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魔剣士狩り  作者: 湖城マコト
影追いの章
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大舞台

 他の演者が控室や外食で昼食をとっていた頃、クロエは舞台上で台本を読み込んでいた。

 舞台の真上にある、照明関係のスタッフが行き来するための通路から不意に影が差したのにつられて上を見上げると、劇場の見学に来ていたダミアンと目が合った。


「ダミアンさん? そんなところでどうされたんですか?」

「ちょっとした社会科見学だ。館長の許可は取ってある」


 この通路で劇場内は大方見終わった。ダミアンは舞台と繋がる階段をゆっくりと下り、舞台袖から姿を現す。


「事前に言ってくだされば、私がご案内したのに」

「明日は舞台初日だろう。そんな時期に余計な負担をかけるのは申し訳ない」

「お心遣いに感謝いたします」


 明日が舞台の初日であることはポスターなどの掲示で知っていた。劇場のオーナーであったダントリクの急死で一度、劇作家であったパスキエの死で再度、舞台は休演を余儀なくされた。立て続く悲劇に混乱は冷めやらぬが、舞台の再開を望む多くのファンのために、ダントリクの遺族、役者とスタッフたちは手を取り合い、ようやく再開にこぎつけることが出来た。今回の舞台に賭ける関係者の思いは強い。


 今回の演目は貴族の青年と平民の女性の、身分違いの恋を描いたラブロマンスであり、初演に向け、亡くなる直前までパスキエが指揮を取っていた彼の遺作でもある。


 パスキエからの抜擢を受け、クロエは今回、ダブルキャストで初の主演という大役を任されることとなった。非業の死を遂げた恩師の意思を継ぐためにも、クロエ自身が女優としてさらに躍進していくためにも、今回の舞台を絶対に成功させないといけない。


「さて、見学も済んだことだし私はこれで失礼する」

「もう行ってしまわれるのですか?」

「言っただろう。貴重な時間を使わせるのは申し訳ない」

「でしたら、少しだけお待ちください」


 立ち去ろうとするダミアンをその場に留めると、クロエは足早に楽屋へと向かい、何かを持って直ぐに戻って来た。


「明日の初演のチケットです。院長先生に差し上げるつもりだったのですが、当日は予定がつかないとのことでしたので」

「気持ちはありがたいが、私も当日観劇できるとは限らないぞ」

「その時は仕方がありません。他に差し上げる宛てもありませんし、ご迷惑でなければお納めください」

「分かった。そういうことなら頂いておこう」


 厚意をありがたく受け取り、ダミアンは舞台のチケットをスーツのポケットへとしまった。時間が許せば観劇もやぶさかではないが、事態がダミアンの想像通りに動いたなら、残念ながらその余裕は無いだろう。


「絶対に最高の舞台にしてみせますから」

「応援している」


 建前ではなく、ダミアンは本心からそう言い残し劇場を後にした。魔剣士狩りとしてこれ以上、魔剣士の好き勝手にさせておくつもりはない。晴れの舞台は決して汚れさせはしない。


 ※※※


 翌日。午後二時からの公演を控えたシェドゥヴル劇場周辺には、舞台の再開を待ち望んでいた多くのファンが詰めかけていた。客足の数は期待と同時に、亡くなったオーナーのダントリクや、劇作家のパスキエを追悼する思いも込められている。


 クロエから譲り受けたチケットを手にしたダミアンは、入場時間を過ぎても会場入りはせず、入場する観客や、劇場周辺を行き交う人々をつぶさに観察していた。この場所で張り込みを始めてからすでに三時間以上が経過しているが、ダミアンは集中力をまったく切らしていない。魔剣士が次の犯行に及ぶなら、今日この劇場で事は起こるだろうと、これまでに集めた情報と、長年魔剣士を狩ってきた魔剣士狩りとしての勘がそう告げている。


「やはり姿を現したか」


 繁華街方面から劇場へと歩いてきた人混みの中に、標的と思われる人物の姿を発見した。魔剣の力で密かに会場入りするという選択肢もあっただろうに、チケットを持った観客としての会場に現れたのは、彼のせめてもの誠意だったのかもしれない。


「チケットは無駄になってしまったな」


 予想していた通りだが、やはり観劇することは難しそうだ。ダミアンは申し訳なさそうに懐のチケットに触れながら、標的へと接近するため劇場の方へと歩き出した。


「舞台に興味があるのか?」


 ダミアンは標的に接触する前に、劇場前に張られた舞台のポスターを目を輝かせて見上げている少女に声をかけた。行き交う人々を観察する中で、少女が何度も周辺を行き来したり、しきりポスターを見上げていることには気がついていた。入場時間になっても会場入りする様子はないし、周りには保護者の姿もない。舞台に興味があり一人で劇場までやってきのだろう。しかし、残念ながら舞台のチケットは子供のお小遣いで買える金額ではない。


「いつか、クロエさんみたいな女優になるのが夢なんだ」


 ダントリクの意向で、舞台稽古の様子を時々、町の子供達に公開していたという話はダミアンも聞き覚えがあった。その中で少女は舞台に対する興味と憧れを知ったのだろう。純粋無垢な瞳は好奇心に溢れている。譲り受けたチケットはどうやら無駄にせずに済みそうだ。


「舞台のチケットを持っているのだが、残念ながら私は急用が出来てしまってね。君に譲ろう」

「いいの?」

「空席にするより、未来の女優に観劇してもらった方が、きっと彼女も喜ぶ」


 そう言って少女にチケットを手渡し踵を返すと、ダミアンは標的へ正面から近づいて行った。


「お前が一連の事件の犯人だな」


 ダミアンはすれ違いざまに、黒衣に身を包んだ白髪の青年、ウスターシュの肩を掴んで振り向かせた。ウスターシュにとってダミアンはまったくの初対面。都市警察の捜査は続いているが、未だに犯行の手口さえも解明されていない状況だ。ましてや自分を犯人と特定する人物が現れるなどまったくの想定外。その表情は突然の出来事に動揺を隠し切れていない。


「開演まではまだしばらく時間はある。顔を貸せ」


 ウスターシュがこの提案に乗るかどうか半分賭けだったが、ウスターシュは渋々ながらも頷いた。魔剣の能力が予想通りのものならば、大勢が行き交う劇場前では一般市民を巻き込みかねない。そうなれば開演前に舞台も中止を余儀なくされる。


 ウスターシュにとっても舞台の中止は望ましいことではないし、この場で一戦交えれば、姿を隠しながら行動していたこれまでとは異なり、多くの衆人環視に人相が晒され、今後の活動がしにくくなる。加えて、魔剣士特有の思考もその決断を後押しした。ダミアンの言う通り舞台の開演まではまだしばらく時間がある。ならば開演までに魔剣士狩りを名乗る目の前の男を殺し、何食わぬ顔で会場入りすればよい。魔剣の強大な力に魅入られた者は自分が最強であると信じて止まない。ウスターシュもその例に漏れなかった。

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