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魔剣士狩り  作者: 湖城マコト
影追いの章
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篤志家

 ダントリクと三人の護衛が殺害された現場へ花を供え、クロエは静かに犠牲者達の冥福を祈った。死者へは礼節を尽くすものだ。後ろに立つダミアンもクロエに習い、帽子を脱いで目を伏せる。


 事件から二カ月が経過し当時の痕跡はほとんど残っていないが、掃除や雨水でも落ちなかったらしい血痕が一部、路面に生々しく残されている。


「ダントリクさんは劇場のオーナーである以上に、私にとって大恩人でした」


 祈りを終えたクロエがすっと立ち上がり、ダミアンに背を向けたまま語り出した。


「孤児院で生活していた私を見出し、舞台女優としての道を示してくれた。ダントリクさんがいなければ、今の私はなかったと思います」

「氏は篤志家とくしかだったと市長から聞いている」


「はい。私がお世話になっていた孤児院を始め、多くの孤児院がダントリクさんの支援で成り立っていました。偽善と嘲笑ちょうしょうする声もありましたが、それは何も知らない外野の意見です。ダントリクさんの善意は本物でした。単にお金を出すだけではなく、市長様とも協議を重ね、子供達が将来的に独立出来るよう、就職先を探せるような仕組みづくりにも取り組んでおられました。生まれや境遇で才能が潰されてはいけないという志の下、時にはその子が才能を生かせる分野へと自ら積極的に紹介することまで。私を含め、ダントリクさんのおかげで未来が開けた子供は少なくありません」


「なるほど。氏は現在だけではく、未来にまで目を向けて行動する真の篤志家だったということか。それは誰にでも出来ることではないな」


 直接顔を合わせる機会はなかったが、惜しい人を亡くしたと、初めてこの町を訪れダミアンでさえもそう感じずにはいられなかった。真の意味での篤志とは、志だけでも、経済力だけも行えるものではない。


「ダントリクさん自身も決して恵まれた生まれではなかったそうです。そういった経験があったからこそ、生まれや境遇に関わらずチャンスは平等であるべきという確固たる信念を抱いていたのだと思います。事実、劇団は徹底した実力主義です。生まれや立場に関わらず、ダントリクさんはあくまで目の前の個人を見ます。作家のパスキエ先生もダントリクさんに才能を見出され、その実力を持って現在の地位を確立されました」


 パスキエが路上生活をしていた時期もあったことは、彼の知人だった公園の路上生活者からも聞いていた。才能ある彼はダントリクと出会ったことで劇的に運命を変えた。


「そういう君も相当な努力家と見える」

「勿体なきお言葉です」


 劇場のポスターにはメインキャストとしてクロエも名を連ねていた。自身が才能を見出したとはいえ、実力主義者であるダントリクは決してクロエを特別扱いするような真似はしない。ダントリクは可能性を提示しただけであり、舞台女優として第一線で活躍する現在の地位はクロエが努力で掴みとったものだ。ほとんどの関係者が引き上げても、最後まで居残りを続けていたことからもその一端が伺える。


「もっともっと活躍して、ダントリクさんに恩返しがしたかったです……」


 亡くなった場所ということもあり、ダントリクのことを思い出し感極まってしまったのだろう。クロエは涙を堪えるように空を仰いだ。


「この事件は私が責任を持って解決する。それが犠牲者へのせめてもの手向けとなろう。君は君のやり方で故人を偲べばいい」


 ダミアンはポケットからハンカチーフを取り出し、クロエにそっと手渡した。


「女優にとっての戦場は舞台上だろう」

「……そうですね。ダントリクさんやパスキエ先生のためにも、再開後の舞台をきっと素晴らしいものにしてみせます」


 ハンカチーフで目元を拭ったクロエは目を腫らしながらも、覚悟を宿した力強い言葉で頷いた。


「私はこの後、孤児院へ寄る予定ですが、ダミアンさんはどうされますか?」

「迷惑でなければ一緒に行ってもいいか? 事件の背景を知るために、孤児院の関係者にも話を聞いてみたい。氏は孤児院の出資者だったのだろう」

「はい。院長先生はダントリクさんと懇意でしたし、色々と詳しいお話しが聞けると思いますよ。ではこのまま孤児院までご案内いたしますね」


 クロエの案内を受けて、ダミアンは町外れの孤児院へと向かった。

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