目撃証言
ダミアンは最初に、直近の被害者であるパスキエの遺体が発見された、整備された河川に面する大きな公園を訪れた。事件の影響か、快晴の昼下がりにも関わらず人通りはまばらだ。
殺害されたパスキエ同様に公園を散歩コースとしている住民は多いようで、当時も朝早い時間帯だったとはいえ、多数の通行人がパスキエの死を目撃している。この時もやはり、犯人の姿は目撃されていない。
捜査資料によると、パスキエは朝と夜に決まってこの公園を散歩していたという。結果的に目撃されていないとはいえ、夜ではなく、人目につきやすい朝の散歩中に殺害することはリスクだろう。他の三件の殺しといい、犯人は意図して人目に付きやすいタイミングや時間帯を狙った可能性も考えられる。
「少し歩いてみるか」
どういった能力の魔剣が今回の事件に絡んでいるかは分からないが、普通の事件では考えられない、思わぬ痕跡が残されている可能性もある。ダミアンは公園の探索を開始した。
「並木道か」
植樹された多くの木々が並び、影を落として涼を生んでいる。大きな河川と並木道の組み合わせは長閑そのもので、事件が起きるまでは人気の散歩コースだったことも頷ける。
並木道を進んでいると、道沿いに設置されているベンチに一人の初老の男性が腰掛けていた。着ている服はボロボロで髪や髭は伸ばし放題といった様子。先程から公園内では、路上生活者と思われる人々を度々見かける。
「ここでの生活は長いのか?」
「……俺に何の用だ?」
警戒した様子で初老の男性は目を細めた。
「そう警戒するな。私はこの公園で起きた殺人事件を捜査している者だ」
「あんた、警察か?」
初老の男性は長くこの公園に勝手に居座って生活している。強制的に立ち退かされるのではと危惧していた。
「市長の依頼を受けた旅の剣士だ。私は犯人の正体以外に興味はないし、事件が解決すれば早々にこの町から去る身だ。後腐れはないから安心してくれ」
「……まあ、俺らを立ち退かせるのが目的なら、そんな前置きをする必要はないか」
初老の男性はひとまずはダミアンの言い分に納得した様子だった。ベンチの席を詰めて隣へ着席を促した。
「事件当日もこの公園に?」
初老の男性の隣に着席し、ダミアンが尋ねた。
「丁度ここから、殺された瞬間も目撃したよ。気持ちの優しい兄ちゃんだったのに、残念だよ」
「被害者と交流が?」
「あの兄ちゃんはよくこの公園を散歩してたからな。俺らみたいな連中とは普通、誰も目を合わそうとしないものだが、あの兄ちゃんだけはいつも気さくに挨拶してくれてな。他の奴らに対しても同様だ。この公園に住んでいる連中であの兄ちゃんに悪印象を持っている奴はいねえよ。今みたいにベンチに腰掛けて、何度か話し込む機会があったんだが、あの兄ちゃんも成功するまでには相当苦労したようでな。それこそ路上で生活してたような時代もあったらしい。そういう経験があったから、俺らとも分け隔てなく接してくれたんだろうな。本当に残念だったよ……」
初老の男性は悔しそうに声を震わせた。殺害された劇作家のパスキエに、公園で暮らしている者たちが好印象を抱いていたことは間違いないようだ。
「事件発生時、何か変わったことはなかったか? どんなに些細なことでもいい」
「変わったことといっても、いきなり首が落ちたことが衝撃的過ぎてな……」
それでも、知人が殺害された事件の捜査に協力したい気持ちは強く、初老の男性はしかめっ面で目を閉じて、必死に当時の記憶を手繰り寄せていく。
「そういえば」
何かを思い出したようで、初老の男性はパスキエが殺害された並木道の方向を見やった。
「兄ちゃんの首が落ちた時、自然とそれを目で追ったんだ。そしたら木の影が変な動き方をした気がして。風のない穏やかな朝だったのに変だと思って、妙に印象に残っている。気が動転していたし、単なる思い過ごしかもしれないが」
「木の影か」
思い過ごしと切り捨てるには勿体ない証言だった。魔剣の能力は常識では測れない。気のせいと感じてしまうような、些細な違和感の中にこそ答えが隠されているかもしれない。
「俺が覚えているのはこのぐらいだ」
「参考になった。私は別の事件の現場を見てくることにする」
「期待しているぜ。俺は俺で、何か気づいたことはないか、公園で生活している他の仲間にも聞いておくよ。兄ちゃんのかたき討ちになると思えば、みんな協力してくれるはずだ」
ベンチから立ち上がったダミアンの背中に、初老の男性はそう告げた。




