最大の動機ではない。魔剣を手にしてから一番始めの殺しには魔剣士の感情が最も現れやすい。そうなると、お前の犯行はダントリク殺しを軸に回り出したことになる」


 大勢の護衛ごとダントリクを殺害した手口は、残忍であると同時に、犯行に不慣れだったため、むしろ周りの護衛ごと殺害する方が容易かったという、一種の未熟さだったとも取れる。故にウスターシュはダントリク以前には魔剣の能力で殺人を犯していない。ダントリク殺害事件こそが魔剣士としての初犯だ。


「ダントリク氏は実業家である以前に、クロエとの関わりが深い人物だ。理不尽極まりない話だが、お前がダントリク氏を殺害する動機があるとすればそれは、クロエの才能を見出し導いたこと以外にあるまい」


 過酷な人生を歩みながらも、手を取り合い、実の兄妹のように生きて来たクロエとウスターシュ。そんなクロエには女優の才があり、孤児院の出資者でもあったダントリクがその才能を見出した。それはとても喜ばしいことだが、クロエ以外には心を開いていなかったウスターシュにとっては、大切な家族を連れて行かれてしまうような感覚であったに違いない。


「お前は、クロエが自分の手から離れていくことが昔から許せなかったのだろう。恐らく彼女の伯母が現れた時もそうだったはずだ」


 ダントリク殺害の動機に思い至った時に、院長から聞いたクロエの伯母をウスターシュが殺害した可能性について矛盾を感じた。だが、伯母が女優を目指す彼女の未来を潰すことを恐れ、クロエを守ったのではなく、身内であった伯母が万に一つ、クロエを引き取る可能性を恐れたのだとしたら、その動機にも合点がいく。


 ウスターシュは口を真一文字に結び無言を貫いている。感情的な反論さえも出来ない以上、それは肯定以外のなにものでもない。


「一連の犯行で異質だったのは、第二のジャヌカン殺しだ。第一のダントリク殺しでクロエを動機とした狂気を宿しながらも、社会的地位の高い者に対する負の感情も熱を増し、次にお前は、陸運業で財を成したジャヌカンと、同行していた秘書を殺害したのだろうな。


 しかし、お前の中ではやはり、クロエが動機としては大きかったのだろう。次第に狂気はその色の方が濃くなり、三件目では劇場の常連であり、演者からも認知されていた貴族のネルヴァル卿を殺害した。言うなればこれは動機が置き換わる過程。劇場と関係がある高貴な人間という、二つの動機の境目だ」


 被害者の中でジャヌカンは唯一、シェドゥヴル劇場と関わりのない人間だったため、ジャヌカン殺しは動機の解明は大きく混乱させた。だが、最初から複数の動機が存在していたと仮定すれば矛盾は解消される。狂気が増すにつれて動機の両立は困難を極め、犯行を重ねるにつれ、より狂気の強いクロエに関係する動機へと置き換わっていったのだろう。


「直近で殺害されたパスキエ氏は、劇作家として名の知れた著名人ではあったが、これまでの被害者のような、実業家や貴族とはやや系統が異なる。だが劇作家である彼は女優であるクロエに近しい人物だ。この時点で方向性は完全に、クロエに近しい劇場関係者の殺害へと変化したのだろう。そうなったお前が次に犯行に及ぶとすれば、シェドゥヴル劇場が再開を果たした、今日をおいて他にあるまい」


 狂気に飲まれながらも、ダントリクやパスキエの殺害は、ウスターシュにとっては最大限遠回しな、彼なりの温情だったのだろう。だが今日、舞台の幕は再び開け放たれようとしていた。


「お前は今日、舞台上でクロエを殺すつもりだったな」


 その可能性を疑い、昨日の内に劇場内をくまなく調査した。太陽の届かぬ屋内ではあるが、舞台は照明に照らされ演者からは影が差す。一連の事件で影刃スキアステレオンの能力の扱いに慣れた今のウスターシュならば、主演女優であるクロエを舞台上で殺すことは造作もない。


 妹同然の存在であるクロエを動機に凶行に走ったと言いながら、次の標的はそのクロエだという。支離滅裂とも思えるダミアンの指摘に対して、これまで口を噤んでいたウスターシュの口角が不気味に上がった。



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